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国を捨てるか、犯罪か 「バナナ共和国」の国民が迫られる、究極の選択

World Now
Hondurans taking part in a new caravan of migrants set to head to the United States, walk along a road in El Florido, Guatemala January 16, 2021. REUTERS/Luis Echeverria
米国を目指すキャラバンに参加するホンジュラスの人たち=2021年1月16日、ホンジュラスとグアテマラ国境付近、ロイター

1ドル87セント、それがすべてだった。米国の短編小説「賢者の贈り物」は、こんな書き出しで始まる。大切にしていたものを売った金で、互いにクリスマスのプレゼントを贈りあう、貧しい夫婦を描いた物語は日本でも知られる。

だが、この作者オー・ヘンリーが、「バナナ・リパブリック(共和国)」という言葉を作り出したという説は、あまり知られていない。広大なバナナ・プランテーションを持つ米国のフルーツ会社に、政治的にも経済的にも支配された国を意味する。中米の架空の国を描いた、1904年発表の作品で使われた。

モデルは、彼が一時滞在したホンジュラスだと言われる。いまも国民の16.5%が1日1.9ドル(約200円)以下で暮らす極貧層だ。文字どおり、「1ドル87セント。それがすべて」だ。

そんな人々を2020年11月、わずか2週間のあいだに、ETA(エタ)とIOTA(イオタ)という二つのハリケーンが襲った。中米全体で200人近くが亡くなり、ホンジュラスでは少なくとも58人が死亡した。世界食糧計画(WFP)によると、人口約1000万人のホンジュラスで400万人が被災。このうち300万人は食料にも事欠く。

中でも、大きな被害が出たのが同国北西部バジェ・デ・スーラと呼ばれる地域だ。カリブ海に注ぐウルア川とチャメレコン川が流れる谷がちな地形に大雨が降り、街が氾濫した川の水にのまれた。

昨年11月、二つのハリケーンに襲われ被災した街=2021年1月30日午後1時55分、ホンジュラス西部ラ・リマ、アンドレス・マトゥテ撮影

ホンジュラスではここ数年、太平洋側は干ばつに、カリブ海側はハリケーンに襲われるということが繰り返されてきた。気候変動が原因といわれている。

「天井にまで達した水と泥に、何もかもが流された」。2歳の娘の母、ヤネス・パディジャ(30)は言った。人口8万人の街ラ・リマに暮らしていたが、ハリケーンですべてを失った。自宅は泥とがれきに埋まったままだ。

ラ・リマを通る高速道路沿いには、板で囲い、屋根代わりのシートをひもでつっただけの小屋が並ぶ。パディジャら、洪水で自宅を失った数千人がいつ終わるかもわからない避難生活を送る。

市の衛生責任者、ホルヘ・エルナンデスは「ここには家も食べ物もなければ仕事もない。すべてが破壊された。みんな、いずれどこかにいくしかない。それが現実だ」と話す。パディジャも米国行きを計画している。

今年1月、ラ・リマの隣町サン・ペドロ・スーラから米国に向かう移民キャラバンが出発した。メキシコとの国境に壁を建設したトランプ政権が終わり、バイデン新政権なら移民を受け入れてくれるのではと期待しての出発だった。徒歩で米国入りをめざした9000人の中にはハリケーンの被災者も少なくなく、「気候難民」ともいえる人たちだ。

カリブ海に面した街テラから参加したアレハンドロ・パラシオス(19)は「水だけで3日間歩いた。苦しい道だった」と振り返る。洪水で家も家財道具も失った。ハリケーンと新型コロナで、作業員の仕事もない。18年にも2度、キャラバンに参加した。米国境までたどり着いたが、入国できず強制送還された。今回はグアテマラ国境で追い返された。

今年1月のキャラバンに参加したアレハンドロ・パラシオス。またキャラバンがあれば、再び米国をめざすつもりだ=2021年2月27日、ホンジュラス・テラ、アンドレス・マトゥテ撮影

「本当ならコヨーテ(不法入国の案内人)が確実だが7000ドルは請求される。キャラバンで行くしかない」。ホンジュラスでは3月下旬に再びキャラバンが組まれるといううわさが飛び交った。パラシオスは「4度目がどうなるか。運命を知るのは神だけだ」と語った。

150年ほど前に造られたラ・リマの街が発展するのは20世紀初頭。米資本がテラの港まで鉄道を敷設し、プランテーションからバナナが運ばれた。しかし、ディスコでさえ、鉄道会社の幹部用と庶民用に分けられた「階級社会」だった。

ごくわずかの富裕な支配層と大多数の貧困層という街の構成は、バナナ共和国全体に当てはまる。国民の48%が貧困層だ。農村部では6割に達する。

世界銀行の推計では、数字が大きいほど貧富の差があることを示すGINI係数は、世界最悪水準の48.2(19年)。近年の経済成長もあり、05年の59.5からは改善したが、大きな格差は残ったままだ。

高速道路沿いに並んだハリケーン被災者たちが暮らす小屋=2021年1月30日、ホンジュラス西部エル・プログレ、アンドレス・マトゥテ撮影

悪化の一因とも言われるのが、14年以降に起きた深刻な干ばつだ。メキシコ南部からパナマにかけて広がる太平洋岸で、日照りが続いた。隣国グアテマラでは、湖が消失するほどだった。影響を受けた一帯は「乾燥回廊」と呼ばれる。ホンジュラスはその真ん中にある。

水が不足し、トウモロコシなどの作物が壊滅的な打撃を受けた。ただでさえ貧困率の高い農村部は、売り物どころか、自分たちが食べる分さえ収穫できず、さらに追い詰められることになった。干ばつは南米ペルー沖で発生するエルニーニョ現象の影響とされ、気候変動による海水温上昇が原因との見方が強い。それが移民を生む遠因だ。

移民キャラバンは20年ほど前から何度も企画されてきた。だが、世界の注目を集めるようになったのは18年10月以降だ。「犯罪者集団」と呼ぶトランプ氏に挑むように1万人が炎天下の道を黙々と北をめざした。私は彼らに同行した。「友人とサッカーをしていたら、車でやってきた犯罪集団が笑いながら銃を乱射した」「1日数ドルの収入でどう暮らせばいいのか」

ホンジュラスやエルサルバドル出身の若者たちが口にしたのは、母国の治安の悪さと極度の貧困だった。「これが所持金の全部だ」とポケットから出した手を広げ、5ドルにも満たない小銭を見せた若者もいた。農作物は育たず、働いても貧しくて食べていけない。簡単に金を手に入れられる犯罪組織に入る若者も少なくない。彼らが豊かに生きるための選択肢は二つしかない。犯罪に手を染めるか、それとも国を捨てて逃げるかだ。

「気候変動は、文明社会の基盤を壊す。水不足や食料不足が治安悪化を招き、そうなれば移民が増える。間違いなく、これから世界で起きることです」。気候変動について教育活動をするNGOの代表カシア・モライス(31)は予言するように語った。だが、それはホンジュラスなどの中米諸国でいま起きており、地球の未来を先取りした姿なのだ。(岡田玄、文中敬称略)