しかし文書の紛失、情報の秘匿、複雑に結び付いた正体のはっきりしない小さな企業などが出てくるばかりで、所有者の身元を割り出すことはできなかった。
硝酸アンモニウムをベイルートまで運んだモルドバ船籍の貨物船「ロサス」の関係者はいずれも、所有者を知らないか、質問への回答を避けた。ロサスの船長、硝酸アンモニウムを製造したジョージアの肥料メーカー、製品を発注したアフリカ企業は全て所有者が分からないと回答。発注元のアフリカ企業は製品の代金を支払っていなかった。
船積み記録によると、ロサスは2013年9月にジョージアで硝酸アンモニウムを積み込み、モザンビークの爆発物メーカーに届けることになっていた。しかし船長と船員2人によると、地中海を離れる前に、同船の事実上のオーナーとみられていたロシア人実業家イゴール・グレシュキン氏から、当初予定になかったベイルートに寄港し、別途貨物を積むよう指示された。
ロサスは同年11月にベイルートに到着したが、未払いの港湾使用料を巡る法的紛争に巻き込まれ、船舶自体にも不具合が見つかり、ベイルートに足止めされた。当局の記録によると、債権者はロサスの登記上の所有者であるパナマの企業に対し、船舶の所有権を放棄するよう迫り、その後硝酸アンモニウムはロサスから降ろされ、埠頭近くの倉庫に保管された。
債権者の代理人を務めたベイルートの法律事務所は、硝酸アンモニウムの当初の法的所有者の身元についての問い合わせに応じなかった。ロイターはグレシュキン氏と連絡を取ることができなかった。
レバノンの通関当局によると、積み荷を全て降ろしたロサスは2018年に停泊地のレバノンで沈没した。
硝酸アンモニウムの代金を誰が支払ったのか、所有者はロサスが沈没したときに積み荷の回収を求めたのか、もし求めなかったのならその理由は何か、こうした問題は依然として謎に包まれている。
ロサスが積んでいた硝酸アンモニウムは2750トン。業界関係者によると、2013年当時の価格で約70万ドル(編集注:現在のレートで約7500万円)相当だという。
■無保険
ロイターの取材で不審な点がいくつも浮かび上がった。
海運業界の慣行や一部の国の法律では、商用船舶は環境被害、死者や負傷者の発生、流出事故や衝突などに備えて保険に入る必要がある。しかし事情に詳しい関係者2人によると、ロサスは保険に入っていなかった。
ロサスのロシア人船長はロイターの電話取材に、保険証書を見たが、本物とは保証できないと述べた。ロイターはロサスの保険証書の写しを入手できなかった。
硝酸アンモニウムを発注したモザンビークの爆発物メーカーの広報担当者によると、同社は当時、代金着払いに同意しただけで、硝酸アンモニウムの所有者ではなかった。
硝酸アンモニウムを製造したジョージアの肥料メーカーは既に解散している。当時オーナーだった実業家はロイターの取材に、2016年に硝酸アンモニウム製造工場の経営権を失ったと述べた。英国の裁判所の記録によると、同社は16年に債権者によって競売に掛けられた。
現在この肥料工場を経営している別の会社の幹部は、問題となった硝酸アンモニウムの所有者を明らかにできないとしている。
モザンビークの爆発物メーカーの注文を取り扱った商社はロンドンとウクライナで登記されているが、同社のウェブサイトは閲覧不能となっている。同社が登記しているロンドンの住所を訪ねたが、当該の住宅には鍵が掛かっており、ドアをノックしても返事はなかった。
ロイターは同社の経営幹部に接触したが、この幹部は質問に答えるのを拒否した。
この商社の内情に詳しい関係者によると、同社は旧ソ連諸国産の肥料をアフリカの顧客に販売していた。
■船舶にも不具合
爆発で多くの死傷者が出て、反政府デモが起きたことから、レバノン政府は既にロサスとグレシュキン氏に捜査の矛先を向けている。治安当局者によると、6日にはグレシュキン氏が自宅で硝酸アンモニウムについて尋問を受けた。
ロサスの船長によると、同船は2013年11月にベイルートに到着した際に、既に燃料漏れを起こしており、全体的に船体の状態が悪かった。
船舶の記録によると、ロサスはドアの不具合、デッキ部分の腐食、補助エンジンの不調などが見つかり、ベイルートに寄港する4カ月前の13年7月にスペインのセビリアで、港湾当局により13日間の航行停止処分を受けていた。