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「同じ苦労は子どもにさせない」日本で技能実習生になった中国の母たち、切実な願い

World Now 更新日: 公開日:
「アグリ・サポート」で働く中国人女性たちと立松国彦社長(右端)=愛知県飛島村、笠原真撮影

まだ日差しが強かった10月中旬、緑が広がるキャベツ畑で、女性3人が黙々と作業していた。背中が隠れるほど大きなタンクを背負い、畝を順番に往復していく。土壌にまいているのは除草剤だ。私に気づいた一人が「今日は暑いですね」と日本語で声をかけてきた。みんな服は長袖、顔が隠れるくらいに帽子を目深にかぶっていた。

愛知県飛島村の農業生産法人「アグリ・サポート」では、計5人の中国人女性が実習生として働いている。ブロッコリーやホウレン草といった野菜の収穫や箱詰めが主な作業。全員40代で、山東省の地方出身だ。

キャベツ畑で除草剤をまく中国人女性たち=愛知県飛島村、笠原真撮影

話を聞くと、全員、夫や子どもを残して来日しているという。中国では工場で働いていたという王宜翠さん(47)は「中国以外の場所がどういうところなのか知りたかったし、外国の風景も見てみたかった。でも、一番の目的はお金です」と動機を説明した。工場の月給は手取りで6万円ほどだったが、現在は12万~13万円。「2倍のお金をもらっているので、いまの仕事には満足しています」という。

彼女らにお金の使い道を尋ねると、こう口をそろえた。「家族のため、子どものためにためるんです」。17歳の一人娘がいる卜凡麗さん(46)は「大学に子どもを入れたい。そのためには教育費や生活費が必要」と話した。

実は経済的理由から、5人とも学歴は日本の中学校にあたる初級中学校卒で、安い給料の仕事にしか就けずに苦労してきた。「良い生活をするには高い給料をもらえる仕事に就かなければいけない。そのためには良い大学に入る必要があります。私が日本でお金を稼いで、娘には私よりも良い人生を送ってほしい」と卜さんは願う。

劉軍紅さん(43)も「私が人生でできなかったことを子どもに託したい。そんな思いで働いているから、日本でもがんばれるんです」と話す。夫とは離婚し、18歳の一人娘は自分の親が世話をしてくれている。そんな中、娘は今秋、晴れて河北省の国立大学に入学できたという。「第一希望ではなかったけど、とても安心しました。でも、これからもお金がかかるから必死です」

仕事は大変だけど、子どものためならがんばれる――。子を思う、そんな「母親の顔」をのぞかせた。

みんな節約も心がけている。最もかかるのは食費だが、野菜は会社からもらうほか、一緒に住む共同住宅では家庭菜園もしている。肉や魚は2週間に1度スーパーに行って買っている。割引された商品があればそれを選ぶようにしており、ぜいたくはしない。我慢の生活だ。楽しみを聞くと、「休日にゆっくり家族とテレビ電話をすることです」とみんなが笑顔を見せた。

女性たちが共同で住む家。職場から徒歩1分ほどの場所にある=愛知県飛島村、笠原真撮影

子どもに良い教育を受けさせたいと願う親の気持ちは世界共通だ。とはいえ、母親が愛する子どもを残して日本に来る背景には、中国の厳しい「階級社会」がある。中国社会に詳しい東京大学東洋文化研究所の園田茂人教授(59)に話を聞いた。

中国の受験戦争は日本以上に苛烈と言われる。その要因の一つが中国独特の戸籍制度だという。中国の戸籍は「農村戸籍」と「都市戸籍」に分けられ、農村戸籍の人が北京や上海など都市部に働きに出ても、国営企業で安定的に働いたり、同じ社会サービスを受けたりすることはできない。このことが機会の平等が失われる原因になっている。

農村出身者は都市戸籍の取得を渇望するが、高学歴のほか高収入といった条件もあり、発給は厳しい。2010年時点で、約13億の人口のうち約9億人が農村戸籍だった。中国で社会的な地位を示す共産党員になるにも高学歴は必須条件となっている。

園田教授は「自分が十分に努力できなかったことで進学や就職の競争に敗れた。だから子どもに自分と同じ思いをさせたくないと考えるのは当然のこと」と理解を示す。

東京大学東洋文化研究所の園田茂人教授=本人提供

一方、実習生は日本語能力が低く、コミュニティーに溶け込んでいないことも多いが、園田教授は「中国人は言葉が通じないことにさほど違和感を感じない」と言う。国土が広い中国には北京語や広東語など方言と呼べないほど違う言語があるほか、同じ北京語でも出身地を離れればなまりが異なり、相手の言葉がわからないのは「普通のこと」だ。

だから出稼ぎ先が国内だろうが、日本だろうが、遠くへ移住して働くことの心理的なハードルは低い。子どもの世話は祖父母が担う習慣が浸透していることも、親が出稼ぎに出られる理由の一つだ。

月に十数万円の稼ぎは中国の農村出身者からすれば好待遇。園田教授は「彼女たちからすれば、日本で子どものために稼ぐことは、人生でもうひと花咲かせたい、『起死回生の一発』のような行動だ」と考えている。