■アジア人初のブッカー国際賞
「日本の読者にこのようにお目にかかれることになって、とてもうれしく思います。日本は私の本が最も多く翻訳されている国でもあるんです」
昨年11月、作家ハン・ガンさんがオンラインイベント「K-BOOKフェスティバル」に出演した。2005年に韓国の芥川賞と称される「イ・サン文学賞」を受賞。突然肉を食べなくなった女性と家族を描く小説『菜食主義者』で16年、世界で最も権威ある文学賞の一つ、英国のブッカー賞の翻訳部門にあたるブッカー国際賞をアジア人で初めて受賞した。韓国を代表する女性作家で、ノーベル文学賞候補とも目される。
ハンさんが出演したコーナーでは、芥川賞作家の平野啓一郎さんが特別出演。「ハンさんのことはすごく尊敬していて、今日はお目にかかれてうれしいです」と敬意を示し、文学談議をかわした。
イベントは2日間あり、イラストと文章で若者の悩みなどをつづり日本で45万部発行の『私は私のままで生きることにした』の著者キム・スヒョンさん、社会で抑圧される女性を描き日本で23万部発行の小説『82年生まれ、キム・ジヨン』の装丁担当者らも出演した。前年に東京・神保町で1日だけ開かれたリアルイベントには1200人が来場したが、コロナ禍でオンライン開催となった昨年は見逃し配信を含めて1万5000回視聴された。
■日本で相次ぎベストセラー
日本はK文学ブームにわく。外国文学で目を見張る存在感を示す。19年に「韓国・フェミニズム・日本」を特集した季刊文芸誌『文芸』が創刊以来86年ぶりの3刷となった。感情を理解しにくい少年の成長を描いた小説『アーモンド』は昨年、全国の書店員が売りたい本を投票で決める「本屋大賞」の翻訳小説部門で1位になった。
火付け役の一人が、出版社クオン社長の金承福(キム・スンボク)さんだ。『菜食主義者』を含む「新しい韓国の文学」、「韓国文学ショートショート」といった日本語訳のシリーズなどを出してきた。昨年は小説や詩など23冊(うち3冊は電子版)を出版した。
金さんは1991年に日本に留学した。日本大学芸術学部で学び、日本で広告業のかたわら韓国文学を出版社に紹介したり、韓国ドラマ本の出版を仲介したりした。02年のサッカーW杯日韓共催、翌年に『冬のソナタ』が日本で放送されて以降の第1次韓流ブームで韓国への関心が高まったが、「日本の出版社はあまり韓国文学を出そうとしなかった」。そこで07年、クオンを立ち上げた。
やがて少女時代やKARAといったK-POPグループが日本デビューした10年くらいから第2次韓流ブームが始まった。「K-POPの次はK文学」と主唱したものの、実際にK文学の広がりを実感したのは10年代後半、晶文社の「韓国文学のオクリモノ」シリーズ、福岡の出版社・書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)の「韓国女性文学シリーズ」などが出てきてからだ。金さんは「サブカルチャーが好きになり、文学が来る流れはどこの文化圏でも同じ」と述べ、映画やドラマで韓国に興味を持った日本人がK文学の世界にも流れてきたとみている。
■翻訳される言語数は倍増
日本だけではない。K文学は世界に浸透している。韓国の政府系機関「韓国文学翻訳院」が翻訳・出版を支援した言語は10年、英語や中国語、日本語、仏語、スペイン語など15言語だったが、昨年はアルバニア語やブルガリア語といった言語も含む26言語まで増えた。
翻訳院より早い90年代前半から、民間の立場で翻訳・出版の支援をしてきたテサン文化財団の文化事業チーム課長のチャン・クンミョンさんは「昔は韓国語が堪能な外国人はあまりいなかった。今は韓国語が非常に上手な外国人翻訳者が増えてきた」といい、翻訳レベルの向上がブームを後押ししたと指摘する。ブッカー国際賞を受賞した『菜食主義者』の英語版は外国人が1人で翻訳したという。
翻訳権ビジネスのKLマネジメント社長イ・クヨンさんは、『菜食主義者』で40カ国、『アーモンド』で17カ国で取引をした。イさんがこの世界に入った95年当時、「韓国文学は国外であまり関心を持たれていなかった」と振り返る。第1次韓流ブーム以降の日本での関心の高まりが台湾へと伝わり、台湾から中国本土、中国本土から東南アジアへと波及したとみる。「韓国のコンテンツは種類が多いが、全世界で受け入れられるのは文学だと思います」。今やインド、南米、アラブでもビジネスをしている。
『菜食主義者』『アーモンド』などを出した出版社「チャンビ」は、自社から出版した文学作品のうち、昨年は海外で10作品以上の翻訳が出た。翻訳の契約件数は10年前と比べ6倍も増えた。「東南アジアからは映画化された原作小説の、日本からは女性(フェミニズム)をテーマにした小説の出版に関する問い合わせがあります」と著作権チーム課長のパン・エリムさん。
■社会の痛みを反映した作品が人気
東南アジアのベトナムは、K文学の人気が出てきた国の一つだ。国境を接する中国文学の影響を歴史的に受け続ける一方、これまで日本文学も読まれてきた。韓国の大学で古典文学を研究するベトナム人のグエン・ゴック・クエさんによると、中国文学は武術もの、日本文学はラブストーリーが人気だという。近年、村上春樹同様、ハンさんも有名になってきた。韓国の文学では「韓国の競争社会、南北分断といった痛みを反映した作品が読まれているようです」と話す。