昨年10月、eスポーツを試験的に「街づくり」にとりいれた自治体がある。熊本県美里町。事業連携しているゲームメーカー・セガの人気ゲーム「ぷよぷよ」を楽しみながら交流を深めるため、町内3地区計約20人の70歳以上の高齢者が週1回、近くの集会場に集まる。
高齢化率44.5%で少子高齢化が進むこの町では、3校ある小学校でも1学年1クラスが当たり前で、複式学級もある。高齢者でもプレーしやすい「ぷよぷよ」にするにはゲームをどうつくりかえたらいいのかを児童が考えるなど、2020年度から小学生に必修化されたプログラミング教育ともリンクさせた。年度末の3月には、高齢者と児童が実際に「ぷよぷよ」で対戦し、世代間交流を促す取り組みも行われた。試合結果を重視するものでは全くないが、高齢者チームは9試合中3勝する大健闘を見せた。
美里町から事業についての説明が高齢者にあったのは昨年9月だった。参加者の高田幸也(86)が当時の戸惑いを振り返る。
「役場から話があったときは『eスポーツってなんか?』という感じだった。全然理解できないことをやるのかと思った」
ゲーム機を触ったことがなかったり、ゲームをすること自体が初めてだったりする高齢者が多かっただけに、その困惑は当然だ。ゲームのルールやコントローラーの操作を学ぶことから始まった。
ところが、定期的にやっていると、おしゃべりしながら一緒にゲームすることを楽しみにする高齢者が次第に増えた。欠席者がでると「体調を崩していないか」などと心配になる。90分超の練習後、持ち寄った料理で親睦会を開くのが定例化し、孤独になりやすい高齢者たちが、日常的なつながりを深める場にeスポーツが一役買っている。
最高齢92歳の島村キヌエは「やってみるとゲームは面白かった。何よりこの年になってみんなといっしょに集まり、笑って帰ることが一番健康にいいです」。
eスポーツが本当に高齢者の健康に寄与しているかを検証しようとしている。毎月1回、参加者全員に、二つのテストを実施してデータを蓄積し、専門の機関に医学的な検証を委託している。
一つは、簡単な質問に答えることで認知症の可能性を判断する参考になる長谷川式スケールで、全員が正常値の範囲に収まっている。もう一つは、視覚的な探索能力や注意の持続機能を測るトレイル・メイキング・テスト(TMT)。昨年10月の事業開始時は、全員が年代別の平均値を大きく下回っていたが、今ではほとんどが平均値を上回った。
個人情報保護の観点から実際のテストの様子を取材することはできなかったが、そのうちの一つのTMTについて説明を受けた。町から委託されて同事業に関わるeスポーツ事業者「ハッピーブレイン」の作業療法士、園田大輔(38)が実演してくれた。
目の前にある白い紙には、「1~13」の数字と、「あ~し」の平仮名がバラバラに書かれている。1→あ→2→い→3→う、といった具合に数字と平仮名を一定のルールに従って順番に鉛筆の線で結んでいった時、全部終わるまでかかった時間を計るのがTMTだという。
園田は言う。「複数の作業を同時にやるときに必要な注意力の分散機能などを見ています。例えば、昨年10月には5分たっても線を引き終わらなかった80代の参加者は、その後の5カ月間で3分短くなりました。これは80代の平均値を上回っています」。
事業を担当する町企画情報課の石原恵(29)は「介護予防への効果も少しずつ見えてきたので、今年度は対象地区を拡大し事業を継続します」。今後もデータを蓄積し、正確な因果関係を調べるための検証を続けていくという。
運動とeスポーツを組み合わせることで、高齢者や障害者の健康促進をめざすソーシャルeスポーツという新たな概念も生まれている。
昨年10月に、さいたま市で発足した一般社団法人「日本ソーシャルeスポーツ・ライフ(JSeL)」が発案した。使うのは、壁に投影させたプロジェクションマッピングのような映像の特定の地点に向かってボールを正確に投げるとセンサーが感知してバーチャル花火があがり、得点になるゲームだ。デジタルとアナログが融合したアトラクションの企画・開発をしている企業「メディアフロント・ジャパン」と提携して開発した。
JSeL代表理事の秋本佳之(67)らによると、体を動かしながら簡単なゲームで対戦することで、実際の交流が生まれ、心も体も健康になるeスポーツをめざす。極めてシンプルなゲームになっているため、事前の知識や特別な練習を必要とせず、だれでもすぐに楽しめるのが特徴だ。実際に体を動かすので、運動としての刺激もある。
今後、高齢者や障害者の施設でイベントを重ね、健康への効果を調べるためのデータもとる。将来は施設対抗大会にもつなげ、さらなる普及をめざすという。