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「災害救助に使えるのでは」 空飛ぶヘビを見た科学者のひらめき、目の付けどころは

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
An undated photo provided by Jake Socha shows a paradise tree snake, one of five kinds of flying snakes, the only known limbless vertebrates capable of gliding through the air, in Malaysia in 2015. Socha, a professor at Virginia Tech, and his colleagues published a study on Monday, June 29, 2020, that proved their hypothesis that the snakes wiggle and undulate in order to remain stable in flight. (Jake Socha via The New York Times) — NO SALES; FOR EDITORIAL USE ONLY WITH NYT STORY AIRBORNE SNAKES BY DAVID WALDSTEIN FOR JUNE 30, 2020. ALL OTHER USE PROHIBITED. —
トビヘビの一種のパラダイストビヘビ=2015年、マレーシア、Jake Socha via The New York Times/©2020 The New York Times。なぜ、飛んでいるときに体をくねらせるのかを探る米バージニア工科大学の研究では、同種のヘビが使われた

「この長くて、くねくね動くリボンのようなもの」。そんな描写でジェイク・ソチャは、自分の専門知識の源になっている相手を細部にわたって科学的に説明する。

それは、いともやすやすと空中を飛ぶ蛇。そう、東南アジアを主な生息地とするトビヘビ類の研究者なのだ。

この描写は、もちろん適切だ。それでも、惑わされないようにしてほしい。トビヘビが、木から木へ何十フィート(1フィート=30.48センチ)も飛ぶのに、わけもなくただ体をくねらせているのとは違うからだ。

ソチャは、米バージニア工科大学の教授(専門は生物医学と工学、機械工学にまたがる分野)。トビヘビの飛行についての論文を2020年6月末、大学の同僚たちとともに物理の国際学術誌ネイチャーフィジクスに発表した。

トビヘビが、空中で波打つように体をくねらせるのはなぜか。それは、体のさまざまな部位を巧みに連動させながら極めて効率的に機能させ、滑空中の動的安定性を高めるためだ――こんなこれまでの仮説を、今回の論文は裏付ける内容となっている。

「すべての謎を解明したとまではいえない」とソチャ。「でも、主なところは解けた」

トビヘビの名にある「飛ぶ」という言葉が、いささか誤解のもとになっている。基本的には「落ちる」、もしくは「滑空する」といった方がよい。鳥や昆虫のように、高さを上げて飛べるわけではないからだ。

時間的にも、わずか数秒間のことだ。速度は、時速約25マイル(40キロ)。それでも、着地でけがをすることはない。

素人が見ると、誤って木から落ち、まっさかさまに地面に落ちるのをなんとかしようと必死に体をくねらせているように思える。そうではない。

飛ぶときは、大きな枝の先に移り、枝を押す形でジャンプする。空中では、すぐに肋骨(ろっこつ)と筋肉を使って腹側の体幅を広げる。体の横断面は、それまでの円形から三角形になる。こうして体の構造を変え、パラシュートや翼が空気の流れを変えるのと同じような機能を持たせる。そして、体全体をくねらせながら、目標に向かって滑空する。

実際に飛ぶのを、ソチャは大学の研究陣の一人としてシンガポールで目撃している。風のない日だった。ヘビは、高さ30フィート(9メートル強)のところから、60フィート(18メートル強)以上も飛んだ。

「本領を発揮した運動選手みたい」とソチャは思った。「『じゃあね。パッと消えて、もう二度と姿を見せないから』とでもいわんばかりだった」

それにしても、あのくねりは何か。飛ぶ機能に関係しているのか。地上や水中での動きを、空中でもしているだけなのか。その後、ソチャは考え続けた。

研究陣は、トビヘビを6匹ほど母校に持ち帰った。キャンパスにある4階建て相当の実験棟でやってみたいことがあった。

そこには、高速の動きをデジタル化して記録するカメラシステムが備わっている。研究陣は、ジャンプ用の枝を付けた高いやぐらと、着地用の木となる低いやぐらを組み立てた。その上で、トビヘビに赤外線反射テープを貼って飛ばせた。

2015年のこの実験で実際に使ったのは、5種のトビヘビの一つ、パラダイストビヘビ(学名=Chrysopelea paradisi)。1週間で150回以上の飛行を、記録しながら観察した。ヘビは、床に立っていた博士号取得候補者アイザック・イートンの腕の中に飛び込みもした。

「ヘビがそんなことまでするなんて、予想もしなかった」とイートン。「ぞっとするようなことかもしれないが、他にもいろんな複雑な問題が起きていたので、こだわっている暇もなかった」

研究陣は、取得したデータをもとに、飛行中のヘビの動きをあらゆる角度からとらえた3次元のコンピューターモデルを作成した。

分析すると、ヘビは垂直、水平のいずれの方向にも体をくねらせていた。比率は一定していて、垂直2に対して水平は1だった。

さらに、飛行中はヘビの尻尾が背腹軸に沿って上下に垂直に動き、全体的な上下(もしくはピッチ軸)の動きの安定性(訳注=飛行機なら縦揺れの防止)に寄与していることも分かった。

「他の動物は、前に進むために体をくねらせる。でも、トビヘビは、空中の安定性を確保するためにそうすることを私たちは示した」とイートンは解説する。

では、ヘビのくねりの一部、もしくはすべてをなくすとどうなるか。比較のために、コンピューターモデルを使って調べてみた。すると、すぐに危険な状態で落下した。回転を与えずにフリスビーを飛ばしたようなものだった。

今回の研究から得られた情報は、ロボット工学に応用できるのではないかと研究陣は見ている。とくに災害時の捜索・救助活動の分野だ。ソチャ流でいう「くねくね動くリボンのようなもの」は、地震で生じた崩壊現場のような狭い場所に入るのに適しているからだ。しかも、現場から現場へと飛び回ることもできる。

「自分が生きている間に、トビヘビ型の災害救助ロボットがなんとかできないか」

ソチャは、そう願っている。(抄訳)

(David Waldstein)©2020 The New York Times

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