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「難民を使った脅し」と批判するEU トルコから見える現実は

トルコから見える世界
トルコから、国境の川の向こうのギリシャ領を眺める難民ら=トルコ北西部ドイラン、其山史晃撮影

■トルコはなぜ国境を開放したのか

トルコに国境開放を決断させたのは、今年2月末、シリア北西部のイドリブ県で、ロシア軍とアサド政権軍による攻撃を受けトルコ兵士30人以上が死亡したのがきっかけだった。

かねてからトルコ国民の間で「なぜシリア人のためにトルコ兵士が死ななければならないのか」という不満が出ており、国民のシリア難民に対する不満が一気に爆発しかねない状況を察知しての政府の判断だったとみられる。また、トルコの「これ以上の受け入れは無理」という度重なる訴えを前に、「深刻な人道危機」と言いながらも積極的に関与しようとしないEUに対する「ショック療法」の意味合いもあった。

紛争が続くシリア隣国の中でも、トルコは910㎞という最も長い国境線を接する。2011年のシリア内戦ぼっ発以降、戦火を逃れてきたシリア人を、国境開放政策のもと受け入れ続けてきた。トルコに身を寄せるシリア難民は、いまや360万人。シリア以外の難民を入れると410万人に上り、2014年以降、トルコは世界最大の難民受け入れ国だ。

イドリブ県が陥落すればさらに100万人以上が流入すると見積られている。たとえ流入なくしても、難民の出生率は高く、人口はどんどん増えていく。トルコ国内で生まれたシリア人の子供は過去9年間で52万人に上る。

■試行錯誤のシリア難民支援

トルコは東西の十字路に位置するがゆえに、歴史的に多くの難民や移民を受け入れてきた。古くはコーカサスやバルカンから、80年代以降はイランやイラク、アフガニスタンのほか、最近ではアフリカからも受け入れている。

そんなトルコでも、年に100万人単位での難民の流入はかつてない経験であり、試行錯誤しながらの支援を続けてきた。「シリア難民」と呼ばれるが、トルコではヨーロッパから難を逃れてきた人のみを「難民」という定義にしているため、シリア人は難民条約に基づく正式な「難民」ではない。だが、シリア人に対しては「一時的保護」という特別の身分を与えることで、教育や医療などのサービスを無料で受けることができる制度を整えた。

当初は国内20か所以上に難民キャンプを作り収容してきたが、難民数の増大から、今や難民の98%がキャンプ外で、トルコ全土の様々な地域に居住している。シリアに近い南東部地域では13年以降、シリア人の急激な流入で、アパートの家賃は3倍に跳ね上がった。病院には無料で診察を受けられるシリア人の長い列ができた。こうした中でも、トルコの人々は、隣人の苦境を不憫に思いつつトルコ社会に受け入れてきた。

シリアでイスラム国(IS)が台頭した14年以降は、難民に交じりテロリストもトルコ国内に流入、15年、16年には、国内でテロが相次ぎ400人以上が命を落とした。テロリストは一般人にまぎれており、どこに潜んでいるかわからない。シリア難民支援は、トルコの人々にとって、いわば命がけの人道支援でもあった。

■EUトルコ協定とその後の不和

ギリシャ国境近くのトルコ北西部ドイランでは、欧州を目指す難民らが立ち往生し、シートや毛布で簡易テントをつくっていた=其山史晃撮影

国境を開放したトルコに、EUは「協定を遵守すべきだ」と声を荒げた。これは2016年3月に締結された協定を指す。きっかけは、ISが勢力を拡大した15年、トルコに逃れたシリア人らが、さらに陸路・海路で国境を超え、百万単位でEUに流入する「難民危機」が起きたことだ。 

ドイツの難民受け入れ表明はこの動きを加速させ、2015年だけで100万人がドイツに入った。だが、EU加盟国内では受け入れ負担を巡り対立が発生。さらにEUの大都市でISによるテロが続発すると、各国内で反移民勢力が台頭した。やがてドイツでも、政府の移民受け入れ政策に与党内からも反発が起き右翼も伸長、「ドイツのイスラム化」と危機を煽った。

EUとして有効な対策を講じられない中、2016年3月、トルコとの間でこれに対処する協定が結ばれた。ヨーロッパ側に渡った難民をトルコに送り返すと同時に、トルコが引き受けた数と同数のシリア難民を、EUがトルコから受け入れる、というものだ。トルコは見返りに、①計60億ユーロの支援金、②EUへのビザなし渡航の実現、③関税同盟の更新、④EU加盟交渉の加速化を約束された。

この協定により、EUを目指す難民は激減。欧州委員会は18年、同協定発効により、ヨーロッパに渡る不法移民は97%減となったと発表した。トルコは協定を遵守したという自負がある一方で、EUがこれまでトルコから受け入れたのは2万人程度、支援金は半分程度しか支払われていない上、それ以外の約束はまるで動きがないことに不満を抱いてきた。

この協定は当初から資金の使い方などを巡り両者感で隔たりがあったほか、トルコがEUに対し大きな影響力をもつことになる、といった懸念もEU内であがっていた。しかし、EUにとっては、目の前の難民流入を食い止めることが先決だった。

■高まる反難民感情と現実

内戦から10年。帰還の目途もたたない中で、シリア難民の存在は国内政治にも大きな影響を及ぼしている。

昨年のトルコ地方選では最大都市イスタンブールと首都アンカラで25年ぶりに世俗派野党が市長の座を奪った。政権与党の牙城だっただけに、トルコでは大きな衝撃をもって受け止められた。選挙戦で「難民帰還」を訴えたことが得票率拡大の一因と考えられている。世論調査では、8割以上がシリア難民の早期帰還を求め、経済の低迷と失業者の増大から、「なぜシリア人ばかりが優遇されているのか」、「なぜ税金を払っていないのに教育も医療もただなのか」と言った不満が募ってきており、今や政府も無視することができない。

不満の矛先は、特に雇用と治安だ。「シリア人がトルコ人の職を奪い、シリア人のせいで犯罪が増えた」というものだ。だが、実際には、トルコ人と競合しない分野で雇用されているシリア人が多く、捕まれば強制送還の可能性があるため、シリア人の多くは犯罪に手を染めぬよう用心している。内務省の発表でも、シリア人の犯罪率はトルコ人の半数以下だ。事実よりも心理的嫌悪が勢いを増している。

■新型コロナウィルスの危機、難民にも

当初、難民の入国阻止に躍起になっていたEUは、欧州各国での新型コロナウィルスの蔓延を受け、3月17日から、第三国からEUへの入国を制限することで合意。難民はトルコとギリシャ国境に置き去りにされる形となった。報道では、難民はEUへの入国を断行したい一部を除き、徐々にトルコ側の元の居住地に戻り始めているという。

コロナウィルスの広がりにより、難民のコロナ対策が今後深刻になると予想される。難民の中には、複数の世帯が家賃を出し合いながら一つのアパートの部屋を借りているケースや、空き家となった不衛生な場所に住んでいる人も少なくない。

感染の脅威は国内に留まらない。シリア難民支援に従事するNGOによると、戦闘下のイドリブ県では、十分な食料も医療施設もないまま、2,3世帯が一つのテントで避難生活を営んでいる。トイレはさらに多くの世帯と共用している状態という。イドリブにおける停戦合意が破られ戦闘が再開すれば、100万人のトルコへの流入が予想されている。

■今後の展望

シリア難民の今後の可能性としては、EUによる受け入れ、帰還、トルコでの滞在継続などがありうるが、EUは各国内に反移民勢力が多く、強いリーダーシップがない中で難民受入政策をまとめ上げるのは容易ではない。

帰還について、トルコ政府は内戦当初の2011年から、シリア国内に「安全地帯」を設定し、その地域に送り返す案を、国連総会など様々な機会に訴えてきた。しかし、ISの台頭やトルコとクルド勢力の戦いなど、内戦が様々な局面を見せる中、欧米から「安全地帯」の設置はトルコの越境攻撃を正当化する口実だ、との批判が上がったほか、安全地帯が難民の出身地とは異なる地域にあること、インフラのほか教育、医療体制を整えるのに莫大なコストがかかるなどとして、国際的な支持は集まらなかった。

トルコに滞在する難民の8割以上が、当面トルコで生活したいと考えていることも考慮すれば、最も現実的なのは、EUと協力した上でのトルコでの滞在継続の選択肢だろう。難民を「取引材料」とせず、トルコ国内の緊張を緩和しながら受け入れを続けるには何が必要か。EUとの関係やシリア難民の今後について、難民・移民問題の専門家に話を聞いた。

シリア難民問題に詳しいムラット・エルドアン教授(トルコ・ドイツ大学移民研究所所長)

トルコ・ドイツ大学移民統合研究所所長のムラット・エルドアン教授=本人提供

EU国境に向かった集団の中には、「主役」のはずだったシリア難民は少なく、アフガン難民やイラン、イラクからの難民が大半を占めた。「一時的保護」という、特別な身分で様々なサービスを享受しているシリア難民は、すでに多くがトルコでの生活基盤をもち滞在継続を希望している。

過去9年間で、トルコで生まれた子供たちは50万人以上。シリアを知らず、現地校に通い、トルコ語で授業を受けている児童生徒も少なくない。危険を冒してまでEUに渡る動機付けがなかったのだろう。シリア難民の帰還はない前提で対応策を練ることが重要だ。

それには、EUの協力は不可欠だ。だが、EUはシリア難民を受け入れる気はない。仮にトルコが「200億ユーロあげよう、その代わり100万人の難民を引き取ってくれ」と言ったところで果たして受け入れるだろうか。シリア難民問題は、お金だけでなく、EU内の政治的、社会的様々な問題が絡んでいる。それはトルコでも同じだ。資金支援だけでなく、トルコとのほか3つの政治的な約束を前に進める必要がある。

また、現在の協定はトルコ国内のシリア難民支援に限られるが、100万人の潜在的難民がいるイドリブ県へのEUの関与も必要だ。不安定な停戦下のイドリブでコロナウィルスが発生した場合、どうするか。トルコが再び国境を開けた場合、トルコに基盤を持たない100万人はEUに流れる可能性もある。トルコの脅威はEUの脅威でもある。EU内での移民政策に関する意思の統一と、EUとトルコの間の協力で、持続可能な解決策が欠かせない。

トルコ外交と移民問題に詳しいケマル・キリシュジ氏(米ブルッキングス研究所シニアフェロー)

米ブルッキングス研究所シニアフェローのケマル・キリシュジ氏=本人提供

トルコ政府は内戦初期、「戦火を逃れてきた同じムスリムの同胞を助けよう」と人々の感情に訴えた。だが、人々の反シリア難民感情が高まる今、このアプローチはもはや機能しない。

難民がトルコに留まるからには、トルコ、シリア両住民にとってプラスになる関係作りが必要だ。それにはまず、トルコ社会への依存を減らしシリア人の自立した生計をたてるべく、雇用の拡大が重要だ。

例えば、トルコではGDPに占める農業の割合は1998年から2017年の20年間で半減しているが、いまだトルコの雇用の約20%を占めている。一方、農業に従事する人口は年々減り、特に若者の人手不足は深刻だ。こうした分野ではシリア難民の雇用拡大が期待できる。農業人口の多い南東部では、シリアと天候や農業環境が似ており、もともとシリアで農業に従事していた人が多く、ノウハウを心得ている。EUの協力を得て、EUへの農産物輸出を拡大できれば生産力も高まり、収入向上にもつながる。

一方で、現在のEUとトルコ間の関税同盟は、工業製品が主で農作物は除外されている。同盟内容の見直しにより、EUは支援金ありきではない貢献ができる上、シリア人の自立を促すだけでなく、トルコの農業も活性化し、トルコ経済にとってもプラスになる。こうした循環ができれば、EUに渡る難民も減らすことができ、Win-Win-Winの関係を構築することができるだろう。