「2000年には」シリーズは、19世紀末のフランスで、20世紀への節目を祝う祭典の一環として商業画家のジャン・マルク・コテが描いたものだとされている。主に紙たばこのおまけとして収集家もいたという「シガレットカード」のための仕事だったようだが、実際はカードが流通する前に、カードをつくる会社が廃業に追い込まれたため、日の目を見ることはなかった。
それから100年近くは埋もれていたが、アメリカのSF作家アイザック・アシモフの目にとまり、1986年に出版した著書「フューチャーデイズ」(邦題・過去カラ来タ未来)で、これらの絵を紹介したことで世に出た。
一連のシリーズには、老舗のチョコレート「ショコラ・ロンバール」のおまけとして同封されていたとみられる作品群もある。今回は、フランス国立図書館(BnF)が所蔵しているこれらの作品のうち画像データとして提供を受けた一部を紹介する。(En l’an 2000/[illustrations de Jean Marc Côté];Lithographie Villemard et fils,1910, BnF, département des Estampes et de la photographie.)
■スマホ片手にテレビ電話?
テレビ電話を思わせる冒頭の作品は、チョコレート店「ショコラ・ロンバール」の宣伝のからんだ作品群の1枚。薄暗い部屋で受話器を持つ男女が、幻灯機のような機械で映し出される息子に向かって、「チョコレートを送ってあげる」と話している。息子はベトナムかどこか、当時フランスが植民地支配をしていたアジアの国を連想させる土地に暮らしているようだ。果たしていま、大仰な機械を使わなくてもスマートフォンひとつで「FaceTime」や「スカイプ」などで顔を見ながら通話できるし、ワンクリックで直接、世界中のおいしいものを好きな場所に届けることもできる。当時の夢は十分にかなった。一方、とっくに植民地支配は終わり、この絵に描かれているアジアの国々は猛烈な経済成長をとげている。アジアで働くビジネスマンたちが、こんなに優雅な生活をしているかというと、そうでもなさそうだ。
■クジラにぶら下がって海中遊覧?
巨大なクジラの腹にくくりつけたゴンドラに乗って、海の中を遊覧する人たちを描いたこの絵。乗客はおしゃべりをしたり、魚を見つけて喜んだり楽しそう。ただ、考えてみればクジラは呼吸をするために海面にジャンプしたり、またすごい勢いで潜ったりを繰り返すだろうから、そんなに優雅な遊覧にはならないかもしれない……。それに、こんなに重いゴンドラをクジラにくくりつけて泳がせるのは、人道的な側面からも許されそうにない。とはいえ、海の中を自由に遊覧するのはいまも変わらぬ人間の夢。日本では、シャボン玉のようなドーム形の潜水装置に乗り込んで、海中を自由に散歩する「海中バルーン」が2021年ごろの完成を目指して開発中だという。
■まるでZOZOスーツ?
客が両腕を広げて突っ立っていると、機械が素早く寸法を測ってくれて、好みの布地を機械につっこむと、あっとう間にオーダーメイドスーツのできあがり。どこかで聞いたことのある話だなと思ったら、国内最大級のファッション通販サイト「ZOZOTOWN」を運営するZOZOが開発した「ゾゾスーツ」にそっくりでは? 自宅に届く水玉の全身タイツを身に着けて撮影。測定データに沿ってスマホで注文すれば、ぴったりの一着が届くと話題になった例のスーツだ。とはいえ完全オーダーメイドのこのスーツ、商品の購入まで行く人が伸び悩み、事業としては成功していない。むしろ席巻しているのは、地球規模で同じ商品を売るファストファッションのようにもみえる。
■教科書を人間にインストール?
「子どもがちっとも勉強しなくって」と愚痴を言い、すぐに結果に結びつく安直な方法に飛びついてしまう大人たちのアタマの中は、いまも昔も変わらないのだろう。教科書のような分厚い本は、教室に並んで座っている子どもたちが装着するヘッドホンのようなものに回線でつながれている。どうやらこれは、教科書の中身を直接子どもたちの脳にインストールして丸暗記させる、という未来の学校の風景のようだ。情報を送るためのハンドルを、身体の大きな少年が手動でぐるんぐるんと回しているのが、いかにも大変そうだ。教師は、子どもが丸暗記する姿を「監視」しているだけなのだろうか? 異様な光景ではあるが、いまも昔も変わらぬ学校教育への強烈な皮肉のようにも感じられる。
■ルンバでお掃除? 引っ張るのは人間
車輪をつけた機械が床を走り回り、2本の「腕」にブラシと石鹼(せっけん)をつけて拭き掃除をしている。床をはいつくばって拭いたり、冷たい水で手洗いで洗濯したりと、家事が今よりずっと重労働だった当時には、夢の家電に思えたのだろう。ただ、機械を動かすのは、長いスカートにエプロンを身に着けた女性。女性の社会進出が進み、家事を主婦や家政婦任せにできない時代が来るという予測はしなかったようだ。現代の「お掃除ロボット」は、留守中にもタイマーや遠隔操作で動いてくれるし、洗濯機や食洗機などさまざまな家電が朝から晩まで活躍している。かといって女性たちが家事から解放されたかというと、そうでもない。2016年の総務省の調査では、6歳未満の子どもを持つ夫婦が家事や育児に費やす「家事関連時間」は1日平均で女性3時間28分、男性44分。20年前とくらべると、男性は20分増、女性は6分減だという。テクノロジーの発達のわりには、なんとも遅い変化だ。
■お巡りさんも郵便屋さんも飛ぶ時代?
仕事や買い物にでかける人たちの「マイ飛行機」が空を飛び交い、交通巡査が違反切符を渡して取り締まっている。違反者を見つけて、ここぞとばかりに飛びついていく様子が妙にリアルだ。こんなに空が過密では、当然事故も起きるだろう。空飛ぶ郵便配達や、飛行機乗りが立ち寄るドライブスルーなど、一連のシリーズで目立つのが空飛ぶ人々の日常を描いた作品だ。当時は航空機が大量のCO₂を排出して環境問題をひき起こすことは予測されていなかった。果たして100年後のいま、プライベートジェットを日常的に利用するセレブリティーはいるにはいるが、地球温暖化が大きな問題になるなかで、冷ややかな目で見られがちだ。
■運命を知りたいという欲求
「2000年には」シリーズの多くを紹介した「フューチャーデイズ」(1986年)の前書きで、アシモフはこのように書いている。「自分の運命を知りたいという欲求は、人類全体に何が起きるかを予測したいという欲求と密接に絡みあってきた」「1899年に想像されたことを笑い飛ばしたり、からかったりすることはたやすいことだろう。しかし、今、2085年の生活はどうなっているだろうか、と聞かれたらいったいどうであろう。冷笑したり、ばかにしたりしないで、このめったにない好機を利用して、一人の未来主義者の作品をみていこうではないか」