――インド出身でグローバルに活躍する人が多いのはどうしてでしょうか。
まずはインドが人口大国であることを忘れてはいけないでしょう。才能というのは人間に公平に与えられているものです。13億人もいれば、優秀な人が大勢出てくるのは当然でしょう。
インドの教育、特に初等教育はまだまだ良くない状況です。しかし、エリート養成のための高等教育は、インド工科大(IIT)やインド経営大学院(IIM)など、世界的にみてもレベルが非常に高い。大量の優秀な人材が育っています。
もう一つは、成功が成功を呼ぶということです。私がハーバードビジネススクールで学んだ1990年代には、インド人は2人だけでした。いまでは800人のクラスにインド人が100人以上はいます。
成功したロールモデルがいれば、それを目指す人が続くのです。ある企業でインド人CEOが成功した場合、「インド人は力がある」と評判にもなります。
――インド社会の多様性は影響していますか。
それはとても大きな理由でしょう。インドは生活をするにも、ビジネスをするにも非常に困難な社会です。
インドで成功するためには、相当の忍耐力が必要で、並大抵の努力ではなしえない。それは、多様性あふれる社会だからです。
インドの多様性は恐ろしいものです。約30の州があり、それぞれに公用語がある。宗教もさまざまです。
インドは、Unity in Diversity(多様性の中の統一)を国是としています。多様性はインドを美しく、誇らしい国にしていると同時に、とても厄介な場所にしているのです。
――厄介、ですか。
インドはインフラの整備が追いつかず、道路に信号はあってもルールが守られないことがある。
道路を逆走する車は珍しくないですね。大気汚染もあれば、買い物でも交渉して主張しないとだまされることもある。
整然として計画通りに物事が進む日本からみると、様々な問題を抱えているインドの状況はまさにカオスでしょう。
そして、様々な文化的背景を持った人が、それぞれ色々なことを主張します。ルールを守らない人たちを説得し、一つの方向に導くことは至難の業。インドにおける説得とは、高度な芸術といえます。
しかし、この多様性とカオスから鍛えられ、問題解決の方法を体得してきた人は世界のどこへ行っても成功できるのです。その意味では、日本は快適すぎて出たくなくなるのかもしれませんね。
――インドではIT産業の成長が有名です。
コンピューターの誤作動が心配された「2000年問題」は、世界に繰り出したインド人技術者の力なくしては乗り越えることはできませんでした。インドのITの本格的な飛躍はこの時からです。現在では、お金持ちになるにはITを勉強するのが一番だと思い、エンジニアを目指す若者や子どもがあふれています。
――一方で、製造業の発展は遅れました。ヒンドゥー教のカーストが影響していると言われます。
それも一つの原因でしょう。ヒンドゥー教の文化では、手を使って何かを作るよりも、頭を使う仕事に価値を置いています。高位カーストの人たちは特に、頭を駆使して考えることを重視してきました。このような文化的な背景は影響しているでしょう。
歴史的に社会主義的な経済政策をとってきたインド政府による製造業への規制が、多岐にわたったこともあると思います。そんな複雑なルールに従うのであれば、中国から輸入して売った方が楽だ。そういう考えになったんでしょうね。
――IT産業にも、もちろんヒンドゥー教の被差別民ダリットなど低いカーストの人たちがいますが、差別が問題になることがあります。米国に渡る技術者の多くは高位カーストだとも言われます。
残念ながらインドにはカーストやジェンダー、宗教、言語に基づく差別が依然として残っています。500万人以上の人が従事するIT業界にも、そうした問題はあるのでしょう。
昨年、シリコンバレーの大手IT企業で被差別民ダリットの男性が高位カーストの上司から差別を受けたとして、訴訟になりました。上司はダリットの男性が難関大IITに入学できたのは、社会的弱者への優遇枠があったからだと言い、昇進の妨害もしたといいます。
IT業界は女性の進出の後押しはしてきましたが、宗教やカーストについてはまだ取り組みが不十分だと思います。機会の平等を実現していくための取り組みが必要です。