1. HOME
  2. 特集
  3. みんなで決めるってむずかしい
  4. 課長人事に選挙を導入、ある100年企業の「民主化改革」

課長人事に選挙を導入、ある100年企業の「民主化改革」

World Now
福岡県須恵町の株式会社「ベルテクネ」の職場=同社提供

『脱社畜の働き方』(技術評論社)などの著作があるライターの日野瑛太郎さん(35)に教えを請うと、かつて大手ウェブ系企業に勤めた経験から、こう断言した。「会社の中にも、従業員の代表を選ぶとか労働組合とか、部分的に民主的な仕組みはあるにはあります。でも、仕事上の意思決定という意味では、会社という組織には民主的な仕組みは向いていません」

8年前、ソーシャルゲームの新規開発のため、エンジニアだった日野さんを含め約20人が集められた。30代以下の若手社員ばかり。「当時のリーダーは意見を押しつけず、メンバーの話をよく聞いてくれる、とても民主的なチームでした」。ところが、いつまで経ってもゲームは完成しない。納期を2回も延期し、やっと市場に出せたと思ったら、目標としていた数値にはほど遠い結果。結局、日野さんのチームは解散となった。

日野さんは言う。「まず第一に、会議が多すぎました。たとえば、メンバーがリーダーに相談すると、全員の同意を求めるんです。クリエーターにはこだわりが強い人が多いので、不満を減らす術だったのでしょうが、肝心の開発に知恵を絞る時間は減るばかりで。残業時間がどんどん増えて、週末にも出勤するようになりました」

弊害はそれだけにとどまらない。「民主的」であるがゆえに、会議で反対意見を聞いて修正、さらに修正の繰り返し。クリエーティブなものを作るとき、賛否両論があるものほど、面白い傾向がある。でも、反対意見を加味して議論を重ねていくと、最後は70~80点で落ち着いてしまうことが多い。日野さんはそう考える。

「これって前例がない、見たことがない、というものは、言い換えれば、新しいもの、面白いものなのに、大勢で話し合うと、とたんに通りにくくなってしまう。私がいたチームの会議でも、民主的な手法を重んじるあまり、とんがった意見はすべて丸くなり、最終的に無難な、面白みのないものしか生み出せなくなってしまったのです」

あるある! うちの会社もそう! と思った人は、私だけじゃないはずだ。とはいえ、話し合いが必要ないかと言えば、そうではないと日野さんは言う。「民主的というのが何を指すかは問題ですが、メンバー通しのコミュニケーションをとるのは大事なことだと思います。昨今、コロナ禍でリモートワークになってなかなか会社にいけないので、コミュニケーションが不足しがち。そういう意味で話し合いはした方がいい。ただ、最後は多数決をとるなど、どこかで意思決定をしないと、ビジネスの世界では現実的ではありません」

うーん。じゃあ、そんな会社組織には、どんなリーダーが求められるんだろう? 独断で決めて、ぐいぐい部下たちを引っ張っていくボスタイプの方が良いのかな?

リーダーの役割をきちんと決めて、組織として目指すべきビジョンをメンバーが納得するよう説明できる。そんなリーダーがいま求められているのではないか、と日野さんは説く。「国家統治と会社が違うのは、会社の構成員は原則いやなら辞められること。社長がいくら良いといっても、言われた通りに仕事をしないことだってあり得ます。意見を聞いて議論はフラットにするけれど、最後に決めるときは、決めるべき人が決断することが大事だと思います。そして、リーダーも決断を失敗することは往々にしてある。それを社員がある程度、許容できるか。最後はリーダーへの信頼なんだと思います」

■上司を「投票」で選ぶ会社

100%情報を開示し、社員主体の経営をめざす――。そんな「民主的な経営」にこだわる老舗の中小企業が、福岡県須恵町にある。精密金属加工などを手がける株式会社「ベルテクネ」だ。

福岡県須恵町の株式会社「ベルテクネ」の職場=同社提供

ユニークな経営手法の一つが、「経営チェックシート」。約100人の一般社員が年1回、社長や幹部、会社について無記名で査定する。たとえば、社長に対しての評価なら、「社長として能力があるか」「信頼できる社長か」など13項目を5段階で評価し、具体的な意見や質問も書き込む。「最近、ゴルフに行き過ぎだ」といった厳しい指摘も含めて、集計結果はすべて社内に張り出される。

この制度を2008年に導入した当時の社長、鐘川喜久治さん(70、現会長)は、社員から寄せられたコメントに対して、すべて返事を書き、社内で公開してきた。

鐘川さんは言う。「社員のモチベーションが上がる会社を作るには、社長がどう思われているのか知りたかったんです。裸の王様にはなりたくなかったので」

鐘川喜久治・ベルテクネ会長=同社提供

鐘川さんは経営情報の「100%見える化」を掲げ、決算書、役員の給与、社長のスケジュールまですべて開示。毎月の取締役会には平社員やパート従業員も参加できるようにした。毎年の株主総会にあわせて、社長の解任動議の予行演習まで行う徹底ぶり。

す、すごいですね……でも、ちょっとやり過ぎなのでは? 鐘川さんは首を横に振る。「多くの中小企業の経営者は、『社員を雇ってやって、給料を払ってやっている』という『上から目線』です。それを覆したかった」

約100年続く同族企業。先代までの社長は社員に情報開示はしなかった。経営判断のミス、バブル期の事業拡張がたたり、取引先の計画倒産にも引っかかって負債は当時、約2億5000万円に膨らんだという。

経営者だって間違う。社員一人ひとりが経営を考えるべきだ――。07年に社長に就いた鐘川さんは、「独断」から「社員目線」の経営にかじを切った。ところが、すぐに壁に突き当たった。社長になったとたん、部下から入る情報が半減。「専務ならまだしも、社長に面と向かっては言いづらい」と、幹部に打ち明けられた。

打開策として経営チェックシートを提案すると、幹部だけでなく、一般社員からも猛反発を受けた。「前社長は率先垂範だったけど、こんどの社長は丸投げだ」――。

それでも、鐘川さんは社員の意見、質問に答え続けた。「まず自分で考えて意見を持ってきなさい」と、すぐ答えを求める部下を追い返した。決算書を家計簿に置き換えて理解する説明会を開いた。やっと成果が見え始めたのは社長就任から10年ほど経ってからと、鐘川さんは言う。「個人的な中傷が多かった社員からのコメントに、建設的な提案や改善策が目に見えて増えました」

そんな社員の提案を受け、昨年から課長人事に「選挙」を導入した。約70人が働く金属事業部の課長ポスト6人について、30歳以上、勤続5年以上、一定の国家資格を持つ社員なら「立候補」できるようにした。全社員による投票で、新課長が3人誕生したという。

昨年6月に勇退した鐘川さんは、こうした民主的な経営システムは200人規模が限界と認めたうえで、国家にもヒントになる、と考える。「民主主義は国民が成熟していなければ定着しないし、その形は変わってしまう。会社と社員の関係と同じ、私はそう思います」

■「民主的な職場こそ強い企業」

「日本企業の多くは元々、民主的だった」――。労使問題を研究する独立法人「労働政策研究・研修機構」の統括研究員、呉学殊氏(57)は、そう指摘する。

呉学殊氏=2020年8月、東京都内、玉川透撮影

呉氏によれば、戦後GHQの政策で、多くの日本企業に労働組合が組織され、1949年に組織率は55・8%に達した。賃金改定や要員計画だけでなく、経営方針に労働者の意見が強く反映され、経営ベタの社長が降ろされるケースもあったという。

しかし、高度経済成長期が転機となる。右肩上がりの経営が続くと、激しい労使協議はなりを潜めた。バブルが弾けた90年代、グローバル化にもまれ、トップの決断一つで傾く会社が続出した。組合組織率は現在16.7%に落ち込んだ。「経営側が決めたことだからと、社員がそのまま受け入れる体質が日本企業に蔓延(まんえん)している。80年代までの成功体験を引きずっている」と、呉氏は言う。

そして、職場の非民主的なマインドは、民主主義にも影響する。呉氏はそう考える。「これからは、多様性の時代。労働者が主体性と能力を最大限発揮していく企業こそ強くなります。それに向けては、労働者の自由な発言と真の労働者代表者による企業との対等な協議・交渉という職場民主主義の基盤構築が重要であり、それが政治や社会の民主主義の進展にも寄与するものと思います」