南アフリカの動物保護区を訪れる観光客は、ライオンやヒョウを見にくる。ジャコウネコやサーバル(体長60センチほどになるネコにやや似た肉食動物)ではない。
だから、保護区の管理者たちは、こうした営利面を意識して、どうしても魅力的な大型のネコ科動物を重視しがちになる。ところが、この国にいる三十数種のより小さな肉食動物も、生態系の中では重要な役割を果たしている。エサになる動物の生息数を一定に保ち、それが植物界にも波及するからだ。
それなのに、保護区では大型以外の肉食動物を守ろうとする考えは、ほとんどないに等しい。
百獣の王を食物連鎖の頂点に置いておけば、こうした他の肉食動物の生息数も健全に保たれると長らく信じられてきた。だから、ライオンのような大型の捕食動物の保護に努めれば、自然とより小さなもののためにもなると見られていた。
では、実際にその通りになっているのだろうか。
科学の目でよく見ると、この想定は裏付けに欠けていた。南アフリカでは規模の小さな動物保護区が多いこともあり、それが著しかった。
英国王立学会の生物の学術誌「Proceedings of the Royal Society B」に2021年3月、そう指摘する研究論文が掲載された。現実の生態系の営みは、考えられていたよりもはるかに複雑だった。
ライオンがいると、小型の肉食動物は一部の地域では生息数がわずかに増えていた。しかし、その生息域の全体的な広さは、逆に縮小していた。
「ライオンの生息環境をうまく整えさえすれば、多様な生態系のすべてによい波及効果が末広がりのように生まれると単純に推測することはできない」。リスボン大学(ポルトガル)のゴンサロ・クルベイラサントスは、こう語る。保全生物学の博士号取得候補者で、今回の研究論文では筆頭筆者になった。
「食物連鎖の頂点にいる動物たちは、生態系の中では他の動物たちと強く作用し合っている。(訳注=一つの方向だけに波及するのではない)その相互関係からどういう影響が生じているのかは、もっと精査する必要がある」というのだ。
南アフリカの動物保護区の多くは、かつては家畜を育てる牧場だった。それが、エコツーリズムに転用されてできたいきさつがある。そこに今はライオンがいるとすれば、ほとんどは外から連れてこられている。
「この論文で取り上げているのは、もともとライオンがのし歩いていたようなところではない」とクルベイラサントスは説明する。「対象としたのは金網に囲まれた小さな保護区で、風景が変わるほど手を加えてから、ライオンを放っている」
その後は、ライオンの生息数を維持するのに、保護区側は大量の資金と人手を投入するようになる。密猟の取り締まりや、地元住民が小動物を捕らえるのに仕掛けたわなの除去をせねばならないからだ。
こうした活動が、さまざまな小型肉食動物にどれほど影響を与えているのかを、クルベイラサントスの調査チームは探った。
体重が44ポンド(約20キロ)以下の肉食動物について、リンポポ州とクワズール・ナタール州にある17の動物保護区で集中的に調べた。その半数ほどが、保護区の設立に伴ってライオンを放っていた。
主な調査器具は、センサーを用いた自動撮影カメラ。映像データは、自然保護団体「パンセラ(Panthera〈ライオンやヒョウ、トラなどが属する大型ネコ科動物の分類名〉)」が回収。これをもとに、各保護区にいる小型肉食動物の種の数とその生息域を推定した。
調査した保護区全体では、ヨコスジジャッカルやシママングース、オオミミキツネなど22種の小型肉食動物がいた。種の数の多さは、ライオンがいる保護区が、いない保護区をわずかに上回った。ただ、小型肉食動物が見つかった地域の総面積は、ライオンがいる保護区の方が平均して30%ほども小さかった。
ライオンの存在が、小型肉食動物の分布に影響しているのは明らかだとクルベイラサントスは見ている。
「見極めたいのは、これが自然とそうなることなのかどうか。それと、自然保護のために、よいことなのか否かということだ。これは、人間が極めて人為的に作り出している状況なのだから」
小型肉食動物がいる地域の総面積が、ライオンのいる保護区内の方が狭いのは、ライオンに殺されたからなのかもしれない。あるいは、ライオンを恐れて、特定の地域には現れなくなったのかもしれない。さらには、そのいずれもがあてはまるのかもしれない。
調査チームが特定できないことは、まだある。今回、判明した生態系の変容が、小型肉食動物がもともと持っている環境面での役割にどう影響しているかということだ。
こうした疑問を解くには、さらなる調査が必要となる。でも、仮に小型肉食動物がライオンに食べられたり、危険を避けて特定の地域に閉じ込められたりしているとすれば、その活動はこれまでより減り、他の動植物とのバランスを崩すことになる。
肉食動物を専門とする生物学者、南アフリカのツワネ工科大学のケリーアン・マーネウィック(この論文には関わっていない)は、保護区に放たれたライオンについては肯定的に評価する。ライオンの保護という点では、「最もリスクが低い状況」にあるからだ。その上で、この論文で分かったことに留意する必要性をこう説く。
「今後の調査・研究が目指すべき点は、(訳注=ライオンだけでなく)生態系全体が恩恵を受けられるよう、動物保護区の管理者の意識を変えていくのに十分な情報を集めることにありそうだ」
クルベイラサントスの調査チームも、すでに次の目標を見据えている。エコツーリズムのための経済的要因と、自然保護のための環境保全要因との間にどれだけ重なり合う部分があるかを探ることだ。
「肉食動物界の多様性の中で、どんな力学が働いているのか。私たちは、この複雑な問題に取り組み始めたばかりだ」とクルベイラサントスは現状を位置づける。「保護区の運営と自然保護の優先事案との間に、どれだけの共通項があるのか。さらに研究を重ねて、ぜひ解き明かしたい」(抄訳)
(Rachel Nuwer)©2021 The New York Times
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