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『テッド・バンディ』 米国で最も有名な連続殺人犯を通して見る、かの国の価値観

シネマニア・リポート 更新日: 公開日:
東京で取材に答えるジョー・バリンジャー監督

『テッド・バンディ』より ©2018 Wicked Nevada,LLC

テッド・バンディは1970年代を中心に、全米各地で若い女性を猟奇的に殺害、1989年に死刑を執行された連続殺人犯だ。供述では被害者数は30人だが、36人ともそれ以上とも言われている。にもかかわらず、容姿に優れて弁舌さわやか、一見すると好印象だったことから、法学を学んだ経験を駆使して本人弁護で無罪を主張する彼を見ようと法廷に女性ファンが詰めかけ、刑務所にはファンレターが多く寄せられた。無実を信じた女性と獄中結婚もしている。映画『テッド・バンディ』は、ザック・エフロン(32)が演じるそんなバンディを、一時は彼との結婚へと進みかけたシングルマザーのエリザベス・クレプファー(リリー・コリンズ、30)の目線で見つめてゆく。

1978年に撮影されたテッド・バンディ本人 ©2018 Wicked Nevada,LLC

原題は、訳すと「極めて邪悪、衝撃的に凶悪で卑劣」。これは死刑判決を下したエドワード・コワート判事が法廷で実際にバンディを評したセリフだ。この判事はジョン・マルコビッチ(66)が演じているが、劇中では同時にバンディに、「君の頭脳ならいい弁護士になれた」「法廷で活躍する姿を見たかった」と語りかけている。さらに驚くべきことに、「君に対して敵意はない。それは断言する」とまでつけ加えた。

『テッド・バンディ』より。右奥は判事役のジョン・マルコビッチ ©2018 Wicked Nevada,LLC

犯罪ドキュメンタリーを多く撮り、エミー賞も受賞してアカデミー賞ノミネート経験もあるバリンジャー監督は、判事のセリフは「すべて裁判記録に基づいている」と説明。そのうえで、「判事が『敵意はない』とも言ったのは、私には信じがたかった」と語った。「判事ですら、最後に死刑判決を下す際にはほとんど当惑していた。もしバンディが黒人だったら、彼は鎖につながれ、判事に厳しく罰せられていただろう。でも見た目のいい白人男性で、かつ男性社会の側面が色濃かった1970年代だったから、認められた」

最終的に死刑判決が出ることになる裁判が開かれたのは、1979年のマイアミでのことだ。米国史上初めて全米でテレビ放映され、多くの人たちが裁判の行方をお茶の間で見守った。当時ティーンエイジャーだったバリンジャー監督は、テレビで見た法廷のバンディを覚えている。「すごく興味をそそられ、この人物は本当に人を殺したのだろうかと考えた。バンディが、とても説得力のある本人弁護をしていたからね」

実際、今作のバンディが周囲をたやすく味方にしてゆくさまをスクリーンで目の当たりにすると、「スピーチ 大国」としての米国について考えさせられる。米国で社会的に認められるかどうかは、パブリックスピーキングの巧拙にかかっていると言っても過言ではない。いわゆる見た目もよく、かつ人前で自信をもってうまく話せる人物が高く評価される傾向にあるためだ。究極、たとえ中身が伴わなくても、話に説得力さえあれば信頼されうる。時には、過剰なまでに。そう言うと、バリンジャー監督は「だからこそこの映画を撮りたかった。それこそが映画全体のポイントだ」と応じた。

米国は、数々の連続殺人犯を生み出してきた世界最大の国だ。2018年にも受刑者の男が、米国史上最悪とみられる93人の殺害を自供したと報じられた。米ラドフォード大学などの2016年の調査によると、20世紀以降に世界で確認された、2人以上を異なる状況で殺害した連続殺人犯4743人のうち、米国が67.6%と発生国・地域別で圧倒的に首位。2位のイングランドの3.5%と大きな開きがある。日本は2.02%で6位となっている。

『テッド・バンディ』より ©2018 Wicked Nevada,LLC

「見た目が良くて話が巧みな点に価値を置く米国社会は、正直、連続殺人犯の数とかかわりがあると思う。米国で連続殺人犯が圧倒的に多いのは、実験国家・米国のマイナス面だ。米国では、個人がより重んじられ、それが社会的な価値となっている。個人が可能性の発揮を認識するのは大いなるアメリカン・ドリームだ。それには良い面が多くあるが、マイナス面として、自由や個性を悪い目的で使う人が出てくる。人が、一定の見た目や振る舞いをしたからといって、信頼できるとは限らないということだ」

こうした弊害は、殺人にとどまらない。巧みな話術と容貌で評価を底上げし、周囲をだましてしまうような人物に、心当たりがある人も多いのではないか。

今回の映画化は、バンディの本を以前書いた著者が、「彼の肉声テープを見つけた」と連絡してきたのがきっかけのひとつだった。「聴いてみると、非常に身の毛のよだつ、内面を吐露するようなもので、興味が増した」とバリンジャー監督。Netflixドキュメンタリー『殺人鬼との対談: テッド・バンディの場合』(2019年)と合わせて、今作を仕上げた。

だが、それ以上に映画化へと突き動かされたのは、20代の娘2人やその友人たちが、バンディについてまったく知らないことに気づいたためだ。「娘たちの世代はバンディの典型的なターゲット。彼がどんな人物か知らずにいたら、(大変だ)と思った。死刑執行から30年経ち、彼をめぐる教訓はとても重要だと感じ、彼を新たな手法で描くべきだと考えた。感じがよくて魅力的な白人男性だからといって信用してはならないのだと、若い世代に警告したかった」

『テッド・バンディ』より ©2018 Wicked Nevada,LLC

娘2人は今作にも登場している。バンディと図書館で行きあう女性と、法廷にいる女性の役だ。「普段はしないが、今回は特別。今作を撮ろうと決めたきっかけになったからね」

ただ、今作は米国で「評価が非常に大きく分かれた。すごく気に入ったか嫌いかに分かれ、中間はなかった」とバリンジャー監督。映画化は「連続殺人犯の美化」ととらえる人たちがいたためだという。バリンジャー監督は「そうではない。連続殺人犯がいかに人をだまして裏切るかを描いているのであって、肯定的に見せているわけではない。ヒトラーの台頭についての映画を作る際も、ドイツ人がいかに彼を当初敬愛していたかを示すでしょう?」と話した。

バリンジャー監督はこうも言った。「映画で彼を立体的な人間として見せようとしたが、そうしなければ、『連続殺人犯は社会の周縁で暮らすおかしな人たちで、見ればすぐそれとわかるものなのだ』という安全上間違った感覚を抱かせることになる。ある意味これまで語られてこなかったことだが、バンディは友人と多くの時間を過ごしたりもする、立体的な人間ということだ。すべての人間は善悪両方の性質があるのだとも思う。人はみな、人生でいいことをすれば悪いこともする。ある人は連続殺人犯になる。程度の問題だ」

米国では今もさまざまな法廷にテレビカメラが入っている。話題の殺人事件ともなると、各局が競うように連日、法廷での被告や証人の様子をお茶の間に届ける。視聴率もよかったりする。「人は心の底に、自分もそうしたことをする潜在的可能性を秘めているからだと思う。人間の大部分は自分を抑えているが、殺したいほどの怒りの衝動を覚える瞬間があったりする。その一線を誰かが越えると、本質的に惹かれるところがあるのだと思う。意識はしていなくても、自身の中にそうした部分を見ている」

今作は日本などいくつかの国や地域では劇場公開されるが、米国などでは原則、Netflixでの配信だ。バリンジャー監督は他にも、「シリーズもの4本とドキュメンタリー2本、そして映画と、主にNetflix向けに取り組んでいる。以前の10倍くらい、これまでにないほど忙しくなっている」そうだ。動画配信サービスへの参入が相次いでいる影響だという。

動画配信サービスの世界では、最大手のNetflixを追いかけるように、11月にはアップルTV+とディズニー+がサービスを開始、来春にはHBOマックスも登場予定だ。「今後の視聴者獲得競争に向けたバトルが起きている。今は総じて、将来どうなるか当たりをつけるため、とてもたくさんの作品製作が進んでいる。だから映画人は極めて多忙になっている」

バリンジャー監督は「純粋にビジネス上の観点から言えば、コンテンツ製作にとってこれほどいい時期はない」としつつ、言った。「伝統的なテレビは動画配信サービスに置き換わり、伝統的な劇場映画はとても大変になって、コミック原作やハリウッド大作ものが中心になることだろう」

■元記事中のバリンジャー監督の言葉で「もしバンディが黒人だったら、彼は鎖につながれ、判事に本を投げつけられていただろう」とあった点について「正しくは『重い刑罰を下しただろう』の意味である」との読者指摘をいただき、記事を修正しました。翻訳の際の確認ミスでした。(21年11月29日修正)