日本屈指の観光地として知られる東京・浅草。3月末に訪れると、雷門から浅草寺までの仲見世通りを歩く人はまばら。だが、老舗天ぷら屋「大黒家」の大旦那、丸山眞司(71)から聞いたのは意外な言葉だった。「人が入ってくるってことは、犯罪や病気も蔓延するということ。遅かれ早かれこういう事態は起こると思っていた」
浅草の66商店街、1200店を束ねる「協同組合・浅草商店連合会」の理事長。以前からインバウンド向けに観光地化した浅草の未来を心配していた。手軽に「食べ歩き」できる店が増え、ゴミのポイ捨てなどマナーが悪化。どこの街でもみかけるコーヒーチェーンやドラッグストア、流行のタピオカドリンク店などが目立つようになった。
一方で、昔なじみの客は減少の一途をたどり、古くからの飲食店は潤わない。浅草の商店主の多くは地元に住み、家業の店を営んできた。「50年、100年と続いてきた店は、いまや半分も残っていない」と丸山は残念に思う。浅草が抱える問題に取り組もうと、すでに2019年度に台東区の助成事業として商店主ら100人への聞き取り調査を実施。10年、20年先を見据え、魅力ある浅草を取り戻す狙いだ。そこに新型コロナウイルスの騒動が重なった。
浅草は、古くから寺と住民が手を取り合ってきた歴史がある。そんな地域のコミュニティーがいまも残っているという。「振り出しに戻る覚悟で、浅草を立て直したい。江戸の町は焼け野原になっても何度も起き上がってきたのだから」
■人が旅に求めるものは
地域の観光を見つめ直す。そんな動きが日本で広がっている。「日本列島回復論」の著者で日本総合研究所の井上岳一(50)は「有名な観光地は一通り見て写真におさめればOKとなりがち」と指摘。リピーターを呼び込むには、「日本の原風景に触れたり、土地の人々と交流したりするスタイルの観光が必要になる」と訴える。
例えば、世界の都市は同じような景色が広がり、農山村の方がその国の特色を見つけやすいという。観光庁の「訪日外国人消費動向調査(2019年)」でも、初回は観光地巡りや買い物を楽しみ、2回目以降は文化や自然に触れたいという回答が多かった。そんな外国人観光客のニーズをとらえたのが、在日英国人が経営するツアー会社「Walk Japan」(日本を歩く)。英語のツアーは、東京の日本橋や谷中などを歩いて江戸時代の文化を学んだり、旧中山道の宿場町を巡ったり。地元の人と触れ合うため、宿泊先は旅館や民宿にし、移動も公共交通機関を使う。
CEOのポール・クリスティー(59)は「参加者は旅に、あたたかみを求めている。開拓されすぎず、混雑しすぎず、自然を感じられる場所を厳選している」。米国やオーストラリア、シンガポールなどから年4000人以上が参加する盛況ぶり。「訪日客のニーズを把握し、日本の良さを伝えるのが使命。いまはツアーを中止しているが、時間が出来たのをチャンスととらえ、未開拓の地域をリサーチしている」と話す。