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砂漠の町で生まれる、眼が覚めるような織物 日本で広める女性の思い

私の海外サバイバル
チュニジアの伝統的な織物「キリム」を織る工房を訪ねる佐藤さん。女性たちは朝5時に起きてキリムを織り始めるという

■私のON

生徒は、アニメ人気のおかげで、日本語を習いたいという学生や社会人。アニメで日本語を覚えて「行くぜ!」なんて言う女の子もいますから、少しずつ教えることになりました。言語学専門ではないのですが、チュニスでのいろいろな実習を経て、ガベス県でこのような機会に恵まれたことにとても感謝しています。

ですから10月からは週の半分をガベスで過ごし、残りを車で2時間ほど離れたトゥジェンで過ごします。仕入れ先を少しずつ広げているほか、道上さんのご協力を得ながら聞き取り調査や記録、そして協働体制づくりも進めています。

トゥジェンのキリムは、赤やオレンジ、ピンクといった蛍光色など原色を大胆に使います。村そのものは岩山や砂漠に近く、土色の家が並ぶ荒涼とした単色の世界なのですが、そこから生まれる織物は驚くほど色鮮やかです。

キリムを知ったのは、5年ほど前のことでした。もともとのきっかけは、2013年の娘とのチュニジア旅行。仲良くなった運転手さんの家が、トゥジェンにあったのです。残念ながらそのときは首都チュニスを中心に観光したので訪れることができなかったのですが、どうしても砂漠の世界を見たくて翌14年の6月に訪ねました。そこで彼の家族が織ったキリムをお土産として日本に持ち帰りました。

手荷物として帰りの飛行機の中に持ち込んでじっくり眺めながら、改めてその魅力に引かれていきました。私は編み物などをやっていたこともあるので、こうしたキリムを織るのがいかに手間のかかる大変なことか、よく分かりました。

キリムを織るのは、女性たちの家庭仕事だ=チュニジア・トゥジェン

トゥジェンは「よくこんなところに人間が住み着いたな」と思うほどの峡谷の村です。まるで前世紀の、別の惑星ではないかと思うほどの風景です。そんな土地での生活から、こんな素晴らしいものが生まれているのです。それに色使いも日本の感覚とはまったく違って、アフリカを感じさせる独特のものです。これをもっともっと日本に紹介したい。そう考えるようになったのです。

それだけなら実現できなかったかもしれませんが、ここでも大きかったのは人との出会いです。帰国後、兵庫県のチュニジア雑貨店「ダール・ヤスミン」を娘と訪ねると、ふだんはチュニジアにいる経営者の道上さんがたまたま帰国していて、会えたのです。

そこでキリムを日本に紹介したいという話をして、道上さんとスタッフのみなさん、チュニジアにいる道上さんの家族からも大きな協力を得て動き始めました。10月に個人事業を登録し、11月には再びチュニジアへ。それから勉強の連続です。仕入れの納品、人々との取引はいまでも失敗の連続で七転八倒しています。そして、ダール・ヤスミンの作業を一部手伝わせていただきながら、日本のギャラリーなどでの展示販売をときどきできるようになりました。

このときにいろいろ動き出したのには「やれることは、やっておきたい」という思いが強くあったからです。
実は、私は30代はじめから長年うつ病を患い、なかなか気力がわかず、生きるだけで精いっぱい、というような日々を過ごしていました。

さらに娘との最初のチュニジア旅行の後、体調を崩しました。検査の結果は、がん。甲状腺を摘出する手術を受けました。そのとき、首を固定されたまま天井を見上げながら、チュニジアを思い出していました。最初の旅行で足を運べなかった砂漠に行くというのが次の目標にもなっていたのです。そしてキリムに出会って、いまこんな活動をしています。だから「悔いは残したくない」という思いはすごくありますね。

キリムを織る人は、どんどん減っています。女性たちの家庭内の仕事として織られているのですが、こちらで会う女性たちも「大変だし、娘にはやらせない」と言います。

2011年の政変(ジャスミン革命)で国の形が大きく変わったチュニジアですが、こちらではやはり仕事は少なく、フランス語ができる若者はフランスや首都のチュニスに移ってしまいます。このままでは先の希望が持てず、村に残るのはお年寄りばかりになるといった状況になりかねません。

ですが、女性たちはこれまでのしきたりもあって外に働きに出るのは難しい。キリムが売れれば、彼女たちにとっては貴重な収入になります。せっかく織るのですから、単に織って売れるのを待っているよりも、少しでも質を高め、かばんなどの製品にも使ってもらうことで、量も増やした方がいいのではないかというのが私たちの考えです。それがキリムの伝統を守り、彼女たち自身の生活が上向いていくことの助けにもなると思っています。

織り上げたキリムを背景に撮影

この4年間、ダール・ヤスミンの東京支局として展示販売に携わることができ、日本市場で売りやすい色やサイズを体感しました。広く受け入れていただくには、自分が推したかったピンクと赤の多いパターンや色味は少し難しいこともわかりました。道上さんと相談しつつ、今はトゥジェンならではの柄とモチーフをいれつつ、日本市場向けに抑えた色味、60x90㎝などの小さめサイズも考えています。全体は少しシンプルにしたパターンで、それでいて付加価値があげられそうなモチーフを入れ込んでもらえるようにお願いしています。

ところが、こちらはまだまだ「個人プレー」の文化です。みんなで集まってなにかをつくって売る、という雰囲気はありません。そこで、いまは現地のホストファミリーの親戚などとの信頼関係を築き、キリムづくりを応援している存在だと知ってもらうところから始めています。道で顔見知りになった女性に「キリム織ってる?」「よければ見せてくれない?」と声をかけることもあります。時間はかかりますし、もどかしい思いをすることもありますが、そこは一歩ずつやっていこうと思っています。

■私のOFF

ガベスでは、仕事の合間には、チュニジアならではの雑貨を探して民芸品のお店などをめぐっています。仕事と趣味の半々のようなすごし方です。日曜日には、大きな露天市が立ちます。生鮮品から日用雑貨、衣服までさまざまなものが並びますし、人も多くてにぎやかなので毎週楽しみにしています。よく「危なくないの?」と聞かれますが、ふつうに暮らしているぶんには問題ないと感じます。アジア系外国人はかなり珍しく、目立つので、私は夜暗くなってからは出歩かないようにしていますが、こちらの女性は夜にひとりで歩いていることもあります。

チュニジア・ガベスの露天市には、生鮮食品から日用品まであらゆるものが並ぶ

こちらの食事と言えば、地元のひとはみんなクスクスが大好き。ただ、そればかりでは飽きるので、私は「カスクルート」と呼ばれるサンドイッチをよく食べます。ピタパンに具材を入れたホットサンドのようものもありますね。

トゥジェンでは、知人宅にホームステイさせていただいています。こちらの女性たちは、朝5時には起き、家事や育児の合間にキリムを織り、早い家では夜8時に床につくといった生活です。日が出ると気温が上がってしまいますし、日が落ちると暗くなってしまいます。ですから、仕事は朝の涼しいうちにすませるのです。

女性たちはキリム織りに、料理などの家事にと忙しい

インターネット回線も不安定で、つながらないこともよくあります。首都のチュニスなどに比べると、まったく違う生活がここにはあります。

こちらでは、お店に人がいなかったりすることもしょっちゅう。お昼休憩が前後していたり、私用で近所に行っていたりするようです。店員さんがスマホに夢中、ということもあります。いまの日本の暮らしに慣れた私には「いい加減」に見えることもあります。でも、とても愛想良く「日本人、初めて見たよ!ガベスへようこそ!」と歓迎してくれるひともいます。

私が子どものころには、日本にもまだそんな雰囲気が残っていました。だからそんなときは「日本も昔はそうだったな」と思い出すのです。(構成・西村宏治、写真は佐藤さん提供)