米国人は、自分の時間の90%を屋内で過ごしている(米環境保護庁調べ)。残りの10%が、いかに大切か。今回のコロナ禍の巣ごもり体験が教えてくれた。
自然の中で過ごすことには、さまざまな効能がある。「コルチゾール(訳注=ストレスなどで分泌される副腎皮質ホルモンの一種)の値は下がり、気持ちが安らぐ。不安は和らぎ、気分がよくなる」と米マイアミの室内装飾家ベア・ピラゴンザレスは指摘する。「体が、それを強く求めている。野外でもたらされるものに、私たちは飢えているともいえる」
その飢えを、どう満たすか。最近、出版された「Biophilia: You + Nature + Home(バイオフィリア〈生命愛〉:あなた+自然+住まい)」(Kyle Books、21.99ドル)は、まさにこの問題をテーマとしている。著者のサリー・クルサードは室内装飾家で、英ノース・ヨークシャーを拠点に著述活動に携わっている。
本では、「バイオフィリア」(訳注=「bio:生命・生き物〈自然〉」と「philia:愛好」を組み合わせた造語)について詳しく述べている。「人類は生命への愛を先天的に持ち、自然界と心の底からつながっている」とする考え。米生物学者エドワード・O・ウィルソンらが仮説として唱え始め、さまざまな生活様式をもたらす原動力となった。都会でのミツバチの飼育や多様な庭造りの促進。住まいや職場にも、驚くような発想で採り入れられている。
英国の企業でも、多くの試みがなされている。例えば照明。室内装飾に植物を活用し、空があるかのように見せる。「素晴らしい構想が生み出されている」とクルサードはいう。照明以外でも、室内に「コケの壁」を作ったり、大きな木を持ち込んだりしているところもある。
クルサードの本には、植物を家庭用の空気清浄に利用している例も紹介されている。
屋内と屋外を統合しようというバイオフィリアの衝動は、環境の持続性という聞き慣れた言葉の領域を飛び越えようとしている。天然繊維や廃材の活用、発がん性や毒性のある物質との闘いといった活動だ。その信奉者は、個人的な健康や環境の保全には飽き足らず、精神的にも満たされることを追い求めている。
「顧客の多くは、じっくりと物思いにふけることができる雰囲気と静けさを求めてやってくる」とニューヨークにあるBrooks-Church Living Walls社のオーナー、ジェンナロ・ブルックスチャーチは語る。植物で覆われたパネルのデザインを考案し、壁などに取り付ける事業を営んでいる。
米国では、住まいや事務所に据え付けるところが増えている。2019年の仕事の手数料収入は、前年比67%の増。屋外の一部を屋内に取り込む費用は、決して安くはないにもかかわらず、これだけ伸びた。10×10フィート(3×3メートル強)のパネル1枚には、カズラやラン、セントポーリア、オナモミなどが植え込まれ、2万ドルもする。
それぞれの植物は、どれもが狙いを持って配置されている。一見ゴタゴタしているようでも、全体としてはきちんとした模様を描いている。「一つ一つの植物や全体としてのパネルがあわせ持つ色と模様を私たちは重視し、深い共鳴を得られるようにしている」とブルックスチャーチは胸を張る。
バイオフィリアという発想は、室内装飾に使われる植物の多様化ももたらしている。それまでは、庭で見られるようなシダ類や多肉植物が多かった。しかし、英チェシャーのInnerspace社は、コケや木の葉、樹皮、黒く焦がした木材を組み合わせた壁を考え出している。19年には、この壁250枚を住宅や事務所、病院に出荷。売れ行きは、前年比で倍増したと社長のイアン・ラムは話す。
ロンドンのある託児所では、樹皮とコケをあしらって作った木が、屋内にある出入り口を囲むように取り付けられた。ここを通る子供たちは木の幹をくぐることになり、みんなとても気に入ってくれた。
屋外から屋内に、どう移行すればよいのか。そこにとくに留意したプロジェクトが、いくつも見られるようになった。
香港の高層マンション「The Canopy(林冠〈訳注=森林の上層部〉)」は、地元の室内装飾スタジオBoutique Designが考案した。54戸の高級二世帯住宅が入っており、各階のベランダには、各戸専用の庭(広さ525平方フィート〈約49平方メートル〉)が付いている。樹木を模した円筒状の建物は、周辺の香港の美しい自然に見事にとけ込んでいる。
さらにユニークなのは、東京・新宿にある二世帯住宅「階段の家」だ。植物をちりばめたようにたくさん配置した階段が(訳注=建物の外から中に続き、三階建ての)住宅を貫く構造になっている。
「日本には四季があり、それぞれの季節に開かれた空間で暮らせることは、今ではぜいたくといわれるようになった」。この住宅を設計したnendo社のミホ・オクヤマは、こう説明する。
ニューヨーク州バファロー近郊のアマーストにあるユダヤ教の会堂テンプル・ベスツェデク。隣接していた保守的な会堂と2019年に合併し、新しい信徒が加わるようになった。このため、林の中にある会堂は、1万平方フィート(約930平方メートル)も拡張された。
ここでは屋外から屋内への移行は、自然を物質的に取り込むというよりは、視覚を通じて心に訴える形になっている。
聖域内の祭壇の後ろには、縦長の大きな窓がいくつも並び、全体として特大のガラス窓(幅60フィート〈18メートル強〉、高さ35フィート〈10メートル強〉)のように外の景色を映し出す。信徒は、まるで林の中で祈っているような気持ちになる。
さらに外を眺めると、礼拝者には「真ん中の左にある一本の木が、ちょうど空に達しているように見える」と会堂のプロジェクト委員長ハーベイ・サンダースは語る。「つまり、天国を見上げている感じになる」
堂内には、日光が降り注ぐ。薄い木板を貼り合わせた巨大なアーチを含めて、木材が多く使われ、温かみが伝わってくる。それは、(訳注=16~18世紀に、主に中東欧にまたがって存在した)ポーランド・リトアニア共和国の伝統的なユダヤ教会堂の様式をしのばせている。
「木は、過去を思い起こさせると同時に、もっと持続可能な未来へと目を向かせてくれる」。この会堂を建てるにあたって中心的な役割を果たした建築事務所Finegold Alexander Architects(訳注=本拠ボストン)の社長モー・ファインゴールドは、こう指摘する。
「空間の中に空間を作ってみた。小さな世界だけれど、そこからは宇宙が見えるんだ」(抄訳)
(Alix Strauss)©2020 The New York Times
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