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日本中を食べ歩いた英国人ジャーナリスト、マイケル・ブース 新著のテーマは日中韓

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那覇市内の市場で、家族とともに刺し身を楽しむマイケル・ブース(奥右)。隣に座っているのが妻リスン、手前右から長男アスガーと次男エミル=2015年2月

マイケル・ブースの連載「世界を食べる」はこちらから

■新刊で伝えたかったこと

――9月25日に新刊『三頭の虎はひとつの山に棲めない 日中韓、英国人が旅して考えた』(KADOKAWA)が出版されました。日中韓の微妙な関係について、原因を独自の視点で考察する一冊ですが、専門分野の食にまつわる話ではなく、新境地を見た気がします。

新刊は食とは全く無関係です。これまでに何冊か書籍を出版していますが、一番の成功は2016年に出した『限りなく完璧に近い人々 なぜ北欧の暮らしは世界一幸せなのか?』(同)でした。私の住むデンマークを含むスカンディナビア地域の国々や人々の関係を描いた本で、日本のみならず世界的にもよく読まれました。今回はその続編とも言え、東アジア地域の国々の関係について考えました。

書こうと思ったのは、日本が大好きだからです。長年、日本との個人的関係を築いてきた私にとって、日本人は最も愛らしく親切で、寛大かつ平和的な人たちです。それなのに韓国人や中国人が日本人をどう見ているのかという話をよく聞きます。靖国神社、慰安婦、竹島、尖閣諸島などをめぐる政治対立や抗議デモのニュースが、西欧にまで頻繁に届きます。何が起きているのか? 単なる政治的現象なのか、それとも人々の中からわき出していることなのか。その理由をどうしても知りたくて、取材を始めました。

マイケル・ブースの新書(KADOKAWA提供)

――当事国ではないヨーロッパのジャーナリストの視点から、東アジアの国々の関係性について分析がまとめられていて、とても新鮮で興味深く読みました。歴史をさかのぼるリサーチや取材は大変だったのではありませんか。

取材や執筆に2年を費やしました。これまで出版した書籍の中でも最も困難で、最も大きなプロジェクトになりました。深掘りすればするほど、知らなくてはいけないことが多く出てきます。日中韓の歴史だけでなく、英国の植民地支配、米国の関与など、作業は膨大となり、途中で心が折れそうになりました。

歴史といっても、日本で教えていることと、韓国、中国で教えていることは必ずしも一致しません。台湾は、中韓と異なり、非常に親日的です。「歴史的事実」と言いますが、何を教えるか、何を教わるかで変わるから、やっかいです。

さらに私は日本が大好きなので、日本寄りにならないよう、中立的立場で取材するよう心がけました。日本、韓国、中国、そして台湾と順にめぐり、様々な人たちから話を聞いて、調べられることは調べて、自分なりに出した結論をまとめたつもりです。ぜひ読んでいただきたいと思います。

今年1月に英語版が欧州で出版され、北米版も別途つくりました。過去の私の書籍の全ての訳書を出版してくれているポーランドでも出ました。日本語に加え、韓国語版も出版される予定です。中国の出版社も興味を持ってくれましたが、新型コロナの影響で話が進んでいません。ただ、台湾では中国語で出版される計画です。出版社の反応を見ていると、東アジア3国の関係については、当事国だけでなく、欧米の人たちも関心をもっていることがわかります。

――新刊で伝えたかったことは?

私自身が知りたかったというのが一番の理由なので、偉大なメッセージがあるわけではありません。私がどうこうしろと言うのはおこがましいですが、希望を語るとすれば、日中韓の人たちには歴史や政治に翻弄されず、草の根レベルで交流を積み重ね、ひとりの人として親睦を深めてほしい。それが他人を理解する最もよい手段です。今は新型コロナの影響で中断していますが、各国間の旅行が増えたのは、とてもいいことです。私なりの理解を通じ、貢献できればいいと思います。

■ジャーナリストは「アマチュアのプロ」

――日本で紹介される経歴はだいたい食記者、旅行記者となっていますが、それはごく一部なのですね。

ジャーナリストと呼んでくれませんか(笑)。確かに食や旅を通じて記事を書くことは大好きですが、芸術やデザイン、あるいは政治など、何でも取材対象としてきました。もちろん、日本で食記者として知名度を得られたことは、とても幸せなことです。ただ、食を書くためにジャーナリストになったわけではありません。当初は自動車の記事を10年ほど書いていたんですよ。

常にフリーランスだったので、求められれば書評やテレビ番組、食や旅行など様々な記事を書きました。書くことができて、強い意見をもっていれば、その人の記事は何を書いても読まれると思っています。ジャーナリストは最初は何も知りませんが、取材を通じて全てのことに専門的になれるアマチュアのプロだと言われます。その通りだと思います。

オンラインでインタビューに応じるマイケル・ブース

私の場合、次第に旅行記事を書くことが多くなりました。旅には食が欠かせません。有名なレストランの取材も増える中、自分で作ることができずに、食について書いたり評価したりする資格はないと気づきました。そこで、パリにある料理学校の名門「ル・コルドン・ブルー」で学ぶため、家族をひきつれてパリに一時的に移住。1年間の修行を機に、食というテーマへ一気に動き出したのです。

子どものころは偏食で好き嫌いが多く、野菜は全く口にしませんでした。友達の家へ食事に誘われても、何を食べさせられるのか不安で行かなかったし、他の人がつくったサンドイッチは食べようとしませんでした。食べられるものは多くなかったんです。

ところが10歳のとき、家族で旅行に行ったフランスの田舎町で、全てが変わりました。長いドライブの末にたどり着いた食堂でありついた夕食のアロマを今でも思い出します。ほの暗い部屋にはキャンドルのあかりがあるだけで、カタツムリやサヤマメなど5品コースが出されました。食べた瞬間、私の中で何かが目覚めました。スイッチが押されたとでも言いましょうか。食べ物ってこんなにおいしいんだと理解した出来事でした。

私が住んでいた1970年代の英国は、食文化の荒野で、食べ物はとても粗末でした。だから、分からなかったんですね。もちろん、今でも英国の食文化が日本人にあまり人気がないのはよく知っています(笑)。都市部では食についての理解が深まりましたが、田舎ではまだ英国風パンケーキやフィッシュフィンガーなどが主流ですからね。

――すると、世界一はフランス料理ですか。

いや、日本食とフランス料理です。ともに世界一だと思います。2番手はイタリア料理。タイ料理もいいですね。ベトナムの食文化も素晴らしい。中国料理は議論があります。素晴らしい食文化なのは疑いないですが、中国料理と言っても地域によって別ものです。むしろ、地域ごとの食文化を見るべきです。また、今回出版した本の取材で初めて訪れた台湾の食文化には驚き、好きになりました。

日本の中でも、台湾料理と類似点が多い沖縄料理も大好きです。特に沖縄のそば、実際にはそば粉ではなく小麦粉が主原料でラーメンに近いですが、とにかくおいしい。素晴らしいとしか言いようがありません。

北海道・有珠湾沿岸で収穫されたウニを取材したマイケル・ブース=2007年9月。「極上の味だった」という有珠のウニは、ブースの食記事でも、たびたび登場する

■「何でも一度は食べてみる」 でも苦手なもの

――食記事にはたびたび家族が登場します。食レポに関しては、家族の担う役割がありそうですね。

よく気づいてくれました。旅行をしながら食記事を書いていると、大好きな子供たちと一緒にいる時間が少なくなってしまう。ならば一緒に連れていこうと思ったのが始まりです。子供たちから見える世界は私とは違います。ジャーナリストにとって、異なる意見を得られるのはありがたいことです。また、子どもがいると、周りの人たちから得られる対応も変わります。

今は19歳と16歳に成長した子どもたちがまだ小さかったころ、ブース家には、何でも一度は食べてみるという決まりがありました。そのルールに従い、嫌がる子供たちに日本で塩辛を食べさせたことがあります。私は好物ですが、外国人にとっては極めて不気味。だって、イカの発酵した内臓ですよ。子供たちはいまだに塩辛を食べさせたことを許してくれません。

私が苦手なのは納豆です。20年間、挑戦を続けていますが、あの食感は難題です。でも、そのうち克服したいと思っています。

――食も含めて、本当に日本が大好きなんですね。そこまで日本を愛する要因は何なのか興味があります。

とても簡単に説明できます。日本食については、第一に多様な地域性。47都道府県のどこへ行っても、ご当地の食文化がある。これは驚くべきことです。第二に旬の多様性。日本には四季があると言われますが、初夏や梅雨など、実際にはもっと多くの季節に細分化でき、それぞれに旬の食材があります。三番目は美しさ。美を重要視している。第四はうまみ。その名の通り、うまいとしか言いようがない。そして最後に食感。驚くほど食感の範囲が広く、これは西洋の食文化には見られません。

――そうした要素のいくつかを備える食文化は、別のアジア諸国にもありますね。

あります。でも、日本食ほど美しくありません。さらに、日本にはおもてなしの文化があります。世界を見渡して、他のどの国に日本ほどのサービス文化を持った国がありますか?おもてなし文化は、日本人が最も誇るべきことの一つだと思います。

――日本のおもてなしは行きすぎ、やり過ぎという評価も外国人から聞いたことがあります。

そういう評価があることは知っています。例えば、高級レストランで食事を済ませると、料理人が玄関まで出てきて頭を下げることがある。外国人にとっては少し過剰な経験で、ぎょっとしたり、奇妙だなと思ったりする人がいるのは確かです。表面的な行為でしかないと考える外国人もいます。でも、私はそうは思わない。外国では経験できないからこそ、とても大きな魅力なのです。

日本を愛する理由について言えば、非常に清潔で、信じられないほど安全なことです。子ども連れの家族には完璧な旅行先です。私はいま、新型コロナの影響で、日本に行くことができません。日本にいる夢を見ては、目覚めて現実でないことにぼうぜんとする毎日を送っています。それほど日本が好きです。

京都や金沢と並び日本三大菓子・茶処として知られる松江で、息子2人とともに茶会を体験するマイケル・ブース=2015年2月

一方で、日本の悪いところも知っています。新刊の取材中にも目撃しましたが、人種差別的な言動を激しくする人たちがいます。戦時中のアジアにおける日本の行為は、英国が植民地時代に各国に対してした行為と同様、ひどいものでした。そうした点もちゃんと知ったうえで、日本を好きでいたいと思います。

――初めて来日した友人を夕食に連れて行くとしたら、和食を愛する専門家としての選択は、どのお店になるのでしょうか。

うーん……。一カ所しか選べないのなら、懐石料理でしょう。多種多様な食を少しずつ食べられるので、多くの経験を一度にすることができる。実は西洋料理でも、多くの食を少しずつ出すお店があります。例えば20品を少しずつ同じ量で出すのですが、味でいうと、当たりもあれば、外れもある。それなら、おいしいものだけを多く食べたいと思いますよね。

ところが不思議なことに、これが和食の懐石になると、楽しめるんです。違いは、やはり美、そして、繊細さ。懐石料理は、自然や歴史、文化と素敵な味の組み合わせでもあります。それでも懐石料理を食べた後は、ラーメンを食べに行くでしょうね。ラーメンも偉大です。

東京・銀座の名店「すきやばし次郎」で、創業者のすし職人、小野二郎とともに写真に納まるマイケル・ブース=2015年11月

■食は全てを物語る

奈良公園でシカとたわむれるマイケル・ブース=2017年7月

――話を聞いていると、やはり食の専門家だと改めて実感します。朝日新聞GLOBEでの連載「世界を食べる」で以前、全てを食のスコープを通して見ると書いていました。

全ての食は単なる食ではなく、それが食となるまでの経緯、歴史、文化などが凝縮されています。例えば、私の大好物のラーメンは、どうやって生まれたのか?一説では、19世紀に多くの外国人が移り住んだ横浜などの港町で、中国の麺文化が流入したのがきっかけだと言われています。のちに米国人が大量に持ち込んだ小麦粉の余剰分を押しつけられた日本人がラーメンに使ったという話もある。歴史や経済、農業や気候など、様々な要素がラーメンから見えてきます。

世界には多くの国があり、それぞれの食文化ごとにストーリーがあります。食は全てを物語ります。食を通じて、全てを見るというのは、そういうことです。だから、GLOBEの食連載でも書くことに事欠かない。書きたいことには終わりがありません。

――その食文化を支えている食産業は新型コロナで大打撃を受けています。食に関する産業は、コロナ前とは大きく変わる可能性があると言われています。

私も危惧しています。欧州では多くの人が解雇され、職を失いました。一方で、出前や宅配をしているファストフード店などの一部では、配達要員を新規雇用するところもあります。レストランは元気がありません。特にミシュラン一つ星店が経営困難に陥り、閉店に追い込まれています。

ただ、明るい見通しがないわけではありません。「ホテル王」と呼ばれ、コペンハーゲンに巨大なホテルを開業したばかりの大金持ちにインタビューをしたのですが、コロナ禍で大打撃を受けた観光業界も3年後までには持ち直す可能性が高いと予測していました。何十年にもわたり成長を続けてきた観光業ですから、コロナで一時休止したとしても、その傾向は大きくは変わらないと考えているようです。人は全く移動しないわけにはいかないし、もとより、食べなければいけない。そこに期待したいですね。

新型コロナウイルスによる外出規制が解除された直後に営業を再開したコペンハーゲンのミシュラン二つ星店「ノーマ」で、初めて振る舞われたハンバーガーを食べるマイケル・ブース=2020年5月。高級料理店で出された驚きのバーガーについてブースは、連載「世界を食べる」でも紹介している

――食の専門家として、ブース家はコロナ禍でも、レストランでの食事を重視しているのですか。

普段は外食はほとんどしません。これはコロナ前からですが、毎日、私が家族のために料理しています。昨日はすしを振る舞いました。今日はタイカレーです。私が食べたいと思うレストランが近くにないこともありますが、コペンハーゲンではどんな食材でも手に入るので、全てゼロから料理するのが私の日課になっています。

仕事においては、コロナの影響は確かにあります。海外に行けないのは苦しいですが、その分、子供たちとの時間が増えて有意義です。実は今、日本を舞台としたラブコメディーの小説を書いています。今年はそれに没頭しています。こういう時期に言うのも不謹慎ですが、私にとっては悪くない1年です。

――連載「世界を食べる」には、読者から毎回、コメントが寄せられています。日本にいる多くのファンに向けて、メッセージをお願いします。

読んでいただいて感謝申しあげます。多くのファンがいると聞いて驚いていますが、とてもうれしい。メッセージは……(少し考えたうえで)そうだ!ぜひ、ずっと日本人でい続けてください。何があっても私の大好きな日本人でいてほしい。それが私からのメッセージです。

香港の高層ビル群を望むビクトリア・ピークで、息子2人とともに記念撮影=2019年4月