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驚きの気前の良さ トルコの「新型コロナ対策」謎に迫る

トルコから見える世界 更新日: 公開日:
トルコでは、野菜をビニール袋に入れて売るスーパーも出てきた。直接鮮度を確認できず、じっと観察しないといけない

■協力に名乗りを上げる軍需産業

「世界中がコロナ対策で苦しんでいる中、トルコは自らの足で立ち、その力を世界に示している」

4月20日、イスタンブールに完成した大規模総合病院の開院式典で、エルドアン大統領が誇らしげに語った。さらに「5月末までに5000個の人工呼吸器を製造する」と公言した。

トルコは隣国イランでの感染拡大以降、マスクや人工呼吸器の需要が一気に増えることを見越し、自国での開発と生産に取り組んできた。政府に付属する研究機関や技術開発企業が人工呼吸器を開発しているほか、民間企業がボランティアで生産に乗り出している。

この動きを牽引する一翼は、トルコの軍需産業だ。軍事力や調達能力など50の指標を測った国別軍事力ランキングで常に10位前後のトルコは、エルドアン政権下で、武器の国産化に努めてきた。自前の防衛装備を充実させて外国依存度を減らすことが国力向上にもつながるという発想に基づく。トルコ軍による軍事作戦で使われている武器の約7割が国産武器で賄われており、近年は装甲車や高性能の無人航空機(ドローン)の輸出のほか、戦車や攻撃ヘリコプターも輸出に向けた態勢を整えている。

3月、トルコの技術ベンチャーBIOSYSが5年の研究期間を経て国産人工呼吸器の開発に成功すると、ドローン製造会社大手「バイカル」が早速250個を発注。それを、国立病院を管轄する保健省に寄付するという形で支援を行った。同社の動きに、陸海空の軍需産業大手が次々と続いた。

まもなくバイカル社は、規模の小さいBIOSYS社に協力し人工呼吸器を大量生産する計画を立ち上げたところ、軍需産業最大手「アセルサン」のほか、大手家電メーカー「アルチェリッキ」などが賛同、BIOSYSを含む計120人の技術者チームが結成された。5月末までに5000個の人工呼吸器製造を目指しており、政府も期待をかけている。

3月下旬からは、軍の制服製造を担ってきた国防省付属の縫製会社でもマスク製造が急ピッチで行われている。徴兵制があるトルコだが、この春に予定されていた徴兵を延期したことも、制服からマスク作りへのシフトを加速させた。国防大臣によると、毎週1000万枚のマスクが製造されている。また、同省傘下の研究機関では、4月中旬に人工呼吸器の製造に成功、5月からは大量生産を行い、週500個を目指すという。 

■世界に誇る繊維産業の強み

コロナとの戦いに国民が一致団結して勝つべく、至る所に国旗が出されている

トルコの強みはもう一つある。トルコが世界に誇る繊維産業だ。トルコを代表する繊維産業を支える企業が、次々とボランティアでマスクと防護服の製造に乗り出しているのだ。

2018年のトルコの繊維輸出額は、アメリカに続き世界第5位、トルコの全輸出額の16%を占める繊維は、欧米の大手ファッションメーカーが採用するなど、その質の高さに定評がある。輸出の約5割はEU市場向けだ。

トルコ輸出者協会が3月末に打ち出した、一日当たり100万枚のマスク製造を目指すキャンペーンも支援の輪を広げるきっかけとなった。その中にはVakkoや Ipekyol, LC Waikikiなどトルコの有名繊維会社がずらり。週に数百から数千万枚単位で製造し、保健省に無償で引き渡している。一般用のマスクとは異なる生地を使う手術用マスクに必要な生地は、業界として月600トンを準備、生産工場は昼夜を問わず忙しく稼働している。

■高校生も最前線で活躍

入店時のマスク着用を求めるスーパーの表示

対コロナ戦線への協力は、企業からだけではない。職業訓練に主眼を置くトルコ全土の高校も、マスクや防護服製造の重要拠点となっている。3月に最初の感染者が発表されると、義務養育を管轄する国民教育省は、14県の30校を指定、特別予算を付け、勉強会を通じて専門家からの指導を受けながら、生徒たちが生産にあたっている。

同省によると、この1ヵ月ほどで600万リットル分の消毒液、1000万枚のマスク、1000万枚の手術用マスク、100万枚の防護服、75万枚のフェイスシールドなどが作られた。

さらに、4月半ばまでに、人工呼吸器の生産に成功した高校、手術用マスク製造の自動化に成功した高校、ウイルスを含んだ飛沫の侵入を防げる高性能のN95マスク作りを手掛けている高校など、様々な成果が出ている。

参加高校の数も拡大しており、国民教育省は「4月末までに100校の参加を目指している」と意気込む。職業訓練高校で作られた製品は、保健省の基準を満たしているかが確認されたのち、その学校の周辺地域の医療機関で利用されている。

■活発化する「コロナ外交」

トルコは1月末から、約40ヵ国にマスクや防護服、人工呼吸器などの医療品を届けている。近隣諸国にとどまらず、アフリカや南米へも送られており、医療用ベッドの提供や、医療関係者への能力強化研修など、ユニークな支援も含まれている。

感染の広がりを受け、政府は3月初旬に医療物資の海外への輸出を禁止したが、政府の許可があれば免除となる。「人道的配慮」を理由に、禁止を免除するケースもある。例えば、トランプ大統領からの要請に応じたアメリカへの物資や、パレスチナ問題などを巡り険悪な仲が続いているイスラエルへの物資提供が、「商取引の一環」としてトルコから「輸出する」という形をとった。無償支援か商取引かは明らかにされていないが、歴史問題を理由にトルコとの国交がないアルメニアに対しても行われており、こうしたトルコの「コロナ外交」は「関係改善に向けた重要なジェスチャーが含まれている」(イスラエル紙)との見方もある。

イタリアとスペインへの支援物資は、今月初め、トルコ空軍の軍用機が搬送し、イタリア最大の空軍基地に到着した。NATOとしての緊急対応の一環で、マスク45万枚や消毒剤などが提供された。ロシアからのミサイル防衛システム購入により緊張しているNATOとの関係改善と結束を深めたいトルコの意図も感じられる。 

■マスク無料配布 病院は無料

感染拡大を防ぐべく、政府も様々な措置を打ち出している。

マスクの高値販売が問題視され、4月からは販売を禁止、政府による配給制となった。電子政府ホームページ上で必要事項を記入し申請すると、数日後に携帯電話に受取番号が届き、それを最寄りの薬局で提示すると週1人あたり5枚が無料で配られる仕組みだ。官民連携で実現したマスクの大量生産があってこその措置と言えるだろう。マスク着用が義務付けられている公共交通機関では、地下鉄駅に無料のマスク自動販売機を設置したところもある。

4月中旬には大統領令で、すべての国立病院でコロナ感染者の診療は無料にすることが決まった。ICU利用も含めてだ。保健省によると、現状では、コロナ対応に指定されている国立病院での受け入れで間に合っており、ICU占有率は、コロナ以外の患者を含め6割以下となっている。

トルコでは、2017年から毎年数件、大規模総合病院が開院している。保健省によると、昨年までに10県に開院し、20日にオープンしたイスタンブールの病院を含めると、病床数は計約1万6000床。これらすべては緊急時にICUに転用できる作りとなっており、いわばバックアップ用と言える。来年末までに、さらに7県に計1万1,000床分を建設する予定だ。

銀行前の路上で。一マスに一人ずつ並ぶよう誘導している

感染の拡大防止策としては、4月初旬から、人口の約4割に当たる、20歳以下と65歳以上の外出禁止を決定。大都市の都市間封鎖も行い、4月2週目からは、トルコの人口約8000万人の7割以上を占める31の県で、週末の外出禁止措置が取られている。「例外」とされる医療関係者や治安関係者以外が外出すれば、罰金3,150リラ(約5万円)という厳しい罰則が付けられている。外出禁止規制の切れる5分前に外出し、罰金刑となった事例もある。 

■大統領の支持率向上

コロナ・ショックの中で、世界の指導者の支持率上昇がみられる中、コロナ対策を次々と打ち出し、トップダウンで実行していくエルドアン大統領の支持率も伸びている。大手世論調査会社によると、3月の大統領支持率は、2月よりも約15ポイント上がり55.8%となり、2016年のクーデター未遂事件時に次ぐ高さとなっている。同社は「危機を目の当たりにし、強いリーダーシップを国民が望んでいる」と分析している。

外出禁止令などの措置や、「対コロナ戦線」の成果を伝えるトルコ紙

一方で、感染者の6割が集中するといわれているイスタンブールでは、野党のイマムオール市長の支持率も、大統領とほぼ互角のポイントで上昇しているという。野党メディアは「人口約1600万人を抱えトルコ最大都市イスタンブールの深刻さを、政府が過小評価している」、などと批判しており、野党市長の自治体がとったコロナ対策措置を、政府が無効にするなど、一部で対立もみられている。 

トルコでの新型コロナウィルス感染者は4月29日時点で117,589人、死者は3,081人。感染者ではイランを超えたが、死者数はイランの半分以下、10日連続で死者数は減り、24日は一日の退院者数が初めて一日の感染者数を超えた。その後も退院者数は順調に増え、約1ヵ月で4万人以上が回復した。検査は毎日4万人前後行われており、これまでに99万件。政府はこの傾向が続けば、イスラム教のラマダン(断食月)休暇明けの5月下旬にも規制を解除できるとの見立てだ。

ラマダンはトルコでは4月24日に始まった。コロナによるストレスが募る中での断食で、断食明けの食事を皆で味わう「イフタール」と呼ばれるイベントは禁止。例年にない困難が伴う。だが、感染を食い止められるか否かは、この1ヵ月を乗り切れるかにかかっている。

トルコがイタリアとスペインに送った支援物資の箱には、13世紀に活躍した、イスラム神秘主義者で詩人のジェラールッディン・ルーミーの言葉が書かれていた。「絶望の後に希望があり、暗闇の向こうにあふれんばかりの光がある」