そもそも、一流の星占い師がいるとすれば、スーザン・ミラーはそうなのだろう。
だから、今年の初めにCBSニューヨークに出演して「2020年は素晴らしい年になる。繁栄の年になる」と予見したときも、みんなが耳を傾けた。
「今年の天空の寵児(ちょうじ)はやぎ座。かに座は十中八九結婚相手が見つかり、てんびん座は不動産で成功する。おうし座は海外旅行の日程がぎっしり入るだろう」。そんな話に、みんなは聴き入った。
しかし、いうまでもなく、星による見立て通りには事は進まず、人々の怒りは大きかった。
「誰もが自分の星占い師を見限っただろうと思った」とディバイア・バッバルは振り返る。いて座生まれ。ミラーの無料アプリの会員で、「ご利益のある年になる」という予見をもらって、今年には期待を寄せていた。
失望は、あっという間に広がった。YouTubeやインスタグラムで、ミラーへの抗議が相次いだ。
「スーザン、あなたはとても上手な物書きだけど、新型コロナウイルスのことや仕事がなくなることは忘れていたみたい」とけなす投稿。「スーザン、なぜこの事態を予見できなかったの?
新型コロナくらいの大きな問題なら、やってくるのが見えたはずでしょ」というののしりも。
星占い師や信奉者の多くは、日々のできごとは、天空の物体や惑星、太陽の動きとその位置関係に影響されると信じている。
科学は、これを否定する。星占いは「確証バイアス」が大きな根拠になっているという点で、心理学者の見解はほぼ一致している。人間には、(訳注=反証情報を集めることなく)自分がそう思っていることへの支持情報ばかりを寄せ集める傾向があるとの見方だ。
反星占い論者は、占いの内容があまりに幅広く、一般的で、誰にでも自分にあてはまることが見つかるに過ぎない(とくに、自分からそれを探しているときは、信じ込みやすい)と批判する。
そして、2020年の3月がやってきた。パンデミックの始まりだった。あまりに巨大で、誰をも巻き込むその普遍的な力は、星占術にとどまらず、それぞれの天宮にはそれぞれの定めがあるという観念そのものを打ち砕いた(何しろ、みんなが共通の脅威に直面するようになり、ほとんどの人は家で過ごす時間が増えるということを知るのに、占師に頼る必要もなかった)。
だから、みんな星占いを疑うようになったと思うだろう。
とんでもない。星占いは今、かつてないほど人気らしい。
どうしたらよいか分からないことが、日々の暮らしの中で次から次に起こるようになった。一体、いつまで続くのか。以前の通りに戻るのだろうか。当局を信じてもよいものなのか……。
それとともに、天空にまつわる多くの疑問が他にもわき出した――水星は、逆行する(訳注=地球から見て逆行しているように見える)ようになったのでは。土星と冥王星が重なるのは、今年1月の前はいつが最後だったのか・・・。
文化的なトレンドに詳しいルーシー・グリーンは、米英の関連メディアでは星占いについての閲覧件数がはね上がったという。「デイズド・ビューティー」では、この四半期(訳注=20年1~3月)の閲覧件数が前期比で22%も増加。「リファイナリー29」では、20年4月に最もよく読まれた記事の一つが「てんびん座のスーパー・ピンク・ムーンはあなたの新しい人間関係にとってはよい知らせ」だった。
メディアの分析をしている米社コムスコアによると、今年3月の主な星占いサイトへのアクセスは、前月比でいずれも増えている。Astro、CafeAstrology、それに先のミラーのAstrologyZoneといったところだ。
美容やファッションから政治ニュースまで扱う女性向けの米オンライン・マガジン「バッスル」などの媒体をいくつも抱えるバッスル・デジタル・グループのライフスタイル編集長エマ・ローゼンブラムも、「星占いは当社のどの媒体でも一貫して高い閲読率を誇っている」と語る。「これだけ不確かなご時世になっていることもあり、心のよりどころを伝統的な宗教などに求める代わりに、いつにも増して星占いにのめり込む人もいるようだ」
星占いといえば、おおむね政治の世界とは距離を置いていた。旅行の機会が訪れる。給料が上がる――そんな個人的な期待に引き寄せられて、通勤電車の中で読みふけるというのが普通だった。世界経済とか制度的な格差、人々の今後に明らかに影響を及ぼす構造的な事案については、ほとんど対象としてこなかった。
ところが、その対象分野が近年では変わりつつあり、政治・経済の話が増えている。星占いの目覚めともいうべき底流が、そこにはあるようだ。
チャニ・ニコラスは、「ある種の社会正義派の星占い師」とも呼ばれている。社会を意識して考え抜いた占いで、信奉者を増やしてきた。心の健康、性的少数者、進歩的な政治といったテーマにしばしば触れながら占っている。
2020年については、「厳しい年になる」と見ていた。ただし、星だけを手がかりにしたわけではない。「大統領選の年は、いつもそうなる」とニコラスは指摘する。不況になるという警告も強まっていた。そうした要因に、自らの占星術の見立てを加えて導き出した予見だった。
「星占いは、今のようなときにこそ役立つべきだ」と明言する。
「真価を問われる年になると分かっていても、今回のパンデミックは、予見するにはあまりに大きすぎた」と率直に認めた上で、こう話す。
「今、肝心なのは、『これからどうすればよいのか』ということだ。みんな、顔を見合わせて探っている。惑星を見上げてばかりいるわけではない」
このパンデミックがもたらした不確実性や、日常生活での不満、不安をどうするか。星占いは、こんなときにも解決の手助けになりうるという点で、ステフ・コイフマンも同意する。個人向けの星占いを毎日出しているサイト「The Daily Hunch(日々の予感)」を立ち上げた元ジャーナリストだ。
「星占いが心に安らぎを与えることができるのは、典型的なパターンを明示して見せる手法を確立しているからだ」とその理由を説明する。「占いによって、人々はすでに感じていたことを言葉で表すことができるようになり、背中を押してもらえたと実感できるようになる」
そして、こう続ける。「いってみれば、過去と現在における自分の立ち位置を確かめる一つの方法でもある。『神よ、どうしてこんな目に遭わねばならないのか』という問いのさらに先に、自分を導いてくれる。『時』は、そうして巡っていく。歴史は、一つのサイクルなのだ」
先のミラーの場合は、どうだったのか。
「いい加減な予見だった」との怒りが噴き出したあと、信奉者たちはすぐにこの問題がどうなるのか教えろと騒ぎ立てた。
その一人、メラニー・サイードイスマイルは、「あの日は気分がムシャクシャしていたけれど、本当に謝らなければならない」と今は神妙だ。ミラーのインスタグラムのアカウントに手厳しい批判を書き込んだが、「ひどい嫌みで、見当違いだった」と反省している。
というのも、ミラーが3月半ばに出した新型コロナ問題の特別報告書を読んで納得し、信頼感を取り戻したからだ。
この報告書は、冥王星の責任を強調している。小さいが、(訳注=冥府の王の名が示す通り)強烈なパワーを秘める準惑星。「大きな金融・財政問題や群衆、それにウイルスとも関わっている」とした上で、なぜより大きな影響を受ける国が出ているかにも触れている。
「イタリアは、ふたご座に支配されている。建国の日が6月(訳注=現在のイタリア共和国の建国記念日は6月2日)にあるからだ。そのふたご座は、肺をつかさどる。新型コロナウイルスは、肺をむしばむので、イタリアの被害も大きくなった」と説く。
では、米国はどうか(ちなみにこちらは、かに座だ〈訳注=米独立記念日は7月4日〉)。「3月、4月、5月とウイルスは、猛威を振るい続けるだろう。(訳注=かに座の誕生日を含む)夏には弱まるが、秋にはぶり返し、12月の半ばまで続く恐れがある」と見る。
奇妙なことにこの予見は、多くの著名な医療専門家の見立てと重なる。ということは、若手の星占い師たちと同じように、ミラーも最近は星だけを頼りに予見の手がかりをつかんでいるのではないということなのだろうか。
いずれにせよ、大勢のミラー信奉者にとっては、発信される内容よりも、誰が発信するかの方がより大切なのかもしれない。(抄訳)
(Hayley Phelan)©2020 The New York Times
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