私はシンガポールを拠点にインドネシアやフィリピン、ベトナム、ミャンマーなど近隣国の都市開発に携わっています。東南アジアは車社会のため、多くの都市が渋滞や排ガスによる大気汚染に悩まされています。そんな社会問題を、都市開発を通じて解決したい。その思いが、日々の仕事の原動力になっています。
日本は鉄道を軸にした街づくりや駅前を有効活用する都市開発で世界トップレベルの技術とノウハウをもっています。こうした公共交通機関を中心とした街づくりは、東南アジアの諸都市において各国から大きな期待を寄せられています。さらに日本の優れたICTも活用し、環境負荷の低減と経済的なメリットが共存する街をつくる。それが私の目標です。
ただ、日本人の視点で作られた街が現地の方にすんなり受け入れられるとは限りません。私たちにとって鉄道を軸とした街づくりはわかりやすい発想ですが、経済発展のステージや社会的な背景が異なる東南アジアの諸国では、「現在は直接バイクで自宅から目的地まで通えているのに、本数も少なく時間通りに来るかもわからない鉄道を利用するメリットが少ない」といった現地の声も聞かれます。せっかくの優れた技術やノウハウも現地で受け入れられなければ、街づくりとして成就していくことは難しくなってしまいます。
「相手の国や地域への敬意をもち、仕事をさせていただいているという意識を忘れないこと」。私は仕事をするうえで、多くの先輩から言われてきたこの言葉を常に肝に銘じています。その原点となったのが、最初の海外赴任地だったミャンマーです。この国のことをあまり知らなかった私は、とにかく現地の方から謙虚に学ばせていただこうと心に決めました。現地に早くなじみたい一心で、毎日民族衣装のロンジーという長いスカートを着て出社しました。その姿のお陰か、現地の人にたくさん声を掛けてもらえるようになりました。そして急速な経済発展の中で高層ビルや現代的なショッピングモールの建設が進む一方、都市の交通インフラ整備が追い付かず、渋滞による通勤時間の増加など住環境の悪化に悩まされていることなどをじかに聞くようになりました。相手と同じ目線に立つことで得られた新しい気づきと、自身のビジネスをつなげて考えることができた瞬間です。
都市開発では現地の人々の考え方や生活習慣を第一に尊重して計画を立てた上で、日本の技術やノウハウを組み込むことによって、より魅力的な街づくりを進めることが大事。その人々とどう付き合いどう深く理解するかは大切な第一歩です。現在の仕事に取り組む自身の基本姿勢がそこでつくられた気がします。
現在、ジャカルタ郊外で100ヘクタール超の大規模都市開発を進めています。地域住民が悩んでいた渋滞や排ガスによる大気汚染を低減するための、インドネシア初の公共交通機関中心の都市開発への取り組みです。さらにここではAIやIoT、モビリティーなど最先端技術を使ったスマートシティーとしての実証実験も行う予定です。これから本格的に開発が進んでいきますが、その地に根付いて暮らす人と直接会い、本音をじっくり伺うことを起点にしていきたいと考えています。
しかし今はコロナ禍で、残念ながら現地に直接赴くことが難しくなってしまいました。その代わり、各国に駐在し様々な事業を担当している三菱商事の社員がフォローしてくれていて、一人ではたどり着けない新しい情報がもたらされるなど、あらためて世界中に張り巡らされたネットワークの強みを感じています。
私はその国の発展の一助となり、将来にわたってかたちを残すことができる都市開発の仕事に大きな魅力を感じています。これからも10年後、20年後、その地がどう魅力的に変わっているのか、そしてその時の人々の笑顔を想像しながら、日々の仕事に取り組んでいきます。
現在、アジア新興国では人口増加・経済成長に伴う都市化が急速に進んでいる。しかし急ピッチな都市化にインフラ整備が追いつかず、渋滞や大気汚染、水質汚染などの社会問題も深刻化している。
アジア新興国の急速な都市化は、日本が歩んできた道でもある。高度経済成長期に大きな課題になったインフラや住宅の不足、環境問題、交通渋滞を、公共交通機関の充実や質の良い住宅の供給で解決してきた。そのうえで現在は、交通やエネルギー、健康、コミュニティーなど、現代の都市が抱える課題をAIやIoTなどの最先端技術を活用して、持続可能な都市を実現するスマートシティーを推進している。そんな日本の経験と技術が詰まった公共交通指向型の都市開発にはアジア各国からの期待も大きい。