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中国と地続き、小さな内陸国の挑戦 コロナ対策にWHOと二人三脚

Behind the News ニュースの深層
のどと上咽頭からの細胞採取を訓練するラオスの医療関係者=2020年4月28日、ビエンチャン(WHOラオス事務所提供)

「悪意ある敵に対して最初の勝利を収めることができた。第2波も防ぐため、すべての力を結集しよう」

ラオスのトンルン首相は6月10日、新型コロナウイルスの第1波に対する「勝利」を宣言した。ラオス政府が確認した感染者19人すべてが完治し、退院したことを祝う会見だった。

その後、感染者は臨時便で入国した外国人が1人確認されただけ(7月27日時点)。死者はゼロのままだ。検査能力が限られ、死者を把握する力も弱いだけに、この数字を疑問視する指摘は根強くある。ただ、世界保健機関(WHO)や各国大使館、現地の知人らの話を聞いてみると、大きな騒動はなく感染を抑えられていることは確かなようだ。

なぜだろう。そもそもラオスはどんな国なのか。

人口は約700万人。日本の本州とほぼ同じ広さに、東京都江戸川区と千葉県をあわせたぐらいの人々が住んでいる。国土の約8割は森や高原で、働き手の7割は農業に携わる。人口密度が低く、都市化が進んでいない。いわゆる「3密(密閉・密集・密接)」と縁遠い。中国からの働き手は多いが、ラオスに多くの鉄道労働者を送り込んでいるのは雲南省で、4800万人の人口を抱えながら死者は数人にとどまっている。
それだけなら運が良かったという話だが、取材を進めるうち、隣国中国で発生した未知の病に対する強い危機意識からくる油断のなさこそ、「勝利」を支えたのではないか、と思うようになった。

中国とラオスを結ぶ鉄道の建設現場。開業を来年に控えて多くの中国人労働者がラオスで働いている=2020年1月3日、ラオス・ルアンプラバン、吉岡桂子撮影

ラオスの1人当たりの国内総生産(GDP)は2500ドルと、東南アジア諸国連合(ASEAN)でも下位にある。医療体制の不備を政府は強く自覚している。日本からの無償援助15億円など各国からの援助を活用し、WHOと二人三脚とも言える緊密な連携をとった。1月には中国との国境の管理を強め、中国の感染者の6割、死者の8割が集中する武漢へ留学していた若者たちには帰国を許さなかった。私が1月末に首都ビエンチャンを訪ねた時、空港では白衣の担当者による検温が始まっていた。機械がきちんと動くかどうか心配しながら対応していた、その緊張した様子は、当初「新型コロナは中国発のアジアの病気」といわんばかりだった先進国とは対照的な光景として、忘れられない。

ビエンチャンの空港で検温など健康状態をチェックするラオスの医療関係者=2020年1月30日、吉岡桂子撮影

WHOラオス事務所で、健康危機対策班チームリーダーとして、かかりつけ医のようにラオス政府を支えた日本人医師がいる。露岡令子だ。2001年にWHOに入り、20年にわたってカンボジアやラオスで感染対策に携わってきた。中東呼吸器症候群(MERS)の対策準備にもかかわった。露岡は言う。「ラオスは早い段階から近隣諸国や世界の状況に大きな注意を払っていました」

ラオス政府は1月7日、新型コロナにかかわる緊急オペレーションセンター(EOC)の最初の会合を開いた。EOCは公衆衛生に関する緊急事態の要となる組織で、WHOの指導で14年に政府内に設立された。デング熱の大流行や、ダム決壊による避難者への対応などを通じて経験を積んできたが、この日はこれまでにない緊張に包まれていた。露岡は保健省の小さな会議室に集まった20人弱の政府関係者に対し、把握している武漢の状況を伝えた。その後も閣僚らを交えて頻繁に開かれる会合に参加し、手洗い運動をはじめとする予防対策や検査のトレーニングなどに取り組んだ。感染者が出たときの対応のシミュレーションをともに練り上げた。

そして、3月24日。最初の感染者が確認された。翌日にはトンルン首相が会見して注意を促し、その5日後には感染者8人の時点で外出禁止令を伴うロックダウンを始めた。政策や情報を市民にいかに伝えるかは大きな課題だった。週末を含む連日、保健省副大臣らが会見し、ホームページを更新した。ラオスの知人も「前代未聞」の広報態勢に驚いていた。フェイスブックによる情報収集や伝達と同時に、古くからあるスピーカーシステムを駆使して村長らに毎朝、情報を発信させた。

市民に耳を傾けてもらおうと、ラオスで尊敬される僧侶と情報共有をはかる会議も開いた。SNSや口コミで感染者や死者のうわさが出ると、WHOのスタッフが政府の担当者と一緒に現地を訪ねて調査した。露岡は「緊急事態の発生時には、誤りも交じった大量の情報が飛び交う。政府には、症例を含めて正しく情報を公開し、明確でシンプルなメッセージを提供する必要があることを強調しました」と話す。

感染対策のための防護服の安全な着脱方法を学ぶラオスの医療関係者=ラオス・サイソンブン県、2020年4月16日(WHO提供)

ラオスは一党支配の政治体制による上からの強権に加えて、村落共同体としての相互監視もあって、都市化が進んだ民主主義国家に比べれば、政府の指示は浸透しやすい。外出禁止など私権の制限に対しても、先進国ほどの反発はない。とはいえ、生命にかかわることだけに政府が発信する情報を見る目は厳しい。

ジェトロ・アジア経済研究所研究員でラオス専門家の山田紀彦は指摘する。「ラオスでもSNSが普及し、情報を隠しにくくなっている。これまでになくオープンな姿勢で問題解決を図ろうとしたトンルン首相のリスクコミュニケーションは、成功していると言える」

途上国は感染症がより身近にある。ラオスは1月以降、デング熱の感染者が4000人を超え、死者も約10人を数える。新型コロナの第2波への警戒も欠かせない。「正しく恐れる」。感染症対策の要として、しばしば使われる表現だ。それには、地域に根ざした細かい政策の積み重ねと実行力が必要だ。WHOは米中が火花を散らす国際政治の舞台でもある。だが、各国に協力を呼びかけながら途上国に医療や衛生面の助言ができる国際機関は目下、他にない。政治的な対立がこうした現場の役割にまで影響を及ぼさぬようにと願う。