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部屋の中に一人だけの空間 「ぼっちてんと」を買ってみた

World Now
「ぼっちてんと」と開発者の川瀬隼利さん

大阪のものづくりの町、東大阪市にある「ビーズ」。取材対応室に通してもらうと、室内の明るさに似つかわしくない真っ黒な物体が鎮座していた。その名も「ぼっちてんと」(参考価格で税別9750円)。幅と奥行きが1・3メートル、高さが1・5メートル。「ぼっち」という名とは裏腹に、放っておけない存在感がある。

正面のファスナーを開くと、暗闇のなかに1人用の机といすが見える。立つと天井に頭がつくほどの狭い空間に、一度入ったら出られなくなりそうな心地よさを感じる。「自分専用基地」。そんな言葉がぴったりくる。遮光性が高い生地でできており、閉め切ると簡易な暗室としても使えるそうだ。

■海外メディアも注目のヒット商品

ビーズ社は元々、アウトドア用品やゲーム用の家具などを扱う会社。「他人の視線が気にならず、仕事や勉強、趣味に没頭できる」「ネットカフェのような閉鎖空間」と売り込んで、2014年の発売以来、月平均で約100個、累計で約6000個を売り上げる。

テントや寝袋などの商品開発担当だった川瀬隼利(はやと)さん(36)が、アウトドアの知識がないのに困り、試しにオフィスの自分の机に張るテントを作ったのが開発のきっかけだ。当時、世の中では社員同士のコミュニケーションを図るとして、自席を決めないフリーアドレスや見通しの良い設計のオフィスが話題になっていた。しかし、元々「ひとりの方が集中できる」と考えていたという川瀬さん。「嫌いな上司や同僚と毎日顔を合わせたくない」という声がネット上にも多くあることに気付き、3カ月ほどをかけて、ひとりになれるテントの商品化を提案した。

発売すると、その珍しさから米国など海外メディアにも取り上げられた。あるメディアは、ぼっちてんとなどのヒットを紹介する記事で「日本以外で大きな需要があるかは不明だ」などと指摘。直接取材を受けたわけでもないのに、「普段から集団行動を強いられている日本人ならでは」といった皮肉のコメントがネットに書き込まれることもあった。

一方で国内から届くのは、「ほしい」という声が大半だ。ツイッターでは、「こもるのには最適」「ホントに集中できますね」といった感想が続く。

■家に置いてみたら

これは試さないわけにはいかない。自室を持たない記者が購入して、自宅のリビングに設置してみた。部屋の空きスペースの大半が占領されてしまい、家族の視線を感じながら、テントの中に入る。内側からファスナーを閉めた瞬間、えもいわれぬ感覚に包まれた。自宅にいるのを忘れそうな別世界感。そのまま寝てもいいし、机といすとライトを持ち込めば、仕事も読書もはかどるだろう。

そこで、外から見ていた妻が一言、「正直言って邪魔だね」。早々に撤収を決めた。

家族の視線は気になるところかもしれないが、川瀬さんによると、用途は広い。デザインやイラストなどの仕事、受験勉強、パソコンゲームなど趣味のために利用する人もいるという。自宅に居場所がない「お父さん」の書斎としても活躍。暗室としても使える機能からか、大学の研究室からも引き合いがあるという。

「おひとりさま」ニーズにこたえ、日本ではひとりになるための間仕切りを設ける飲食店が珍しくなくなってきた。1人客には敷居が高い焼き肉店や鍋物店も、間仕切りを設置したお店のホームページには、「まわりを気にせずお楽しみいただけます」といった文言が躍る。

■源流は鴨長明「方丈庵」?

なぜ、日本でひとりの空間が好まれるのか。『ひとり空間の都市論』の著者で明治大学准教授の南後(なんご)由和さんは、狭い空間や、物理的な間仕切りを持った空間を好む傾向には、日本ならではの歴史的な文脈があると指摘する。

南後さんによると、茶室のように、狭さや小ささに繊細な美や精神的な広がりを見いだしてきたのが、日本人だ。平安時代末期から鎌倉時代前期の歌人・随筆家、鴨長明(1155ごろ~1216)が出家後にこもった1丈(約3メートル)四方の「方丈庵」が平安京から歩いていける距離にあったことが示すように、重視されてきたのは、空間の広さではなく、「社会と接続したいときには接続でき、切断したいときにはこもることができること」だった。

一方、日本人は同質性が高いため、同調圧力や相互監視の度合いが強い。他人の気配を感じ、距離感をはかりながらも、視線は遮断するため、障子やふすまなど、光や音を通す繊細な可動式の仕切りを発達させてきたという。

間仕切りを持ったひとり専用の空間をカフェなどの商業空間に作るのも、欧米とは異なる日本の特徴だ、と語る南後さん。スマートフォンやSNSが普及する今、友人らとずっとつながっていたいという接続志向と、常時接続社会で相互監視の状態に置かれているストレスから解放されたいという切断志向が共存する。そして、「ひとり」の空間と、群衆のハロウィーンイベントや音楽フェスといった「みんな」の空間を志向する、二極化の傾向が強まっている。南後さんは、そう指摘する。