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SDGsは「意識高い系」のものじゃない できることをやる、から考えよう

Global Outlook 世界を読む 更新日: 公開日:
上智大学のジョン・ジョセフ・プテンカラム教授

――日本でもSDGsを知っている人が増えてきました。

SDGsは人々の暮らしを持続可能とするためにすべての国が2030年までに取り組む行動計画です。貧困や教育、環境や経済など、17のゴールがあります。

その前身でもあるMDGs(ミレニアム開発目標)に比べたらはるかに広まりました。SDGsのアイコンを山手線の車体やつり革にラッピングしたり、公的機関にポスターがはってあったり、多くの人に興味をもってもらえるよう、接点を増やす動きがたくさん出ています。

――MDGsのときはここまで盛り上がりませんでした。違いは何ですか。

SDGsは先進国も取り組まなければいけない目標がたくさんあるからです。MDGsは途上国の開発問題が中心でした。先進国が途上国を支援するという関係で、日本をはじめとした先進国内でそれほど熱は高まりませんでした。

一方、SDGsにはすべての国が共通して取り組むべき課題が多い。「ジェンダー平等を実現しよう」「気候変動に具体的な対策を」などといったテーマは先進国も途上国も関係なく取り組まなければいけません。「貧困をなくそう」という目標もあります。貧困問題というと、途上国の問題ととらえる人が多いでしょうが、そうではありません。日本でも「子どもの貧困」という言葉が知られるようになりました。格差は先進国と途上国の間だけでなく、日本の中でも生じています。

――国連が掲げてきたMDGsやSDGsで世界は変わりましたか?

私の出身国のインドでは教育と飢餓が大きな問題でした。ただ、10年ほど前に教育に関する法律ができ、子どもが教育を受ける権利が保障されました。飢餓についても数年前にできた法律で、貧しい農村部の人たちが食料に困らないよう、わずかなお金で食料を買えるようにする仕組みが整いました。背景には、MDGsがありますし、その実効性を後押ししているのがSDGsだと思います。

他にはこんな試みもあります。インドでは、公的機関が貧しい家庭に100日間の雇用を提供しています。インドは農家が多く、農業のシーズンが終わると都市に出稼ぎにいく地域もあります。親が子どもを連れて行く場合、子どもは学校に行けなくなり、教育が途切れてしまいます。ただ、地元に雇用を作れば出稼ぎに行く必要はない。家計の収入が増え、地域経済が活性化され、子どもの教育も改善されるという好循環が生まれます。大きなお金が動くので「ばらまき」と批判されることもありますが、こうしたモデルは他の国や地域でも貧困を解決するヒントになるでしょう。

――貧困撲滅や気候変動対策など、どれもスケールの大きな話です。なぜ一人ひとりの意識が大切なのですか。

市民がコミットしないと機運が高まらず、政府の本気度が高まらないからです。そもそも、政府任せにするのは民主主義ではないと私は思います。SDGsには「誰も取り残さない」というメッセージが込められていますが、裏を返せばそれは「誰もが参加しないといけない」という意味です。

――何かしたくても、どうすればいいかわからない人もいるのでは?

私が顧問をしている学生主体のNGOは、インドやフィリピンで初等教育の支援をしています。1975年に始まったので、SDGsよりも歴史は長い。こうした団体に入るのも一つです。例えば、企業であればきれいな水が使えるトイレを整備するとか、やろうと思えばいくらでもできます。大きな予算が必要なプロジェクトでなくてもいい。予算が100ドルしかないとしてもそれでできることをすればいいんです。

なにができるかという軸で考えることも必要です。「何かやりたい」と思って、考えている間にもやらねばならないことはいくらでもあります。「できることに焦点をあてよう」と学生たちには伝えています。

――「SDGsのような社会課題への関心を、日本では『意識高い系』などとネガティブに捉えることがある」と聞いたことがあります。実際はどうですか。

私が顧問をしているNGOのチャリティー活動で、有名なアーティストに出演を依頼したところ、「そういった活動に関わると、私たちのレベルが下がる」と言われたことがあります。世界のトップアーティストは違います。例えば、ライブの収益の1%を寄付すると宣言すれば、参加者も悪い気はしません。アーティスト自身の価値も高まり、多くの人の共感を得ます。もし、日本でそういう雰囲気があるなら、それは世界とは正反対です。自分たちだけが豊かになればいいというのではなく、みんなが豊かにならないといけません。

――SDGsは2030年に達成できすか。

もし、新型コロナウイルスの感染が拡大する前にこの質問を聞かれたら、「必ず達成できる」と言ったでしょう。でも今はそうは答えられません。それくらい新型コロナの影響は大きいです。19年まではSDGsの知名度は世界でも日本でも高まっていました。それが20年には新型コロナがまだ続くのか、いつ終息するのか、そんな不安ばかりが先行しました。自分が2030年に元気か、ということすら脅かされている状況でもあります。

今海外が遠くなっています。SDGsはグローバルな目標ですが、海外に行けなくなっていると思考は内向きになります。コロナ禍はまだ1年ですが、これがもっと続くとどうなるのでしょうか。SDGsに与える影響は非常に大きいと思います。

(聞き手・戸田政考)

John Joseph Puthenkalam 上智大学大学院地球環境学研究科教授、経済学部経済学科教授。1956年、インド・ケララ州生まれ。96年、英グラスゴー大学で経済学博士号を取得。98年、上智大学文学部助教授。2008年、同大学経済学部教授。毎年、学生とともにインドやフィリピンを訪れ、教育支援に携わっている。