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溶けた氷河が大津波を引き起こす恐れ 専門家の警告

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
Alaska's Whittier Harbor is quiet as people hunker down during the COVID-19 pandemic on March 30, 2020. (Bill Roth/Anchorage Daily News/TNS)
プリンス・ウィリアム湾の西端の町ウィッティアの港=2020年3月30日、Bill Roth/Anchorage Daily News/TNS/ロイター。地域の交通の要だが、48キロ離れたバリー・アーム入り江で氷河津波が起これば、ここにも高さ9メートル強の津波が押し寄せると推測されている

温暖化で溶けた氷河が、地滑りを誘発して斜面ごと海に崩れ落ち、破滅的な津波を引き起こす――そんな危険が差し迫ったところが、アラスカのフィヨルドの中にはある、と専門家たちが2020年5月に警告した。早ければ、1年以内にそうなるかもしれないという。

現場は、米アラスカ州の最大都市アンカレジから60マイル(96キロ)ほど東に広がるプリンス・ウィリアム湾のバリー・アーム入り江(フィヨルド)に面している。

気温の上昇により、ここの非常に長い急斜面を支えていると思われるバリー氷河が溶けて後退した。氷河が覆って、斜面を支えている部分は、今では全体のわずか3分の1ほどしかない。

それが滑り落ちる引き金は、いくつか考えられる。地震かもしれない。豪雨や高温の日が続き、氷河の表面の雪が大量に溶けて、地滑りになるのかもしれない。

斜面の状況は、氷河の後退とともに、もう数十年にわたって変わり続けている。しかし、ここまで来ると、巨大な地滑りが、いつ起きてもおかしくないと専門家は推測する。

「1年以内ということもありうる。20年以内に起こる確率は高い」。マサチューセッツ州を本拠に気候変動に関連した調査と対策に取り組むウッズホール研究所のアラスカ駐在員アンナ・リリエダール(水文学者)は、こう見ている。今回の警告を出した専門家の一人だ。

事態の説明を受けたアラスカ州天然資源省は、専門家の警告にあわせて、「漁業関係者や観光客に多大な被害をもたらす状況が生じている」との声明を出した。

コンピューターによるシミュレーションでは、斜面全体が崩れ落ちると、大まかに見積もって6億5千万立方ヤード(約5億立方メートル)の岩石や土砂が流出する。その量は、アリゾナ、ネバダ両州の州境にある巨大なフーバーダムのダム本体の数百倍に相当し、発生時点で数百フィート(100フィート=30メートル強)の高さの津波が起きる。

津波は、20分ほどで30マイル(48キロ)離れたウィッティアに達する。別の狭い入り江の奥にあるプリンス・ウィリアム湾西端の拠点の町で、高さ30フィート(9メートル強)の津波に見舞われる恐れがある。

Sea otters float on their backs in the waters of Prince William Sound near the town of Valdez, Alaska August 9, 2008. REUTERS/Lucas Jackson  (UNITED STATES)
プリンス・ウィリアム湾に浮かぶラッコの群れ=ロイター。湾内には多様な海洋哺乳類が生息している

「潜在的なリスクとして、本当にやっかい至極だ」と今回の警告を出した別の専門家ヒグ・ヒグマンは首を振る。アラスカ州セルドビアを拠点に、現地調査をして確かな地上のデータを収集する団体「Ground Truth(地上の真実)」を設立し、地滑りや斜面崩壊などの地質災害を研究している。

今回の災害予測の妥当性については、まだ他の専門家を交えた相互評価には至っていないものの、「ともかく周知すべきだとの認識を先行させた」と先のリリエダールは語る。それに、地滑りや津波の発生に備えて、すぐに探知できる監視体制を築く必要があり、そのための資金調達に役立つとの期待もあった。

現場のバリー・アーム入り江とその周辺の水域は、遊覧船や釣り船の人気スポットで、陸上では狩猟をする人も多い。天候がよければ、数百人がこの地域にいる可能性がある。

ウィッティアは、年間を通しての住民は数百人に過ぎないが、何千人もの遊覧船の乗客が乗り降りする交通の要だ。アンカレジに向かい、さらに北上するルートとつながっている。

Matt Protzman of Girdwood, Alaska, poses for a photo with a part of the day's catch of Prince William Sound shrimp amid the coronavirus disease (COVID-19) outbreak, after docking in Whittier, Alaska, U.S., April 26, 2020. Picture taken April 26, 2020. REUTERS/Yereth Rosen
その日の漁を終えてウィッティアに帰港し、捕ったエビを持つ漁師=2020年4月26日、ロイター

津波を誘発する地滑りは珍しいが、アラスカなどではこれまでも起きている。

アラスカ南東部のリツヤ湾では1958年7月9日、大津波が発生している。震源の近い地震で4千万立方ヤードもの岩石が、斜面を2千フィートも下って狭い湾になだれ落ちた。

湾をはさんでこの斜面の反対側にある山腹では樹木が押し倒されており、そこから津波の最大の高さは1720フィート(524メートル)だったことが分かっている。基本的には水しぶきが上がったようなものだが、規模がけた外れで、観測史上最大の津波の高さとして記録に残っている。

この津波は湾内に広がり、湾口に達したときでも高さは75フィート(23メートル弱)あり、漁船数隻を沈没させて2人が亡くなった。

近年では、やはりアラスカ南東部のターン・フィヨルドで2015年に地滑り津波が引き起こされ、発生時の波高は600フィート(183メートル)余にも達した。グリーンランドの西海岸でも17年に地滑り津波が起き、300フィートを超える発生時の波高を記録。近くの漁村が壊滅的な打撃を受け、4人が死亡している。

バリー・アーム入り江の場合は、地滑りで生じるエネルギーがはるかに巨大となる可能性がある。「これまで調査したものとは、比べられないほど規模が違う」と先のヒグマンは語る。

今回の警告に名を連ねた専門家の出身母体は14の研究機関、団体に上る。大学だけでも、オハイオ州立大、南カリフォルニア大とアラスカ大のアンカレジ、フェアバンクス両校が参加している。

これらの機関、団体が現地を調べ始めてから、まだ1カ月ほどしかたっていない。調査には、米航空宇宙局(NASA)が資金を出している。北米の北極圏での地形変動を研究するプロジェクトの一環だ。

ヒグマン自身は、アラスカで地滑りが起きる恐れがある現場をいくつか知っていた。しかし、今回は姉妹のバリサ・ヒグマン(芸術家)が警告してくれた。

バリサは、遊覧船に乗って現場を見た。すると、斜面にいくつかの亀裂が入っており、ゆっくりと滑り落ちていることを示していた。そこで、何枚か写真を撮り、ヒグマンに送ってくれたのだった。

早速、衛星写真を調べると、実際に斜面は長い時間をかけて動いていた。さらに、分析すると、かなりの速さで動いた時期があることも分かった。2009年から15年にかけて600フィートもずり落ち、大きな傷痕を残していた。

オハイオ州立大の専門家チュンリ・ダイは、この地滑りとバリー氷河の動きの関連性を明らかにしている。温暖化で溶ける世界中の氷河の例にもれず、ここでも溶けて後退する現象が斜面に影響を与えていた。

さらに、永久凍土の存在を指摘する専門家もいる。かつては、斜面の安定に貢献していたが、温暖化で溶けるようになり、地滑りリスクを高めているのではないかとの見方だ。ただし、そのリスク要因としての大きさについては、ヒグマンのように懐疑的な人もいる。

A humpback whale dives in the waters of Prince William Sound near the town of Valdez, Alaska August 9, 2008. REUTERS/Lucas Jackson  (UNITED STATES)
アラスカのプリンス・ウィリアム湾を泳ぐザトウクジラ=ロイター

一方、地震が斜面の崩落につながる危険については、疑う余地がない。なにしろ、アラスカはこの地球上で最も地震が多発している地域の一つなのだ。(訳注=プリンス・ウィリアム湾を震源とする)1964年のアラスカ地震のマグニチュード(訳注=M9.2)は観測史上2番目とされ、ウィッティアも津波で大きな被害を受けた。

そして、重力という単純な脅威を忘れてはならない。とくに、豪雨が長く続いたり、熱波に見舞われて氷河の表面の雪が溶けたりすると、斜面が水分をたっぷりと吸い込む。そんなとき、水は重さを支える力を奪う潤滑油となり、重力によって斜面が崩れ去る危険が一気に増すことになる。(抄訳)

(Henry Fountain)(C)2020 The New York Times

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