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日本の外交にも大きな関係が バイデン外交のカギを握るのはトルコ

トルコから見える世界
トルコのエルドアン大統領=2017年、トルコ・イスタンブール、杉本康弘撮影

■遅れた祝福

「我々はワシントンとの緊密な関係を築いていく用意がある」

トルコのエルドアン大統領は11月10日、当選確実となったバイデン氏に祝電を送った。勝利宣言から2日後の祝福。その間、メディアでは「バイデン氏に祝福を送っていない国」としてロシア、北朝鮮、中国などと並び、トルコも挙げられていた。

2001年の米同時多発テロ事件以降、ブッシュ政権下では「対テロ戦争」の名のもと、イスラム敵視の動きが広がったが、09年1月にオバマ政権が発足すると、「イスラムとの和解」に舵が切られた。就任後まもないオバマ氏が、公式訪問国として真っ先に訪れた国はトルコだった。当時は2期目のエルドアン政権で、トルコは「イスラムと民主主義を両立させている国」として、世界的にも注目されていた。

オバマ政権で副大統領を務めたバイデン氏は、在任中、何度もトルコを訪れ両国間の信頼醸成に努めた。2011年には、手術後自宅で療養するエルドアン首相(当時)を見舞ったごく限られた要人の一人でもある。だが、シリア内戦の動きと、それに伴いトルコ批判を展開したバイデン氏の発言なども相まって、両国間の溝は徐々に広まった。直近では、バイデン氏が米紙インタビューでエルドアン大統領を「独裁者」と表現、「エルドアンを負かすべくトルコの野党を支援していく」と述べたビデオが広まり、トルコで物議を醸した。

■シリア テロ組織vsパートナー

シリアへのトルコの軍事作戦で、イラク北部バルダラシュの難民キャンプには、多くのクルド人がシリアから逃げてきていた。単身で避難してきたイスマイル・ムスタファさんは近くで拾ってきた愛犬ボイカと暮らす=2019年12月5日、杉本康弘撮影

収束の見えないシリア内戦は、来年3月で丸10年となる。シリアでイスラム国(IS)が台頭した2013年当初、「アサド大統領退陣」で一致するアメリカとトルコは、対ISで共闘する選択肢を検討していた。だが、「トルコがISの勢力拡大に加担している」(当時のバイデン副大統領)などの理由から、オバマ政権はトルコが長年敵対しているクルド勢力を協力相手に選択、それ以降、関係が徐々に悪化した。

トランプ政権下もクルド勢力への支援は継続したが、トルコが進める「テロとの戦い」には一定の理解を示した。2019年10月には、トランプ大統領が国防総省からの強い反対を押し切り、シリアからの米軍撤退を表明。それが事実上のゴーサインとなり、トルコ軍による3度目のシリア北部越境攻撃が行われたとされている。

米議会は、「盟友クルドの切り捨て」と非難。法に基づく制裁を求めたが、トランプ氏は拒否。より手続きが簡易な大統領令で、トルコからの鉄鋼に2倍の追加関税をかける制裁措置にとどめた。トランプ大統領が長年の「同盟相手」を突然切り捨てたことへは、強固な同盟を結ぶ日本からも当時、警戒の目が向けられた。

バイデン氏は越境攻撃には反対の姿勢を示しており、「米軍撤退発言は大きな誤りだった」と述べている。こうした背景から、トルコ外交の専門家は、「バイデン政権は、米軍撤退を白紙に戻した上で、クルド勢力への支援を強め、アメリカの同地における影響力拡大を図るのでは」とみる。

トランプ大統領の撤退宣言後も、実際には駐留は継続し、クルド勢力への支援も続いている。トルコ軍関係者は、「ロシア、アサド政権と対峙して来たトルコは、アメリカにとってロシアの影響力拡大を阻止するバランサーとしての役割も果たしている。極端な関係悪化は避けるのでは」と予想する。

■イラン制裁違反めぐる緊張

今年1月、イランの革命防衛隊精鋭部隊の司令官がアメリカに殺害されたことを受け、にわかに高まったアメリカとイランの緊張。日本の安倍政権が両国間の緊張緩和に向けた積極外交を繰り広げたことは知られているが、トルコも、いち早く「仲介の用意がある」と手を挙げた国だった。歴史的に中東地域の覇権争いを繰り広げてきたトルコとイランだが、互いにけん制し合いながらも、比較的安定した関係を保ってきた。

アメリカとトルコの間には、イランを巡っても大きな懸案がある。トルコの国営「ハルク銀行」を被告とした米連邦地裁での裁判だ。この銀行が、対イラン制裁を回避する役目を担っていたと疑われている。

経済制裁によってドルとユーロによる国際送金が停止され、決済ができないイランは、国家収入の多くを占めるエネルギー輸出が困難な状況にある。だが、国営ハルク銀行は、イラン出身の実業家を支援し、第三国に輸出した金をドルに換え、イランに輸入代金を支払う仕組みを利用、2012年以降アメリカの対イラン制裁を回避した疑いがもたれている。

エルドアン大統領は2016年、当時のバイデン副大統領に、同行に対する米連邦地検の捜査中断を求めたが、バイデン氏は「権力分立に政府は介入できない」と拒否したという。事件に関与した実業家は、のちに有罪を認め司法取引に応じ、その証言をもとに、2017年には同行幹部が逮捕され、翌年米連邦地裁で実刑判決を受けた。

昨年10月には、連邦地検が資金洗浄や制裁違反などの疑いで同行を起訴。エルドアン氏を含むトルコ政府要人の関与も指摘された。トルコの対シリア軍事作戦が開始された直後であったことから、トルコは「報復としての起訴だ」と反発。さらに、アメリカの対イラン制裁法では金による取引は禁止されていない点や、取引に米国の銀行や金融システムが関わっていなかった点を挙げ、徹底抗戦の構えを見せた。

裁判を巡っては、トランプ大統領自身もトルコにビジネス利権を持つことから、トルコへの融和姿勢をとったことなどが報道されている。コロナの影響などもあり遅れていた裁判は、来年3月に再開予定だ。米連邦地裁の判断次第では、数十億ドル規模の巨額の制裁金が科されるとの観測もある。アメリカの対イラン制裁法違反としては、日本の企業も多額の制裁金を科された過去がある。

■ロシアのミサイル防衛システムを買った代償

2017年、ロシアの航空宇宙産業の展覧会で展示された地対空ミサイル「S400」=モスクワ近郊、松尾一郎撮影

「NATO加盟国がロシアからの武器を購入すれば重大な結果を招く」

アメリカから度重なる圧力を受けながらも2019年夏、トルコはロシア製ミサイル防衛システム「S400」を購入した。アメリカでは瞬く間に対トルコ制裁議論に火が付いたが、トランプ大統領は、「トルコはアメリカ製を購入したいと申し出たにもかかわらず、オバマ政権が要望に応じず、やむなくS400購入に至った」と擁護、制裁に反対の意向を示した。

しかし、国防省や議会からの反発が極限に達すると、トランプ大統領はトルコへの事実上の制裁措置を容認。最新鋭のステルス戦闘機「F35」共同開発計画からトルコを追放することを決め、その後、トルコへの120機の売却計画も白紙に戻した。だが、エルドアン大統領との良好な関係を保つトランプ大統領は、米議会の法律に基づく正式な経済制裁を科すことは頑なに拒んだ。ステルス性が高く、戦闘能力も高いと言われているF35は、総合ミサイル防空を目指す日本も100機以上を購入予定だ。9カ国による共同開発計画にも関わっていたトルコにとっては、追放と売却中止はダブルパンチとなった。

制裁の懸念を抱えながらも、トルコはこの秋、S400の試射を断行、再びアメリカの怒りを買った。だが、トルコにとっては、防空戦略を、戦闘機主体のものから、ミサイル防衛を中心とする防空に急速に舵を切らざるを得なくなったという事情がある。F35 開発計画から追放されたことに加え、トルコと敵対しているアラブ首長国連邦(UAE)がイスラエルと国交正常化し、トランプ政権がUAEにF35を売ることを決めたことも大きな要因だ。トルコが再びロシアからS400を購入するという報道もある。独断の多かったトランプ大統領と異なり、関係省庁の意見に耳を傾け、制裁にも理解を示していると言われているバイデン氏の下では、アメリカからの制裁は「時間の問題」とも言われていた。

しかし、ここに来て政権交代を待たずして制裁が科される見通しが高まってきた。S400購入をめぐる米議会の反発は超党派で強く、12月11日、上院がトルコへの制裁発動などを盛り込んだ来年度の国防予算案を可決したのだ。トランプ大統領が拒否権を使うか否か、また、制裁発動に動く場合、どのレベルの制裁を選ぶかに関してにわかに注目が集まっている。

■トルコ、ギリシャ 双方の警戒

トルコは冷戦時代、最前線でソ連に対峙してきた。1952年にギリシャと共にNATOに加盟して以来、冷戦崩壊後も一貫してアメリカの中東戦略上、重要な役割を果たしてきた。

だが、東地中海で見つかった天然ガスをめぐってトルコや周辺諸国の緊張が高まったことを受け、トルコでは、アメリカのこの地域における安全保障戦略の中軸が、これまでのアメリカとトルコによるものから、ギリシャにとって代わるのではと危惧されている。近年、アメリカが見せるギリシャ寄りの姿勢からだ。バイデン氏は選挙キャンペーン期間、ギリシャとの関係強化を謳ったほか、トルコが東地中海で天然ガスを単独で探査・掘削しようとしていることを「挑発的で国際法に違反する行動」とし、また「長年にわたるトルコの北キプロスの占領」を批判した。地中海に浮かぶキプロス島はトルコ系住民が多い北とギリシャ系住民が多い南に分断され、トルコは北キプロスに軍を駐留させている。

北キプロス北東部、カルパズ半島から見た東地中海。天然ガスをめぐるせめぎ合いの舞台だ

ギリシャでは、こうしたアメリカの姿勢を歓迎する声がある一方で、バイデン新政権がトルコとの関係改善に回帰するのではないかと懸念されている。中国を最も敵視したトランプ大統領に対し、バイデン氏は「アメリカの最大の脅威はロシアだ」と訴えているためだ。トルコはロシアと複数の地域でにらみ合いを続けつつも、双方の対話によって危機的状況を回避しており、ロシアとの接し方に慣れている。

その一方で、アメリカやEUが強烈なロシア批判を展開するウクライナ問題では、エルドアン大統領はロシアにはばかることなく「クリミアはウクライナの領土だ」と公言、今年10月にはウクライナとの間で軍事協力協定も結ぶなど、大胆な関係強化を進めている。ロシアがウクライナ南部クリミアを併合したのは2014年。当時副大統領だったバイデン氏は、対ロ包囲網の形成を主導的に進め、日本を含むG7は首脳声明を発表し、G8からのロシア追放を決定した。強い反プーチン姿勢をとるバイデン氏の下で、ウクライナ問題への関与は深まるとみられており、ギリシャの専門家の中には、「アメリカにとって、ロシアとの対峙にトルコの存在は欠かせない」とみる人もいる。

■問われるトルコの立ち位置

バイデン氏はトランプ政権の「アメリカ第一主義」から、多国間同盟を重視し、NATOとの関係強化を図るとみられている。トルコはNATO第4位の軍事力を持ちながら、ロシアに接近する近年の振る舞いから「問題児」扱いされている。ロシアへの警戒心が高まると言われているバイデン政権の対ロ戦略上、その立ち位置は変わりうるか。NATOの域外パートナー国として近年、その関係を深めている日本も、こうしたパワーバランスの変化につながる動きを注視している。

来年1月に米ジョージア州である上院選決選投票で民主党が2議席を確保すれば、米議会の上下両院を民主党が制することになる。そうなると両国間の懸案に関し、米議会がトルコに不利な法案を通したり制裁を求めたりする可能性が高まるとみられる。そのため、トルコもこの決選投票の行方を注視している。トルコ外交専門家の一人は、「トルコは付き合い方次第ではバランサーやパートナーにもなりうる国。バイデン氏は制裁措置をとるにしても、一定の条件を付け、それに対するトルコの反応を見ながら、制裁の強弱を検討していくのでは」と予想する。

民主主義や人権、法の支配など「価値の外交」を展開すると言われているバイデン新政権。一方で、欧米から「独裁化が進んでいる」との批判を受けるトルコは、どの程度歩み寄りを見せられるか。バイデン氏の外交は、日本が重視して来た価値観とも重なる。トルコ、アメリカ両国と歴史的に良好な関係を築いてきた日本。エネルギーの安全保障の観点からも重要な地域である中東、ユーラシア地域の安定のカギとなるこの二か国関係を、より良い方向に向かわせるべく、日本が果たしうる役割もあるかもしれない。