アダム・ニューボールド(45)は、米海軍のエリート特殊部隊SEALsの隊員だった。情報の真偽を見極める極秘要員として、米中央情報局(CIA)とも連携しながら、長年の任務にあたった。だから、根拠のない陰謀論には、誰にも増して強いはずだった。
ところが、現実は違った。
2021年初めにとった行動で、連邦捜査局(FBI)の聴取を受けた。ボランティアで務めていたレスリングのコーチ兼相談員を辞めざるを得なくなり、経営する会社や店の顧客を失うことにもなりそうだ。
それでも、自分を動かした信念には、みじんの揺るぎもない。あらゆる客観証拠を無視して、今回の大統領選は「盗まれた」不正な選挙で、自分たちには立ち上がる権利があると信じている。
ニューボールドは1月6日、トランプ大統領(当時)の支持者の一人として首都ワシントンの議事堂に押しかけた。建物の中には入らなかったものの、議会警察が乱入を食い止めるのに必死になっているすぐ近くで、「われら国民」(訳注=米国憲法の前文にある冒頭の言葉)の文字が浮かぶ黒いTシャツを着て、警察の白バイにまたがっているのが写真で確認されている。
この世は、陰謀を企てる反民主勢力が裏でうごめいている――そんな発想をニューボールドはかつて、「ティンホイル・ハット(訳注=スズ箔〈はく〉の帽子。マインドコントロールや読心術から身を守ることができるとされるヘッドギア)」をかぶった連中の馬鹿な考えと一蹴していた。
最近は、どうだったのか。本人のフェイスブックのアカウントに、その世界観が端的に示されている。
1月6日の議事堂襲撃事件の1週間前に本人が投稿したビデオは、罵詈雑言(ばりぞうごん)に満ちていた。そこには、誤りだと明らかにされながらも、広く流布された(訳注=郵便投票などでの)選挙不正の主張が繰り返されていた。
「インチキ横行の証拠が、こんなに山積みだなんて信じられない。ペテン選挙に、おかしな有権者、(訳注=トランプ票をバイデン票に変える)おかしな投票集計機。死んだ人間までもが票を入れている」
批判されれば、ののしり返した。「おかしいなら、笑うがいい。みんなに踏み倒されても、笑い続けるがいい」
今回の議事堂襲撃事件で驚かされることの一つは、米社会の片隅にいる一部の人々が暴れまくった、というのとは違うことではないだろうか。目立ったのは、社会の中心となってきた成功者の多さだ。複数の消防士や不動産仲介人に加え、マーケティング企業の役員と町議会の議員も一人ずついた。みんな、根拠が薄弱なこの陰謀論の虜(とりこ)になっていた。
そんな中で、ニューボールドの存在は、不正選挙という話がいかに説得力を強めたのかを示しているように見える。
本人の経歴からすれば、偽情報にだまされることはまずあり得ないはずだった。米軍が「Jade Helm(ヒスイの舵〈かじ〉)15」と名付けて2015年に実施した演習には、協力者として加わっている。ところが、(訳注=海外での戦闘能力の向上を目指した)この演習の裏で政府の邪悪な陰謀が図られているという議事堂襲撃事件と同じような根拠のない危険な情報が、熱気を込めて発信されるようになった。ニューボールドはその受け手側に回ったが、このときは実際にはあり得ない話として笑い飛ばしたのだった。
21年1月後半、ニューボールドは長い電話取材に応じた。今回の大統領選については、決してだまされているのではないと自信を示した。
「プロパガンダを吹き込まれる世界中のいろいろな国で、自分は任務についた」と自らの経験に触れながら、情報操作で大衆がどう洗脳されるのか知っている、と語った。「でも、この大統領選が自由で公正な選挙でなかったことは、疑う余地がない。確信している」といい張った。
名前を隠したエリート連中が、選挙を操るソフトウェアを作動させ、秘かにクーデターに走った。だから、この国は内戦の瀬戸際にあり、その状態がまだ続いていると警告もした。
ニューボールドは、オハイオ州東部の丘に囲まれた地方に住んでいる。兄弟3人がみなSEAL(訳注=海空陸<SeaのSE、AirのA、LandのL>をつなげた名称。いくつもの部隊があり、SEALsと複数形で総称される)の隊員になった。本人の隊員暦は、23年にも及ぶ。海軍の履歴書によると、うち7年は予備役で、17年に上級上等兵曹(へいそう)として退役した。海軍称賛勲章も授与されている。戦闘任務中の武勇で二つ。さらに、優れた行動に対してこの勲章をいくつか贈られている。
バージニア州にある海軍水陸両用作戦基地で一緒だったという元SEAL隊員によると、賢明で同僚たちの評判もよかった。また、CIAとともに、情報収集活動にもあたっていた。
退役後は、オハイオ州の小さな町リスボンで暮らしている。コーヒーショップを開店。さらに、SEAL方式の戦術を軍や警察の関係者に教える会社「Advanced Training Group(高度訓練集団)」を設立し、地元向けには運動や射撃をするクラブの運営を始めた。
自分の会社を通じて、先の「ヒスイの舵15」にも関わった。テキサス州や他の米南西部の州で8週間にわたって15年夏に行われたこの演習では、どう想定を組み立てて実施するかについて助言した。特殊部隊と通常部隊の計1千人以上が参加し、秘かな偵察活動や夜襲などを含んだ想定をもとに、作戦遂行能力の向上を図った。
ところが、訓練内容をまとめたパワーポイントの画像が外部に漏れてしまった。すると、フェイスブックを利用する小さなグループや、アレックス・ジョーンズらのプロの陰謀論者が飛び付いた。この演習は、米軍がテキサス州を侵略し、市民の武器を押収して戒厳令を敷くための秘かな企みだと主張し始めたのだった。
根も葉もないうわさが出回りだした。正体不明の「黒いヘリコプター」が飛んでいる。大手スーパーチェーンのウォルマートの店は、捕まえた人間の仮収容所になる……。
軍事演習であることは明らかなのに、政治的な妄想とでもいうべき嵐が吹き荒れた。これにあおられて一部の議員が事態の解明を求めて騒ぎだした(そうした議員は、後にバイデンの大統領当選にも疑義を唱えた)。テキサス州知事グレッグ・アボットは、この演習の監視を州兵に命じた。
演習は、最終的には無事に終わった。ニューボールドによると、演習計画の作成に携わった自分や他の元隊員たちはみな、変な妄想もあるもんだと一笑に付した。そればかりか、記念のTシャツも作った。「ヒスイの舵に加わったけれど、得たのはティンホイル・ハットだけだった」という言葉が躍っていた。
電話でこの件について尋ねると、こうしたひどい虚報が死を招くような深刻な事態を招きかねないことは、ニューボールドも認めた。
テキサス州の一部の住民は、暴力も辞さないところまで追い込まれていた。演習を妨害するのに、パイプ爆弾を使おうとした3人が逮捕されたほどだった。
「自分の土地に誰かが立ち入ったら撃ち殺すと宣言する農民や地主が、実際に現れた。そうなると、心配するだけではもう収まらない。変なことだけど、『下らぬ』の一言だけでは済まなくなっていた」とニューボールドは当時を語った。
ただ、そのときは、自分が見聞きしたこうした事柄を、まだどこか遠い妄言のように思い、これを受け入れることはなかった。
それが、もっと多くの米国民を巻き込む幻想の前触れだったとは、知るよしもなかった。その後は、軍人も、警察官も、連邦議員も引き込まれていった。現職の大統領ですら、例外ではなかった。ニューボールドは、いうに及ばずだった。
本人は長年、自分を共和党員として登録してきた。トランプに投票したことを隠しもしない。
この4年間、主要メディアはその大統領への批判を強めるばかりだった。対抗して、ときには大げさなほどのトランプ支持をフェイスブックで訴えた。しかし、むしろ強い反発を招いた。だから、見解を同じくするメディアやチャットルームに乗り換えた。
20年の晩秋には、極右同然のチャットが急増していたフェイスブックの個人のページをよく見るようになった。そこにニューボールドは、長いビデオを投稿し始めた。いかにこの国が盗まれているのか。しばしば怒りを込めて訴えた。
そのうちに、自分の中である確信が膨らんでいった。
陰謀は、トランプに対してだけ企てられているのではない。この国の憲法をも対象にしている。ならば、軍にいた者としてこれを守る責務が自分にはある。
ニューボールドは、自分が運営する射撃クラブで似た考えを持つ仲間と私的な会合を開くようになった、と参加者の一人はいう。しかし、あまりに極論がひどくなり、この参加者は脱会した。
「まるで、極端なカルトみたいだった」とその人は振り返る(仕返しを恐れて、匿名を条件に取材に応じた)。「理を説いて事実を示そうとしても、激高するだけだった」
大統領選後のニューボールドのフェイスブック投稿は、内戦が起きることを予測するようになっていた。あまりの過激さに、リスボンに住む女性の一人はFBIに通報した。
筆者もニューボールドが信じていることについて、批判を交えながら電話取材で尋ねてみた。
今回の選挙結果について、数多くの裁判所が異議の申し立てを退けていることについては、受け入れようとしなかった。独立した立場の選挙管理人が取り仕切った3千以上もの郡で不正な介入があったといっても、そこまでするのはどう見ても難しいのではないかと指摘すると、まったく取り合わなかった。そして、選挙結果はゆがめられていないと信じるのは、うぶな考えで甘過ぎると反論した。ただし、証拠は示さなかった。
20年12月には、ニューボールドは長いビデオを投稿して持論を展開している。共産主義者が権力を奪い取ろうとしていると予告。みんなで立ち上がって阻止するよう呼びかけた。「ひとたび力ずくの戦いになれば、自分は本領を発揮できる。同じような人は、他にもたくさんいる」と。
年が明けた6日。(訳注=米議会がバイデン勝利の大統領選結果を確定させると見られていたこの日に合わせて)ニューボールドは自社の社員やクラブの会員らとともに、車列を組んでワシントンに向かった。そして、旗を振りながら議事堂へと押し寄せるトランプ支持の群衆に合流した。
その日の夕方に投稿されたビデオは、われわれの仲間が議事堂襲撃の「最前線」に立ったと胸を張るニューボールドの姿を映し出していた。
「みんな、自分たちのことを誇りに思ってほしい」と見る側に熱く語りかけた。「最後にみんなが議事堂を襲ったのが、いつなのかは知らない。でも、それが確かに起きた。歴史的だし、起こす必要があったんだ。議員の連中ときたら、ガタガタ震えていたぜ」
この状況について、電話取材の中で改めて本人に聴いてみた。すると、自分が果たした役割については、ぐっと調子を抑えて語った。
白バイにまたがったのは、暴徒が近寄らないようにするためだった。そもそもワシントンに行ったのは、暴力をあおるためではない。上院(訳注=正確には上下両院の合同会議)が選挙結果の承認手続きを中断し、左派の連中が怒りだしたときに備えて議事堂を守るためだった……。
ニューボールドは事件後、何本かのもっと扇動的な投稿ビデオを削除している。それでも、今回のワシントンでの事態で、自らの確信が揺らいだ様子は少しも見せない。
「選挙が盗まれたことは、間違いない。このままでは、世界によくある独裁国家への道をこの国も歩むことになってしまう」
ここに、事件から6日後に投稿されたビデオがある。犠牲者が何人も出たことが明らかになった中で、ニューボールドはこう述べている。
「議事堂の現場にいて、米国民がついに立ち上がったことに誇りを感じた」
暴力に訴えることがありうることも、否定しようとはしなかった。
「事態が荒れ狂っているときに、自分が荒くれ男になって荒っぽいことをするのに、遠慮会釈をするつもりはない。ときによっては絶対に必要なことだし、それはわれわれの歴史を通じてずっと繰り返されてきたことなんだ」(抄訳)
(Dave Philipps)©2021 The New York Times
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