「過去の映像や音声を保存することは、現在を理解したり、将来を見通したりする手助けとなる」。国際部副部長のデルフィーヌ・ウィボはそう説明する。自他共に認める文化大国のフランスは文化財の保護に熱心だ。16世紀に書籍で始まった国家への法定納入制度があり、放送の映像や音声も後世に残すべき遺産と見なし、1990年代に法定納入の対象になった。
ウィボは各国の関係機関と仕事をしてきたが、「きちんと管理されなかったり、保管状態が悪かったりして、映像や音声の大半が失われた国もある。映像や音声を残すことが大事だと気づく頃にはもう遅すぎる」という。
INAは公共放送フランステレビジョンの前身ORTFが70年代に分割された際、アーカイブ部門を引き継ぐ形で設立された。これまで集めた放送コンテンツは計約1900万時間分にも達する。担当職員約200人が、番組名やジャンル、放送内容などを細かくデータ化。一部は、パリの国立図書館内にあるINAの出先で、研究者らが研究目的で閲覧できる。
録画機材のある部屋には100を超えるモニター画面が並び、様々なテレビ番組が流れる。「映像が法定納入の対象となる前は公共放送分だけでしたが、その後は民間放送分もアーカイブするようになりました」と、担当のスタニスラ・デュフォーは説明する。
全ての放送コンテンツではなく、放送局側が選んだVTRが納入されていた時代もあったが、2001年からINAが24時間通しで全て録るようになった。1日で12テラバイト分になるといい、磁気テープに保存している。全映像の一括録画は、コンテンツを選んでとるよりも、手間がかからないためだという。SNSが普及して以降は、公共放送がSNSで流した動画や文章も収集している。
■SNSでコンテンツ発信も
INAはインターネットの発達に伴い、コンテンツを作って発信もしている。ニュースなどで話題となっているテーマについて、膨大な数の収蔵品の中から関連映像を集め、1〜3分のコンテンツを作る。例えば、10月には、40年前の出来事として、ジスカール・デスタン政権時の政治腐敗についてまとめた。オンラインサービス責任者のリシャール・ポワロは「忘れられていた事実が見つかることもあります」と語る。HPやユーチューブ、ツイッター、インスタグラムなどでの発信に対し、昨年は約5億900万ビューの反応があった。半数がフェイスブックだったという。
INAには教育機関も併設されている。14のコースがあり、年間300人ほどの学生を受け入れている。ほとんどがフランス人の学生だが、台湾やコロンビアなどからの留学生も学ぶ。視聴覚プロダクションや視聴覚遺産の分野で修士号をとることも可能だ。
INAは定額制のサブスクリプション型のビデオ・オン・デマンドも提供している。公共サービスでもあることから、1カ月目は無料、その後は月2.99ユーロ(約360円)と比較的低価格に抑えている。売り上げは、新しく立ち上げる企画に回すという。スタートして4年目を迎え、有料会員は約1万5000人。民間の配信サービスに比べて会員数は少ないように感じる。
だが、担当するエロディ・ルルは「古い映像が多いので、そんなに視聴者が増えると思っていません。3万人程度にはなるかもしれませんが、それ以上は増えないでしょう」と話す。これまではINAのサイトからしかアクセスできなかったものの、19年12月末からサイト以外からもアクセスできるようにするという。