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「民主主義を壊すな」が批判の的になる 記者が考えた「安倍政権が残したもの」 

World Now 更新日: 公開日:
辞任表明した会見が終わり、降壇する安倍晋三首相=8月28日、首相官邸、藤原伸雄撮影

安倍首相(当時)が突然の辞任を表明した8月28日の夜。テレビの街頭インタビューを何げなく見ていた私は、若い女性の言葉に衝撃を受けた。

「安倍さんは日本のお父さんっていう感じだったから。ちょっと寂しいです」
おっ、お父さん? 考えたこともなかった。

私が政治部記者になったのは2011年5月。民主党政権で菅(かん)直人首相(当時)の「首相番」をした。政権に復帰した自民党も担当したが、安倍氏と直接、言葉を交わすことはなかったし、党内の反安倍勢力や野党の担当として、安倍氏を遠くから見てきた。

お父さんと聞いて、安倍氏と当選同期の自民党議員が以前、こう話したのを思い出した。

「政治はさ、国民のおなかをいっぱいにすることが大事なんだよ。そうしていれば文句言われないんだからさ」

国民をバカにした響きもあるが、多くの首相を見てきた彼の経験則。それに国民の腹を満たすことは、実は難しい。この7年8カ月、仕事は増え、株価は上がった。保育料の負担は減り、働く女性は増えた。国政選挙で6連勝。安倍氏は、国民の腹を満たすお父さんだと見られていたのかもしれない。

だが、このお父さんは無理をする。都合が悪ければ公文書を出さなかったり、捨てたりする。先人が議論を積み重ねた憲法解釈をたやすく変える。自分に反対する国民の意見に耳を貸そうとしない。

なぜって、それは国民から負託された政策を進めるためだと安倍氏は言うだろう。「国民」というのは自分を支持してくれた人ということだけれど。

「桜を見る会」の来場者と記念撮影をする安倍晋三首相(右)=2019年4月13日、東京都新宿区、小玉重隆撮影

権力者にとって、民主主義は面倒くさいルールばかりだ。丁寧にそれを守っていたら、どこかでつまずき何も果たせなくなってしまうかもしれない。

結局、民主主義って何のためにあるのだろう。

安倍政権のもとで記事を書いてきたが、薄々感じていたことがある。今、「民主主義を壊すな」とか「民主主義を守ろう」というフレーズは、ほとんどウケないのではないか、ということだ。

自民党総裁選で3位となった石破茂元幹事長。

「51対49で51が正しいのなら、国会は単なるセレモニーだ」と訴え、安倍政権の国会軽視を批判したが、その主張は世間に響かないどころか、「後ろから鉄砲を撃った」と逆に批判された。同じタイミングで野党第1党の代表になった枝野幸男氏も、「自民党は憲法を無視し、数の力で推し進める政治をしている」と主張して、「野党は追及しかしない」とたたかれる始末だ。

公文書の管理・公開、少数者への寛容さ、健全な批判勢力。どれも本来、民主主義を支えるのに欠かせないものなのに、「面倒くさいこと言ってないで、先に進めてくれよ」という声にかき消されていく。

就任後初の記者会見をする菅義偉首相=9月16日、首相官邸、代表撮影

この国はどこに行き着くのか。そんなことを考えていたら、新政権が誕生した。国民的人気があるわけでもない菅(すが)義偉官房長官があれよあれよと最有力に躍り出て、議員たちは菅支持に雪崩を打った。

ああそうだった。数が絶対で、勝った者が正しい。勝者がゲームのルールすら変えてしまうという権力闘争の世界。この7年8カ月、国会や選挙という民主主義の基盤でさえも、権力闘争の延長だった。国会を開けと要求されても無視し、いちばん有利なタイミングで解散・総選挙に踏み切る。都合のいいようにゲームのルールを変えてしまう。それでいいというのなら、それでもいい。ただ、私は思う。民主主義が壊れれば、首相が首相でいる理由そのものが揺らぐのではないだろうか。

みわ・さちこ 1980年生まれ。自民党幹事長番、防衛省、国会担当を経て9月から野党担当。お酒は弱いし、お世辞も苦手。4歳の娘に「そうりだいじんってえらいの?」と聞かれたが、何と答えれば納得してくれるのか今も悩み中。