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銀行送金さようなら 出稼ぎ労働者支える「アリペイ経済圏」が急拡大中

World Now
フィリピン最大手のスマホアプリ「Gキャッシュ」の幹部ネイ・ビリャセニョール。各国の提携各社と協力し、フィリピンへの海外送金は「手数料無料、瞬時に完了」が当たり前になりつつあるという

週に一回の休みを生かし、香港各地からフィリピン人労働者たちが中環(セントラル)駅周辺の道路に集まってくる。ダンスなどが繰り広げられる毎週日曜日に恒例の光景だ

こうしたアプリを、香港にいる約14万4千人(2018年政府統計)のフィリピン人労働者の多くが使い始めたのは3年ほど前、香港で最初にTNGがeウォレットとして認可されてからだ。利用する最大の理由は、母国の家族への送金がとても楽になったこと。銀行口座を持っていない人が多いため、以前は毎月の給料日に休みをとって送金のセンターに現金を持参。長い行列に並んで手続きをしていた。今は自宅近くのコンビニで現金をアプリに入金し、スマホで操作するだけで簡単に、しかも瞬時にフィリピンの家族に送金できるようになった。

香港滞在歴4年のピラルダ・アパタスが見せてくれたアリペイのスマホアプリ。送金(Remittance)だけではなく、買い物や光熱費の支払いなどもできる

フェイスブックが打ち出したデジタル通貨「リブラ」構想。世界をお金でつなぐという、その狙いの一部は、すでに実現しつつある。代表例が、中国のIT大手アリババの電子決済アプリ「アリペイ」だ。買い物に使うQRコード決済の草分けで、世界の利用者は10億人以上とされる。そのアリペイが目をつけたのが、国際労働機関(ILO)の統計(17年)で、世界に約1億6400万人いるとされる出稼ぎ労働者たち。ほとんどが母国へ仕送りをしている。その送金手段としてもアリペイは着実に影響力を強めており、韓国やインドネシア、タイ、インドなどアジアを中心に地元のスマホアプリと提携。「アリペイ経済圏」を急速に拡大している。

アパタスも最近では母国への送金にアリペイ使うことが増えた。TNGなど複数のアプリをスマホに入れているが、送金手数料が無料なのはアリペイだけ。他社のアプリは毎回、20香港ドル程度の手数料をとる。香港ドルからフィリピンペソへ為替レートも各社で異なるため、最も割のいい条件のアプリで送金をしているようにしているが、手数料がない分、アリペイを選ぶことが圧倒的に増えたという。

アリペイの提携会社の一つが、利用者が2500万人にのぼるフィリピン最大手のスマホアプリ「Gキャッシュ」だ。幹部のネイ・ビリャセニョール(32)は「アリペイのネットワークを生かし、世界中に散らばるフィリピン人労働者が母国に手数料を無料で送金できる仕組みができた」と胸を張る。Gキャッシュは同時に、世界に約230万人いるフィリピン人出稼ぎ労働者の分布データなどの情報共有を通じて、アリペイの事業拡大戦略に貢献している。

マニラ近郊にある巨大ショッピングモールには、アリペイで支払いが可能なことを知らせるお知らせがあちこちにあった

もちろん、アリペイの提携会社やライバル会社も独自に送金の提携網を広げており、まるで国際航空便の路線図のように世界各地が電子送金網で結ばれつつある。Gキャッシュも、スマホアプリ以前からの国際送金大手で、ともに約200カ国・地域に窓口を持つ米マネーグラムや米ウエスタンユニオンと提携。世界中にある両社の窓口から送金し、フィリピンにあるGキャッシュの窓口で時差なく受け取ることができる。「送金ではすでに国境が消えた。世界のどこからでも、瞬時にスマホでお金が送れる時代になった」とビリャセニョールは言い切った。

アプリを使った海外送金とはどのようなものなのだろう。アパタスが操作方法を見せてくれた。

Gキャッシュのアプリ。海外送金の受け取りは、契約している窓口だけでなく、アプリ内のeウォレットに直接入金することも可能だ

まずはスマホのアプリを立ち上げ、送金の金額を香港ドルで入力し、受取人の名前や住所、電話番号、送金目的を記入する。アプリ会社が受取場所として契約している引き取り窓口を指定して送金ボタンを押す。引き取り窓口はフィリピン国内各所にあり、受取人が誰であっても近所に必ず存在しているというネットワークがすでに構築されている。

送金ボタンが押されると、受取人の携帯電話にメッセージが送られる。受取人は送金者から教えられた照会番号と自身のIDを持って指定された窓口に行き、アプリ会社の為替レートで両替されたフィリピンペソを現金で受け取る。手続きにかかる時間はわずか数分だという。「とても便利なので、もう昔には戻れない」とアパタスは喜んでいた。

■ブラックマネーの監視が課題

移民や出稼ぎ労働者などグローバルな人の移動が活発になれば、国境を越えてお金をやりとりする必要性も高まる。グローバル化した社会では、通貨がデジタル化するのは必然とも言える。ただ、手軽な送金手段が広がれば、マネーロンダリングなどの不正送金の監視はますます難しくなる可能性がある。

例えば東欧のルーマニア。欧州主要国で少なくとも360万人以上(17年国連統計)が働き、多くが母国に送金しているが、送金額を収入として申告せず、脱税を図る人も少なくないという。国外からの送金は、国内総生産(GDP)の約1割を占める貴重な外貨獲得手段。ブカレストで今年6月まで外国為替業務に関わったガブリエラ・ミエルチャ・テオドレスコ(36)は「送金が経済を支えているため、政府も目をつぶっているところがあると思う」と説明した。

ルーマニアのブカレストで、送金によく使われるマネーグラムの取扱店の前に立ち、送金監視の難しさを語るミエルチャ・テオドレスコ

そもそも、どの国にどれだけのルーマニア人が働いているのかさえ、政府が把握しきれていないという。売春や薬物、あるいは個人宅での下働きなど給与明細すら存在しないような仕事に従事している場合もある。海外送金を取り扱う会社は専属のチームを置くなどして監視に当たっており、ミエルチャ・テオドレスコも監視チームの一人だった。

通常のID確認などに加え、それぞれの送金者による送金額や送金回数のパターンを比較するなどして不正送金の発見に努めている。ブラックリストは共有され、必要であれば送金自体を停止することもできるが、そうした判断に至るまでの調査には一定程度の時間がかかる。「やりとりされる金の犯罪性や利用目的を完全に見抜くのは事実上、不可能に近い」という。

ルーマニアのブカレストには、送金ができる窓口があちこちにある

だからこそ、ミエルチャ・テオドレスコは心配している。「送金がスマホで瞬時に行われるようになった今、プロセスはより簡素化した。こうした海外送金が普及すればするほど、不正を監視するのは、世界的にもますます困難になるのは間違いない」