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高さ22メートル 今季の世界最大の波を制した女子サーファー

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
Maya Gabeira from Brazil rides a wave during the Nazare Tow Surfing Challenge at Praia do Norte or North Beach in Nazare, Portugal, Tuesday, Feb. 11, 2020. (AP Photo/Armando Franca)
ポルトガル・ナザレの海で2020年2月11日、女子の世界記録を作ったマヤ・ガベイラ(33)のサーフィン=AP。波の高さは73.5フィート(約22.4メートル)と認定され、男女を通じて今季の最高記録となった

冬になると、ポルトガル・ナザレの海の断崖は、格好の観客席になる。向こう見ずなサーファーたちが、この地球上で最大の波に挑むドラマを繰り広げるからだ。

その期待通りに2020年2月11日、今季の世界最大の波を制した記録が生まれた。ブラジルの女子サーファー、マヤ・ガベイラ(33)が、巨大な波に命を奪われそうになりながら達成した。

漁港を抱えるナザレは、首都リスボンの北方にある(訳注=バスで約2時間。漁師町とリゾート地が同居する)。 その日は、ここで国際大会「ナザレ・トウサーフィン・チャレンジ(Nazaré Tow Surfing Challenge)」が開かれていた。ガベイラは、ジェットスキーで牽引(けんいん)してくれるドイツ人パートナーのゼバスティアン・シュトイトナーとともに参加。それも、ただ一人の女子として男子部門のラインアップに入っていた。

そして、この日最大の波のセットが押し寄せたときに、これをとらえる完璧な位置につけた。

「自分を最高に集中させ、いつも以上に勇気を振り絞った」。ナザレの自宅にいたガベイラは20年9月、当時の状況をこう語ってくれた。「でも、もう少しで大惨事になるところだった」

ガベイラが牽引ロープをつかむと、シュトイトナーは時速50マイル(80キロ)に速度を上げ、盛り上がった巨大な波の先端にガベイラを放った。

勢いそのままに、波の斜面を飛ぶように滑り降りた。頭上で波頭が崩れ始め、ついに砕けだした。爆発音がいくつも続くように聞こえた。そして、白い波しぶきにのまれた。

「これほどすさまじい爆発を、こんなに間近に体験したことはなかった」とガベイラは振り返る。「パワーも、音も。これまで感じたことのないすごさに、震える思いがした」

それを9月になって話してもらったのには、この世界特有の事情がある。波の大きさを測る難しさだ。

Maya Gabeira exits the surf after a session on the waves at Nazaré, Portugal, Sept. 15, 2020. Gabeira surfed the biggest wave, 73.5 feet, ever ridden by a woman, and it was the biggest wave surfed by anyone in the 2019-20 winter season, a first for women in professional surfing. (José Sarmento Matos/The New York Times)
ナザレでサーフィンを終えて浜辺に上がったガベイラ=2020年9月15日、José Sarmento Matos/©2020 The New York Times

ガベイラが乗ったあの大波の高さは、73.5フィート(約22.4メートル)あった――米スクリップス海洋研究所や南カリフォルニア大学の航空宇宙・機械工学科、さらに民間の専門家が加わった特別チームがそう認定したのは、9月に入ってのことだった。

彼女自身が持っていたこれまでの記録を5フィート以上も上回り、女子が制した大波の世界記録になった。それだけではない。男子も含めて、2019~20年の冬季の最高記録になった。プロサーファーの世界で、女子がこれを手にしたのも初めてだった。

「こうした記録を達成できるということを、次世代の女子選手に示したことが非常に大きい」と世界屈指の女子ビッグウェーバーの一人、カナダ生まれのペイジ・アームズ(32)は評価する。「実際に達成されたことであるからこそ、夢として追えるようになるのだから」

男子の今季最高記録も、同じ日にこの大会で生まれた。カイ・レニーの70フィートだった。

男子をもしのいだことは、車の世界でいえば、(訳注=北米のフォーミュラ選手権インディカー・シリーズで2008年に女性レーサーとして史上初の優勝を果たした)ダニカ・パトリックの再現に例えることもできるだろう。

それでも、賞を総なめにできたわけではない。ガベイラの記録から数時間後に、フランスのジュスティーヌ・デュポン(29)がすごい波をとらえた。ガベイラ、アームズとともに、女子の大波三羽ガラスとされる選手だ。

その波は、あらゆる点でガベイラの波に劣っていなかったという人もいるぐらいだった。最終的に高さは約70フィートと認定されたが、デュポンはナザレの大会では女子の最優秀賞を獲得。プロサーファーの組織「ワールドサーフリーグ(WSL)」の年間最優秀賞にも輝いた。

「波の測定は、まだ完成された科学ではない」と著名な米男子選手グレッグ・ロングは指摘する。「世界記録にも関係するような認定には、さらに科学的な手法を尽くし、もっと厳密に測ることが絶対に必要だ」

Maya Gabeira jogs to warm up while training at a pool in Nazaré, Portugal, Sept. 15, 2020. Gabeira surfed the biggest wave, 73.5 feet, ever ridden by a woman, and it was the biggest wave surfed by anyone in the 2019-20 winter season, a first for women in professional surfing. (José Sarmento Matos/The New York Times)
ウォームアップでプールの周りを走るガベイラ=2020年9月15日、ナザレ、José Sarmento Matos/©2020 The New York Times

では、今回の科学者の特別チームは、どう数値をはじいたのか。

潮の干満や流れ、光の陰影(見た感じや、写真がとらえた大きさを左右することがある)、さらにはそれぞれの写真にある物体(訳注=サーフボードのサイズなども比較データになる)をつぶさにチェック。ガベイラとデュポンの波を写したカメラの角度やレンズも分析した。

デュポンは納得できないでいるが、ガベイラの波の認定結果は、記録としてWSLとギネスに登録された。女子の競技史上、最もきわどい勝負として残ることになりそうだ。

ナザレは、昔から大波サーフィンの名所だったわけではない。

その情報が伝説的な米ビッグウェーバー、ギャレット・マクナマラの耳に入ったのは、2005年のことだった。ナザレの漁師の息子でボディーボード(訳注=サーフィンとは違うボードを使う競技)をするディノ・カシミロが、故郷の小さな町の名をあげようと接触してきた。電子メールをいくつか交換したが、マクナマラはすぐには動かなかった。しかし、カシミロが09年に送った招待状を妻が見つけて動き出した。

当時、マクナマラは、100フィート級の大波スポットを探していた。なかなか見つからないまま、10年にナザレの断崖にある灯台に来て目を見張った。見たこともない大波があった。聖杯伝説のように追い求めてきた夢に、ようやく手が届く気がした。

巨大な波を狙うトウイン(tow-in)サーファーにとって、チームワークは絶対に欠かせない。とくに、ジェットスキーの操縦者の腕前が大きい。無線で断崖にいる見張り役と交信し、どこでいつ目指す波が生じ、それをどうとらえたらよいのかを探る。大会で得た賞金は、サーファーと分けることになる。

マクナマラは11年にナザレで78フィートの波を制し、(訳注=当時の)世界記録を作った。しかし、大波乗りの仲間たちは否定的だった。波の形が問題とされた。「ジョーズ型」や「マウイ型(訳注=ハワイのマウイ島はサーフスポットとして有名)」といった、名の知れた典型的な大波とは違っており、波のパワーも疑問視された。

「大ぼら吹きのように受け止められた」とマクナマラは語る。ハワイでは60フィート級の波が年に1回あるかどうか。北カリフォルニアのマーベリックスだと、60~80フィート級がたまにはある。「それが、ナザレだと、60~80フィート級が年に10回、20回、30回も来る」

ガベイラとシュトイトナーは、マクナマラに続いてナザレにやってきた初期のサーフチームだ。そして、わずかな過ちが生死にかかわることをすぐに体験した。

ナザレの海を望む場所でくつろぐガベイラ=2020年9月15日、José Sarmento

13年に50フィート級の波に挑んだときに、ガベイラはボードのコントロールを失い、海中に落ちた。数分間も浮上できず、ほとんど意識がなかった。それでも、なんとか引き綱をつかむことができた。顔を下にしたまま岸まで引っ張られ、海から引き揚げられたときには脈がなかった。救急蘇生で一命をとりとめたが、右下肢の腓骨(ひこつ)を折り、背骨の下の方の椎間板(ついかんばん)がヘルニア状態になってしまった。

背骨の手術を3回受け、回復するのに4年かかった。すべてのスポンサーに見放された。不安障害を患い、パニック発作に見舞われた。

この事故については、公然と非難された。著名なサーファーからは個人的な警告も受け、中には米ビッグウェーバーのレイアード・ハミルトンのように公の場で批判する人もいた。

それでも、めげなかった。15年には、完全にナザレに移り住んだ。18年には、ここで68フィートの波を制し、女子の世界記録を打ち立てた。すぐにデュポンとの友好的なライバル関係も始まった。

「私たちが水の中にいるときは、彼女と競い合っているなんて思うことはない」とデュポンは明言する。「そもそも、競うということとは違う。私はひたすら自分の限界を押し広げようとするだけ。より大きな波を目指すのは、限界を広げ、自分の中心となる軸を高めたいから。自分自身について学び、自分の心の動きを見極めたい。勝つとか、最大の波をとらえるということよりも、こちらの方にはるかに熱が入る」

最も巨大な波を求めて動く世界のエリートサーファーは、金稼ぎを目的とはしていない。ほとんどは若い男性で、波を追うためにスポンサーを見つけ、節約を重ね、航空会社のマイル数を稼いで旅費の足しにしている。そして、カリフォルニアやメキシコ、ハワイ、タヒチ、インドネシア、南アフリカ、豪州のサーフスポットを転戦する。

「最高のプロのビッグウェーバーたちが何年もかかって築くのは、自分のライフスタイルだ。生計の手段ではない」と先のロングはいう。「世界最高を自負するからであり、本当に好きだからやっているのだろう」

Maya Gabeira pops up after holding her breath underwater for over two minutes while training at a pool in Nazaré, Portugal, Sept. 15, 2020. Gabeira surfed the biggest wave, 73.5 feet, ever ridden by a woman, and it was the biggest wave surfed by anyone in the 2019-20 winter season, a first for women in professional surfing. (José Sarmento Matos/The New York Times)
ナザレのプールで練習に励むガベイラ=2020年9月15日、José Sarmento Matos/©2020 The New York Times。2分以上も水に潜り、浮上した。サーフィンの事故に備えた訓練だ

一方、ビッグウェーブを目指す女子は、長らく冷たい視線を浴びてきた。疑問符を付けられ、相手にされず、問答無用に拒まれた。スポンサーに恵まれることは、まれだった。マクナマラが世界記録を作ると、メルセデス・ベンツの独ダイムラー社がスポンサーになった。そんな企業が、ガベイラにも現れるかは定かではない。

「世界の女子ビッグウェーバーの上位10人で、スポンサーがいるのは3人だけ」と先のアームズは唇をかむ。「男子だと、上位10人はマイホームを持ち、1年を通じて世界各地を転戦できる。それも、家族同伴で」

Maya Gabeira trains at a pool in Nazaré, Portugal, Sept. 15, 2020. Gabeira surfed the biggest wave, 73.5 feet, ever ridden by a woman, and it was the biggest wave surfed by anyone in the 2019-20 winter season, a first for women in professional surfing. (José Sarmento Matos/The New York Times)
プールでの練習もガベイラには欠かせない=2020年9月15日、José Sarmento Matos/©2020 The New York Times

女子にとってサーフィンは、支援のない孤独な闘いを覚悟させられる世界だ。最も大きな波を制した輝かしいときでも支援が生まれなければ、孤独感はとくに深まる。

でも、デュポンとガベイラは、女子がサーフィン界のラインアップには欠かせず、男子を交えた超トップクラスの中でも立派に通用することを実証した。

「今季最大の波を、女性として制することができてすごくうれしい」とガベイラは改めて語る。

「どんなに不可能とされていても、可能にすることがとても好き。後に続く人が、とても楽になるから」(抄訳)

(Adam Skolnick)(C)2020 The New York Times

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