汚染は地球規模
環境省によると、海に流出するプラスチックごみは年間約800万トンと推計される。プラスチックは簡単には自然分解せず、紫外線や波の力で砕かれて微小な「マイクロプラスチック」になり、生態系へ影響を与えている。
濱川さんは、「ダボス会議」で知られる世界経済フォーラムが2016年に出した報告書の内容に衝撃を受けた。そこには「2050年までに、海洋プラスチックごみの重さが魚の重さを上回る」という予測が書かれていた。明日香さんはいま、37歳。「2050年になると、私たちの3人の子どもは、いまの私くらいの年齢になるんです。そのころには魚が食べられなくなるのかと思い、自分ごとと思うようになりました」と話す。
海洋プラスチックごみは、将来だけの問題ではない。「今も十分、危険な状況です」。こう言う濱川さんは、東京農工大などが2016年に発表した調査結果を例に挙げる。東京湾で捕れたカタクチイワシの約8割で、消化器官からマイクロプラスチックが検出されたというのだ。そのうちの約1割がスクラブ洗顔料などに使われるマイクロビーズだ。
実際、人間が1週間にクレジットカード1枚分、約5グラムのマイクロプラスチックを摂取している可能性があるとしたオーストラリアの大学の調査結果(No Plastic in Nature: Assessing Plastic Ingestion from Nature to People、2019年)や、日本を含む世界8カ国の人の便にマイクロプラスチックを確認したオーストリアの研究結果もあると明日香さんは言う。「私たちがスクラブで洗顔するとき、それが排水口から海につながり、魚のおなかに入って、私たちの口に入るなんて全く思わないですよね」。
“エコ”が展開されるバリ島
プラスチックに代わる代替品の開発など、世界各地で脱プラスチック・ムーブメントが広がりを見せている。濱川さん夫妻が拠点を置くバリ島でも、エコな取り組みが盛んだ。
その一つが使い捨てプラスチックフリーショップ。毎週日曜日に行っているファーマーズマーケットは、基本は量り売り。買い物をするときには商品を入れる容器やコンテナなどを持参する。
濱川さん夫妻がバリ島で営むエコホテル「マナ・アースリー・パラダイス」内にも、同じ考えのショップがある。品揃えは使い捨てプラスチックを使っていないのはもちろんのこと、エシカル、オーガニック、地産地消がコンセプトだ。地産地消を大切にするのは「輸入品は輸送する際に温室効果ガスの排出が増えてしまう」からだ。「地球にとって良いことは、人にとっても良いことだと思うので、それを追求しています。私たちはバリの土地や自然、食べ物の恩恵を受けてここに住まわせてもらい、ビジネスをさせてもらっているので、この場所に還元するのが当たり前。そうすれば環境問題も起こりにくいと思うんですよね」
濱川さん自身も日常生活に「プラスチックフリー」を取り入れている。買い物にはエコバッグやかごを持参し、外での食事にはマイはしやスプーン、フォーク、竹製のストローを使う。エコバッグは両端を引くと簡単にたためるもののほか、野菜や果物を入れる網状のものを大小2、3種類用意している。これらの“エコグッズ”はポーチに入れて持ち歩いている。ごみを増やさず、子どもたちの世代にまでごみを残さないようにするためだ。
シャンプーやリンスは5リットルのタンクで購入し、友人たちとシェア。マイボトルに詰めかえて使うことで「お金がセーブできる」利点もあるとか。購入するのはペットボトルではなく、リサイクル率が高いアルミ製品という。
消費行動で未来を描く大切さ
屋台で提供している料理や外食時に子どもが残した食べ物を持ち帰るときには、ファスナー付きの食品保存袋や容器を使用する。洗えば再び利用でき、中身がこぼれないので食品包装用のラップフィルムを使う必要がない。使い捨ての食品保存袋もすぐには捨てず、何度も使う。
ファスナー付きの食品保存袋はポーチに常備している。パンのような固形物を包む場合は、ミツロウを浸み込ませた布を使う。こうしたグッズがあれば食品を入れる袋や容器をもらわなくて済むし、ごみが増えない。濱川さんは「例えば、昼時になるとオフィスビルの近くにキッチンカーが並びますよね。そのキッチンカーで昼食を買おうと思ったら、料理を入れる容器を持って行けるのではないでしょうか」と提案する。
商品を購入する際はパッケージやラベルに書かれた原材料や産地を確認する。輸入品かどうか、パッケージにプラスチックを使っているかどうかなどを調べ、それを判断材料にして環境に優しいと思える商品を選ぶことにしている。
濱川さんは「私はどこで買い物をしていても環境のことを考えています。自分の価値観にあった商品を買うことで、自分が描きたい未来を実現することができる。自分の消費行動が社会を変えることができるという感覚を持つことはすごく大事だと思います」と話す。
五輪はプラごみ対策の好機
レジ袋の有料化や包装の簡素化など、日本でも脱プラスチック・ムーブメントは起こっている。東京都は使い捨てプラスチックの削減を目指し、都民に「レジ袋はもらわない」ことや「マイバッグの積極的な利用」を呼び掛けるなど、ワンウェイ(使い捨て)プラスチック削減に向けた事業を進めている。都内にある6大学とも連携し、キャンペーンを行い、合わせて各大学は自主的に「学生食堂でのリサイクル容器の活用」や「歯ブラシなどプラスチック製品の回収」、「マイボトルの持参」といった取り組みをしている。
濱川さんは「これからの未来をつくっていく人たちのいる場所でやるのも、すごく画期的だなと思います」と評価する。「東京都が基盤を作りつつあるプラスチックごみ削減のムーブメントに私たち個人も一緒になって問題への意識を高め、自分や子どもたちの健康を守るための心掛けが重要ではないでしょうか」。
東京都は2019年5月、2050年にCO2実質ゼロに貢献する「ゼロエミッション東京」を実現することを宣言した。
2019年12月、その実現に向けたビジョンと具体的な取組・ロードマップをまとめた「ゼロエミッション東京戦略」を策定し、併せて、重点的対策が必要な3つの分野について、より詳細な取組内容等を記した「東京都気候変動適応方針」「プラスチック削減プログラム」「ZEV普及プログラム」を公表した。
「プラスチック削減プログラム」では、2050年CO2 実質ゼロ、海洋プラスチックゼロの持続可能なプラスチック利用を目指すとし、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会では、不必要な使い捨てプラスチックを徹底的に削減するとしている。
さまざまなイベントに登壇する機会がある濱川さん。参加者から「プラスチックごみを削減するために何ができるのか」といった質問を受けることがある。「レジ袋やストローを受け取らず『NO』と言うのはその一つですが、国や自治体が『私たちにできること』を提示していくことも大切なことで、東京都がプラスチックごみの削減に関してリーダーシップを担える部分は大きいと思います」。
東京オリンピック・パラリンピック競技大会については「これだけ世界が注目するイベントはなかなかない。(対策を)どんどん仕掛けていくには良い時期ではないでしょうか。世界の人たちに『さすが日本』と言ってもらえるようにしたいと、一市民として思います」と言う。
知ることが「ステップワン」
濱川さん夫妻には好きな言葉がある。「インド独立の父」と呼ばれたマハトマ・ガンジーの名言「Be the change you want to see in the world」だ。意味は「世界の中で起きて欲しい変化に、あなた自身がなろう」。
私たちはこの世界に、どんな変化を起こしたいだろうか。私たちはどんな「変化」になれるだろうか。濱川さんは言う。「私たち一人ひとりの行動が、結果としてこれだけのごみを出し、悪影響をもたらした。裏を返せば、一人ひとりの意識が変われば良い影響ももたらせるということです。知れば知るほど、行動せざるを得ないようなモチベーションにつながっていく。まずは“知る”ことがステップワンです」