「仕方がないんです」。雑貨も売るカフェの男性店主は言った。「貴重な商品を壊されたことがあるんです。相手が子どもでは、とがめるわけにもいかない」
別のカフェでは、1年半ほど前に開業したという女性(27)が話した。「問題を起こす親はごく一部でしょうが、あらかじめ分からない。最初からお断りだと表示しておくほうが、お互いにいいのではないでしょうか」
韓国ではここ10年、「ノーキッズ」のカフェやレストランが目立ってきた。インターネットの地図などで検索すると、いまでは数百店が表示される。昨年末に公開されたディズニー映画「アナと雪の女王2」でも、「子どもが騒いで楽しめない」「ノーキッズの上映回を設けるべきだ」と、議論になった。
「『替えたおむつを店の机に残していった』といった親の話が広まったことや、飲食店で店員とぶつかった子どもがやけどを負った事故で、店の責任を重く見る判決が出たことなどが増加につながった」。そう指摘するのは、水原市にある研究機関「京畿研究院」の研究員、キム・ドギュン(45)。2016年にこの問題の報告書を出した研究者だ。
子どもの迷惑をめぐる議論は、世界中にあるとキムは指摘する。たとえばマレーシアの航空会社などは、子どもお断りの席を設けている。そのほかにも、レストランやパブでの子どもの振るまいについて議論になることは少なくない。日本でも、たびたび「子どもお断り」の店がネットなどで話題になっている。
「共働き家庭が増えて子連れの外食が増えたり、飛行機での移動が一般化して子連れの搭乗が増えたりと、いろんな場面に子どもが顔を出すようになった。しかし、それに対応する設備やルールの整備はまだ途中なのです」。韓国の場合、ノーキッズゾーンが議論になることも、じゃあどうすればいいのかということについての社会的な合意ができあがっていく過程と捉えられるという。
■迷惑なのは行為なのか、人なのか
それでも、キムは「ノーキッズ」の考え方にはふたつの大きな問題があると言う。ひとつは、ゾーンを設けることで、騒ぐといった「行為」ではなく、子どもという「存在」そのものを排除していることだ。たとえば「店内禁煙」という店の場合、問題になるのはタバコそのものであって喫煙者ではない。ふだんはタバコを吸う人でも、店内で吸わなければ問題にはならない。同じように、子どもについても、問題がある行為や、それに対する親の対応そのものを問うべきだという。
そしてもうひとつの問題は、それが母親への差別を助長しかねないことだ。しつけの悪い子どもを叱らない母親を「MOM蟲(マムチュン)」と呼ぶ蔑称はネットから生まれ、広がっている。逆にほとんどの場合、父親は侮蔑の対象になっていない。「店が子どもお断りにすることについては、営業方針の自由がありますし、認める意見も多い。しかし、ノーキッズゾーンの広がりを社会現象として見た場合には、女性蔑視やヘイトにつながらないか、これからも注意して見ていく必要があると思っています」
■「子供歓迎」打ち出す店も
一方で、ノーキッズが注目を集めたことで、逆に「イエスキッズゾーン」をつくる動きも出てきている。
ソウル市中心部から北東に5キロ。路地を入ったところにある「マムコンカフェ」は昨年4月にオープンした。子どもの遊び場はあるが、クラシック音楽が流れる落ち着いた店だ。ひとりで来ていた近所の主婦(40)は「本を読んでゆっくりできる。こんな場所はあまりないので、ありがたい」。5歳の子ども連れでも安心できるという。
カフェを営むのは、地域の母親たちがつくるNPOだ。店長のキム・ヘソン(46)は2児の母。子連れで外食して気を配るのに疲れ、2人目が生まれてからは出かける気もなくなった経験があるという。
韓国では子どもが騒いだり、走り回ったりする行動は「ミンぺ」と呼ばれる。もともとの漢字は「民弊」。政治の失敗で民が被害を受けることを意味していたが、いまでは日本語の「迷惑」に近いニュアンスで使われる言葉だ。
当初は迷惑をかける自分たちが悪いと思っていたというキム。だがいまは「みんな子どもだったのに、おかしい」と考えるようになった。「かつては配慮しあう文化でしたが、いまはそのエネルギーがなくなっているんです」。社会の余裕のなさが、「ミンペ」に厳しい風潮につながっているというのだ。「子ども向けの映画であっても、大人がゆっくり見たいという意見があってもいいし、それなら夜遅くなど子どもが来ない時間に上映すればいい。問題は、子どもを排除しようという考えなのです」
カフェの運営委員のコ・ウンソン(40)が、こう続けた。「韓国は非常に厳しい競争社会になってきていて、その生きづらさへの怒りのはけ口が、女性や子どもに向いている。ですからこの問題を解決するには、長時間労働や格差といった別の問題にも目を向けないといけないのです」