安倍首相の辞意は、最大の同盟国である米国にも直前まで伏せられた。日米関係筋によれば、日本の政府与党関係者らは米国に対し、「先週までは健康に不安があったが、今週になって持ち直した」と説明していた。27日にはレイモンド米宇宙軍作戦部長が安倍晋三首相を表敬したが、特に変わった様子もなく、米側も安心していたという。
米国は安倍政権を高く評価していた。安倍氏がオバマ、トランプ両大統領との信頼関係を築き、日米同盟が強化されたからだ。安倍政権は安保法制を整備し、集団的自衛権の行使にも道を開いた。
2014年から4年半、自衛隊統合幕僚長を務めた河野克俊氏は「自衛隊を憲法に明記することを目指した憲法改正が実現しなかったのは残念だが、日本の防衛政策を前進させた功績は大きい」と評価する。
かつて米国に赴任して防衛駐在官を務めた伊藤俊幸・金沢工業大学虎ノ門大学院教授(元海将)も「集団的自衛権の行使によって、一緒にいる米軍艦艇を守ることが可能になった。特定秘密保護法により、米軍情報の提供も増えた。2017年に北朝鮮ミサイル危機が起きたとき、日米同盟が揺るがなかったのは、こうした努力があったからだ」と語る。伊藤氏は、第2次安倍政権が国家安全保障局を創設し、国家安全保障戦略の策定を始めたことで、一貫した安全保障政策が可能になったとも語った。
一方、安倍首相はトランプ米大統領やロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席らとのトップ外交を推進し、「外交の安倍」を政権の看板に据えた。
西田恒夫元国連大使は「トップ同士の信頼関係によって二国間関係を維持するのは、伝統的な外交手法。安倍首相はトップ同士だけの会談も頻繁に行った。それだけ、外交に自信があったのだろう」と語る。
同時に、「ただ、相手が悪かった。ロシアのウクライナ外交、中国の尖閣諸島や南シナ海での行動、自国ファーストを唱える米国などが相手では、トップ外交には限界があった」と語る。西田氏は「地球儀を俯瞰する外交を唱えていたが、北方領土問題など、個別の外交ばかりが目立ち、戦略的な動きができなかった。看板だけで実態がよく見えなかったと言わざるを得ない」と語る。
同様に、国際機関での勤務経験が長い田中信明・元駐トルコ大使は「日米外交は評価できるが、外交全体では疑問符がつく。北方領土や日本人拉致問題など、ほとんど解決ができない問題に突っ込んでしまった。派手に花火だけを打ち上げてそのまま退場する、花火外交という側面があった」と指摘する。
朝鮮半島に精通する元外交官も「外交を内政に利用するのはよくあることだが、世論の声に流されて北朝鮮政策が対話と制裁の間でぶれたため、北朝鮮の不信を買った」と語る。
日韓関係も悪化の一途をたどった。元外交官は「もちろん、文在寅政権の対日外交は、日本として容認できるものではない。制裁も一つの方法だ。ただ、制裁しても相手は屈服しない。文在寅大統領も韓国世論も、より反発するだけだ。制裁した次に何をするのかという戦略が足りなかった」とも語る。
■次の政権の外交課題
では、次の政権にとって日本外交の課題は何だろうか。
元外交官は「安倍政権は国内世論を右に引きずりすぎたため、外交も硬直化した。外交の空間を広げるためにも、多様な国内世論を引き出す政治家の行動が求められる」と語る。
田中元大使は「外交は、国内の経済と防衛が強固であって初めて機能する」と指摘。課題が山積するなかで「それでも、近隣諸国とうまくやるのは、外交の宿命だ。歴史や戦争にまつわる話は時間が経たないと解決しないので、意図的に課題の比重を下げる必要もある」と語る。「さらに、米国だけではなく、欧州やアジアの民主主義国家との協力関係も広げて欲しい」と注文した。
西田元大使は「外交は継続性が大事だが、トップ外交はもう少し慎重に考えるべきだろう。情報の開示も必要だ。外交には秘密がつきものだが、説明しないと国民は支持しようがない」と語った。
安全保障政策を高く評価した伊藤教授は「次の内閣は、自衛隊の要員の問題などに取り組んで欲しい」と語る。伊藤教授によれば、海上自衛隊の艦艇は定員の8割ほどで運用している場合も珍しくないという。「尖閣諸島では今後、平時に突然、自衛権を行使せざるをえない事態が起きるかもしれない。予算の充実も今後の課題だろう」と話した。
また、新型コロナウイルスへの感染拡大問題も依然、大きな課題になっている。自民党新型コロナウイルス関連肺炎対策本部顧問の武見敬三参院議員は「当面の最重要課題は感染症の危機管理体制の再構築と強化だ。外交面でもこの問題に最優先で取り組んで欲しい」と語った。