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若き有望選手が逃げていく サッカー王国ブラジルの苦悩

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Brazil players celebrate with their trophy after a 3-1 victory over Peru in the final soccer match of the Copa America at the Maracana stadium in Rio de Janeiro, Brazil, Sunday, July 7, 2019. (AP Photo/Natacha Pisarenko)
今年7月、リオデジャネイロでの南米選手権決勝で、ペルーを破って喜ぶブラジルの選手ら=AP

今年7月、「セレソン」の愛称で呼ばれるブラジル代表は南米選手権で12年ぶりの優勝を遂げた。自国開催の面目を保ったが、大会直前にネイマールがけがで離脱。エースを失ったブラジルの攻撃は迫力を欠き、大会を通じて、辛口のファンやメディアからの批判にさらされた。

史上最多となる5度目の頂点に立った2002年ワールドカップ(W杯)で、ブラジルは奔放な攻撃で得点を重ねた。「3R」と呼ばれた前線のロナウド、リバウド、ロナウジーニョのスターによる卓越した技術が世界中のファンをひきつけた。

だが、それ以降のW杯は、06年イタリア、10年スペイン、14年ドイツ、18年フランスと欧州勢が優勝を占めている。世界中からヒトもカネも流れ込む欧州では、それを元に強化、育成を推し進める好循環が生まれている。サッカー界でもグローバル化は進んでいるが、実態は欧州の一人勝ち状態に近い。

■世界最大の選手「輸出国」

ブラジルから欧州に選手が渡り始めたのは1980年代だ。当時は、国内リーグが隆盛だったイタリアが主な移籍先だった。その後、イングランド、スペイン、ドイツなど欧州全域に広がり、いまや日本、中東、中国と世界中に選手を送る世界最大の「輸出国」として、年間1000人のプロ選手が海外に出続けている。

経済成長に陰りの見えるブラジルでは、国内クラブの選手への給料未払いも日常的に起きている。目先の運転資金が必要なクラブは移籍金を目当てに若くて有能な選手を手放さざるを得ない。選手はより大きな収入を得ようと1日でも早く海外でのプレーを求める。国際移籍が認められるのは18歳以上だが、海外移籍の低年齢化が加速しているのだ。

ブラジル代表のカゼミロらを10代のころに指導した、ブルーノ・ペトリ(49)が説明してくれた。

「選手を育てて売ることで成り立っていた中小のクラブが経営難でつぶれるケースも出ている。大きなクラブもじっくり育てる余裕がないから、18歳になればすぐに売ってしまう。欧州クラブが10代前半の選手を家族ごと移住させるケースも多い。その結果、ブラジルのサッカーを身につけていない未完成品の状態で出ていってしまう」

ブラジルでは、個人技を駆使して1対1で相手を抜き去り、ゴールチャンスを作る選手が好まれる。しかし、現在は、ブラジル人らしい技術を身につける前に海外に移籍してしまう。国内で活躍して代表選手になってから海外に出ていくサイクルが崩れてしまった、という指摘だ。

サッカーを取り巻く環境もここ20年ほどで様変わりした。名手を生み出してきたといわれるストリートサッカーの場は都市開発で失われ、人工芝のコートがそれに取って代わった。ペトリは「待っていれば、タレントが出てくる時代ではなくなった」というのだ。

■協会の調査結果に「驚き」

2018年W杯でブラジルはベルギーに敗れ、4大会連続で優勝を逃した。ネイマールは好機を逃して頭を抱えた=関田航撮影

ブラジルサッカー協会(CBF)が画期的な取り組みに乗り出したのは13年にさかのぼる。同じ年に、スペインやポルトガルのクラブで活躍していたブラジル出身選手がスペイン代表で翌年のW杯ブラジル大会への出場を選択したことが、物議を醸していた。

当時のCBF会長の指示で、育成部がまず手をつけたのは、15~20歳のユース年代の選手がどのくらい海外に流出しているかを調べることだった。

欧州、南米、米国の10カ国で主要クラブを複数の担当者が手分けして訪ね歩いた。20日間の調査を1年かけて3回重ねた結果、CBFに選手登録の形跡のない有望選手が約160人も見つかった。ブラジルでは14歳になれば、選手登録が必要になる。1度でも登録されれば、国外に移籍しても追跡調査は可能だが、その網にもかからない選手が想定以上に存在していた。

当時、育成部長として各国に出向いたアレシャンドレ・ガーロ(52、元FC東京監督)は「調査結果は大きな驚きだった。なかには、その国の年代別代表にすでに選ばれて、将来のA代表候補と期待を集めている子もいた。我々の危機感は大きくなった」と振り返る。

調査は国内でも行われた。それまでは、17歳以下の代表チームを編成するとしても、サンパウロ州などの大きなクラブから選手を選抜するだけだったが、選考対象が多くの地域に広げられた。各クラブの育成部門の担当者が集められ、情報交換も重ねられるようになった。

だが、現在は選手の発掘調査の規模や予算は減少する傾向にあるという。CBF会長が交代するたびに育成部門のトップが入れ替わり、方針も変化しているという。

ネイマール不在だった南米選手権で、観客から声援を集めたのは、エベルトン(23)だった。代表23選手のなかで3人しかいなかった国内クラブ所属だったことで、ファンがシンパシーを感じたためだ。

サッカーを研究対象にしている社会学者のベルナルド・オランダをサンパウロに訪ねた。セレソンはもう憧れの存在ではなくなってしまったのだろうか。

「90年代に入ったころから、無名の若い選手でも欧州に出ていくようになった。彼らは国外で稼ぎ、現地の言葉をしゃべり、代表戦のときだけブラジルに戻ってプレーする。国内のファンと選手の関係は失われてしまった。かつてはセレソンに選ばれるのは大きな名誉だったが、いまは第1の目標ではなくなり、義務感のようになっている。グローバル化がサッカーを変えてしまった」

かつて世界中の憧れだったセレソンからは、ブラジルらしさもハングリーさも薄れつつある。W杯王者に返り咲く日は、もう来ないのかもしれない。