ルーマニアで「ドラキュラ」探したら怒られた 「吸血鬼じゃない、英雄だ」

首都ブカレストで早速、関連する名所がないか探してみたが、なかなか見つからない。ドラキュラ関連のお土産は、わんさか売られているのに、なぜなんだ?(山本大輔)
首都の歴史を学べる市立博物館(①)で、歴史家に話を聞いたら不快感を示された。「本物のドラキュラは英雄。吸血鬼の物語は偽りで侮辱だ」。博物館に展示された1枚の肖像画。「あなたが探している人物のブラド3世です」。ブカレストがある現在のルーマニア南部で14世紀に建国されたワラキア公国の君主の一人が、ブラド3世だった。強権で冷酷だったというが、当時の大国オスマン帝国に屈することなく、敵兵を串刺しにしてまでも徹底抗戦した英雄というのが、ここでの常識だという。
竜公(ドラクル)と呼ばれた父2世の子を意味するドラクレア(英語でドラキュラ)の別称を本人も使っていた。1897年、これを題材にアイルランドの作家ブラム・ストーカーが出した小説『ドラキュラ』で吸血鬼ドラキュラが誕生し、映画にもなって後世にわたり世界を席巻。ルーマニアの英雄に対して、吸血鬼の印象が国際的に深く刻まれた。小説の舞台「ドラキュラ城」として観光名所になっているトランシルバニア地方のブラン城には、実はブラド3世は住んだことがない。全ては小説によるフィクションだ。
不名誉な印象を解消するため、史実に基づくブラド3世しか扱わない。だから首都では、お土産店以外に吸血鬼はいない。市立博物館から歩いて連れて行ってくれた宮殿旧王宮跡(②)で、3世の銅像を見ながらそう強調する歴史家の表情は真剣だった。ブカレストを都市として築いた3世が、15世紀に建設した城跡でもあるという。
新しい動きもある。史実を正しく学びつつ、3世をモデルにした世界的な文化芸術も同時に楽しむ目的で、昨年8月末に開館したばかりのドラキュラ博物館(③)。1階には国内外から集められた3世に関する文献、武器や装飾品が展示され、模型や絵画も用いて英雄の人生を詳しく学べる。2階は世界中で上映された1000作品を超える吸血鬼ドラキュラの映画・演劇のポスター、ブラム・ストーカー関連の情報など。階段の壁には、ルーマニアにも存在したとされる吸血鬼伝説の説明もあり、勉学と娯楽の両方の側面からとても面白かった。
「史実と物語を明確に区別したうえで両方を楽しむ。新しい共存を通じ、ドラキュラの真の姿を継承したい」とマリウス・バシレ館長(45)。柔軟な考えが心地よく、世界の観光客に知られる名所になってほしいと心から思った。
ブラド3世はしばしばブラド・ツェペシュと呼ばれる。ツェペシュは「串刺しにする人」を意味する。オスマン帝国兵のみならず、自国の貴族や民も串刺しにしたとされることから、「串刺し公」として恐れられたという。「ドラキュラ公」とともに3世の異名となっている。
ブカレストには社会主義時代をうかがわせる名所が多数ある。中でも故チャウシェスク大統領の元宮殿で「国民の館」の名で知られる議事堂宮殿(⑤)は、延べ床面積で米国防総省に次ぐ世界2位の官庁建築物。部分的に一般公開されており、観光客にも人気のスポットだ。
ドラキュラの国際的な知名度を生かして集客を図るレストランがある。東欧料理iDracula(④)。「中世の供宴」とうたった店内は広く、各所にドラキュラ公などの肖像画が飾られているが、いずれもブラド3世や一族のもの。吸血鬼を強調しないのがルーマニアらしい。
外国人観光客に人気だという「ドラキュラカクテル」を注文した。ウォッカなどにクランベリージュースを入れて血の色を演出。25レイ(約630円)と割高だが、味に特徴がなくて残念。「そんな創作品より郷土料理を食べるべきだ」と苦笑した地元の友人に注文を任せた。
豚肉料理「トキトゥーラ」。トマトベースのシチューのようで日本人好みの味だ。付け合わせは代表的な主食「ママリーガ」。トウモロコシ粉の黄色が鮮やかだが味が薄い。一緒に食べてちょうどいい家庭的な優しい味だった。これで26レイは安い。1人では食べきれないボリュームで、お得感ありありの伝統料理に満足した。