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子どもに何歳から文字を教える? アグネス・チャンが3人の息子に実践したこと

アグネスの子育てレシピ

私は息子たちを育てるのにあたって、文字を読むのが好きな子にしたいと思いました。
文字が生まれて、人間の文化は開花しました。
「文化」という文字は、「文」で「化ける」と書きます。

言葉がなかった時代に、人間は身ぶり手ぶりで意思を伝えました。
仲間同士は共通のサインでコミュニケーションをしたのです。
木の根を叩く、鳥の泣き声のまねをする、太鼓を使う、などなど、
お互いが、聞く、感じることで連絡をしていました。
その後、声帯の発達によって、いろんな音が出せるようになり、複雑な意思を伝えるための話し言葉ができました。
オーラル文化の始まりです。
しかし、人から人の情報を伝えるときに、記憶力に差があり、情報が正確に伝わらないことがあります。
正確に伝わるためには記録できる符号が必要でした。

一説によれば、最初の書いた符号は商売の契約のためだったといいます。
人類の文化の発祥の地の一つ、中東で家畜を売る商人がいました。
今のイランからイラクへ家畜を売ります。
自分が砂漠のような地を渡ることはしないで、代理人に行ってもらうようにしていました。
そのとき、何頭の牛を預けたのかを、商売の相手に知らせる必要があります。
そこで、粘土で小さな粒を作り、一頭の牛につき一粒、大きな粘土の球の中に閉じ込めたというのです。それを代理人は持っていきます。
売る相手のところに着いたら、粘土の球を割って粒を数えれば、途中に牛を横取りされたりせずに、間違いなく牛が届いたことを確認できるのです。
そのうちに、もっとやりやすい方法が見つかりました。
粘土の板の上に一頭ずつ牛の絵を描くのです。それを牛と一緒に渡すようになりました。それが、最初の文字と言われます。確認をするところから文字は生まれたと言うのです。

山本倫子撮影

約束したことだけでなく、物事のやり方、人の思想、家族の記録など、
文字は人々の知識を代々に伝えることができる鍵となりました。
知識が知識を生み、文明が開花することになりました。

ですから、文字を知る、自由に使えると言うのは、過去、現在、未来をつなぐ行為なのです。
子供が文字を好きになれば、限りない知識が彼らの手元に届きます。
それを自分のものにすれば、可能性がいくらでも生まれてくるのです。

私は学校などで小学生たちに話す機会があると、
文字の大事さを教えるために、あるゲームをやることにしています。
それは親子対抗の伝達ゲームです。
親7人のグループと子供たち7人のグループに分かれて、サンタクロースの住所を次から次へと伝達させるのです。

サンタさんの住所は長く作ります。例えば「北極、3749872649109699番地」。それを最初の人に伝えます。
子供たちには紙とペンを与え、親は記憶力だけで次の人に伝えます。
もちろん、7人目になると親たちは間違います。
子供たちは書き留められるので、正確に答えることが多いのです。
そこで子供たちは大喜び、親たちの失敗に大笑いします。
そういう体験を通して、「文字が読み書きできるのは、本当に大切なことです」と子供たちに実感してもらうのです。

いつから子供に文字を教え、書かせるのがいいのかが、よく議論されます。
私はその子の成長のスピードに合わせてやればいいと思います。
早めに文字が読めれば、それだけ早く自分で本が読めることになります。

文字は遊びながら教えるのがいいと思っています。
文字から楽しみが得られることを知れば、子供は必ず、自らそれを求めるようになります。

日本語は子供たちにとって、なじみやすい言語です。
ひらがなさえ覚えれば、ふりがなのある子供向けの本は、ほぼすべて読めるようになります。
だから、日本語は子供たちにとって、覚えやすくて、すぐに使える文字なのです。

生まれたばかりの長男と(本人提供)

私は長男が2歳半の時に、ひらがなを教えました。
教え方は「自ら学んだ」と思わせるものです。
まずは大きな紙に「あ」と書いて、
その下に、小さなアリの絵を描くのです。
「あはアリのあ」と教えます。
その他のひらがなも同じような紙を作るのです。
それを子供と一緒になって覚えます。
「いは犬のい」と犬の絵で覚えさせるのです。
そのうちに、「あ」行が覚えたかなというときに、
紙を遠くの壁に貼ります。
ひらがなは読めるけど、下ある小さな絵は見えません。
そして、「ゲームをしましょう」と子供を誘うのです。
「そのひらかなは何?」と聞くのです。
子供が分からないと、「近く行けば、わかるよ」と勧めます。
子供が紙のそばに行くと、絵が見るので、「アリのあ」と大声で叫んで答えるのです。
「すごい、すごい!自分で答えを探し出したね」と褒めます。
子供はママが教えてくれたのでなく、
自分で覚えたと感じるのです。
その達成感で喜んでゲームをやってくれます。
走り回っているうちに、あっという間にひらがなを覚えてくれました。

次男の時は長男のときの経験あるので、2歳から教えました。
三男は2歳までにひらがなを覚えました。
これには、子供の可能性は限りがないと実感しました。

息子たちは、ひらがなを覚えた途端に、読む絵本の量が増えました。
自分で本を選び、読み、読み返し、新しい本を欲しがる。すると、いつの間にか、みんな「本の虫」になったのです。
文字に対する愛着が自然に育ちました。

文字を書かせる時期も子供に任せればいいと思います。
字を書くのは何かを表現したいためです。
何かを伝えたいためです。
文字は大人の世界の共通の符号です。
ところが、子供の世界では、
文字で表現したい子がいれば、絵で表現したい、歌で表現したい、踊りで表現したい子もいるのです。
子供はみんな違うのです。無理やり文字で表現させると、子供のその他の才能を見つからなくなる危険性があります。

といっても、学校に行くと、文字で表現できる子が有利になるために、
早めに字を書かせる家庭もたくさんあります。
私は全く気にしませんでした。
知能を育てるためには、文字を書くよりは、読むこと、考えることの方が大事だからです。
でも、子供たちが書くことに興味を持つようにするために、
子供たちによく手紙を書きました。
絵が混じっての手紙です。
必ずジョークを入れるようにしていました。
そうすると、子供たちは大笑いをして、まねしたくなるのです。
そのうちに、いつの間にか、文字も書けるようになりました。

読むことが好きな人は、書くのも苦にならないものです。
文章を書くのは嫌でないと、宿題をやる時、試験を受ける時に大変有利です。
文章を書くのが早いと、それだけ他の勉強や遊びができます。
試験の時は残り時間に読み直すことができます。

息子たちは、たいてい論文の締め切りがギリギリになるまで書き始めないのです。
「大丈夫?」と聞くと。だいたいが「考え中」と言うのです。
その結果、息子たちが書き上げた論文を読んで、
「すごいね、時間がかかったでしょう?」と聞くと、
どの子も「調べ物と考える時間はかかったけど、書くのにはそんなに時間がかかっていないよ」と答えます。
彼らは文章を書くのに、自信があるようです。
「材料さえあれば、すぐ書ける」と言うのです。
そばで見ている私はひやひやしました。
自信過剰でないといいのですが。

しかし、うちにはもう一つの課題がありました。
私たちは国際結婚の家庭です。
子供たちにはいくつかの言葉を覚えてもらいたかったのです。
日本語、英語、中国は最低限、マスターして欲しかった。
「いくつもの言葉を教えると、言葉の障害が起きる。自分の国の言葉ができなくなる」というような意見が日本にはあります。
でも私は、幼い時から外国語を教えることに賛成です。
私自身は三つの言葉ができます。言葉の障害が起きているとは感じません。
言葉が多くできると、世界が広がり、人生が豊かになります。
他の国の人とコミュニケーションを取れるのはもちろん素敵ですが、
何よりも、いろんな言葉の感情、表現を理解することで、感じることの幅が広くなるのです。

例えば日本語の「お陰様で」英語では「Thanks to you」と言います。
でも、日本語の中のニュアンスは訳されていません。
たくさんの人が陰ながら色々やってくれているから、きょうの自分がいるという深い哲学のような意味は伝わらないのです。
また、英語では謙遜している気持ちも伝わりません。

逆に英語の「Awesome」。日本語では「驚きばかり、素晴らしい、怖い」と訳します。
英語の「Awesome」の中に込められた「素敵すぎてびっくり、すごい!良いね!」という弾ける言葉が日本語の中で見つからないです。
その感じは日本語ではうまく説明もできません。
もちろん、中国語の中にも同じような訳しきれない表現がたくさんあります。
しかし、その言葉をしゃべれて読めるのなら、その感情を感じるとることができます。それによって人生の味わいが深くなるのです。
小さい時から、一つの言葉だけでなく複数の言葉を子供に教えるのは、その子の心の中にある色々なドアを開けられるように、鍵を渡すのと同じなのです。

この前、息子たちとこのことが話題になったときに、
「人類が共通の言葉を作って、一つだけの言葉だけを使うことに賛成かどうか」を議論しました。私たちは、
「共通の言葉があってもいいけど、いろんな言葉もなくさずに、限りのない人間の感受性、表現力を残したい」と意見が一致しました。

人間は文字を作り、文化を進化させてきました。
文字を記録するために、石や竹、紙などを作り、文章を保存しました。
今はデジタルの世界で知識をため、そのためたデータを使って人工知能を作っています。
AIは私たちの代わりに新しい文化を作っていくかもしれません。
ロボットと一緒に生きていく時代、これからどんな文化が生まれてくるのか、
楽しみが増えましたね。