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ブレイディみかこ「多様性はややこしい。でも楽ばかりしてると無知になる」

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■「元・最底辺校」で起きるドタバタ

――一気に読みました。英国社会の荒廃を無料託児所などの光景から浮き彫りにしたルポや、政府の緊縮財政の愚を指弾する時評とは、ずいぶん雰囲気が違う気がします。

そうかもしれません。英国で周囲にいる人々や出会った人々を観察して書くのでなく、いままさに私自身の現場である子育ての日々を、初めて書いたノンフィクションなんです。

ロンドンの南、ブライトンという海辺の町で息子が通う公立中は、貧しい白人の子どもが多く、少し前まで学力的に最底辺校と呼ばれていたところです。それが音楽とか演劇とか、生徒がやりたいことをのびのびやらせるユニークな改革を重ね、生徒たちの素行も改善され、学力も上がってきた。

とはいえ、トラブルは日常茶飯事。移民問題や貧困問題が背景にあります。そこで起きる出来事をちりばめながら、思春期の息子と私たち夫婦のホームドラマの要素も入っているので、マイルドな印象もあるのでしょう。

単著は10冊目になるらしいのですが、今回は、より多くの読者に届くオープンな本にしたいと思いました。自分の主張は控えめにし、状況を皆さんに伝え、考えていただく。果たして面白いのかな、という気持ちもありましたけど。

――すごく面白いです。この手法だからこそ、今ひとつわかりにくかった英国社会の最前線の一端を、リアルに知ることができた気がします。

本当に、ぐっちゃぐちゃですからね。人種・民族にジェンダーといった軸と、階級という軸とが複雑に交差して。移民でもお金をためて一定レベルの生活をしている人もいれば、貧しく取り残された白人も多い。いろんなレイヤー(層)があって、互いに意識し、時に差別しあう。「多様性はややこしい、衝突が絶えないし、ない方が楽だ」って書きましたけどね。

いま英国は、3度目の大きな変化の波にあるといわれています。「揺りかごから墓場まで」で有名な福祉政策を打った労働党政権の「1945年のピープルの革命」が最初。そして次が80年代、福祉切り捨てや民営化などの新自由主義的路線に転じたサッチャー政権。90年代には「第三の道」を提唱したブレアの労働党政権が期待されましたが、失望に終わり、2010年から保守党が進めてきた緊縮財政によって、貧困層にしわ寄せが強まり、社会の分断が進みます。EU離脱をめぐり紛糾するいまは、3度目の波のさなかなんですね。

というわけで、ひどく大変な状況ではあるんですが、子どもたちはたくましい。日々、ぶつかりあい、迷い、考えながら、思いがけない方法で、突破していっている。乗り越えるというより「いなしていく」という言葉がぴったりかな。

たとえば、ぼろぼろの制服を着ている友達に、代わりの服をあげたいと思う。でもかえってそれは、相手を傷つけることにならないか。いざ口にしたら、案の定、不審の目を向けられた。とっさに息子は「君は僕の友達だから」と言ったんですね。

――絶妙の一言ですよね。

そのやりとりを目にしたとき、私が思い出したのは、例えばジョージ王子が通っている私立校をはじめとし、「ベストフレンド」という言葉は使っちゃいけない、という方針の学校が出て来た、というニュースでした。さすがにPC(ポリティカル・コレクトネス=政治的な正しさ)の行き過ぎだと、たたかれていたようですが、ほら、いいんだよ、助けたくなるかけがえのない友達がいていいんだよと、息子が示してくれた気がしました。

そういえば数か月前、マイクロソフトのワードファイルで、AIがPC(ポリティカル・コレクトネス)的に正しくなるよう私たちの文章を書き換えることが可能になるというニュースが話題になりました。PCを否定するつもりはありません。それは多様な社会で生きるために必要なものです。でも、あらかじめ問題になりそうな言葉が、「なぜいけないのか」を考える暇もなく排除されてしまったら、その言葉を吐かれた人の痛みといった現実的なことを考えてみる機会も、奪われかねない。深く理解することと、傷つけあって学ぶこと。2つが結びついている場合もあると思う。

■大切なのは「誰かの靴を履いてみる」こと

――ご本の中で、多様性は楽じゃないと伝えたブレイディさんに、息子さんが「楽じゃないものがどうしていいの?」と尋ね、「楽ばっかりしてると、無知になるから」と答える場面が印象的でした。

さっきの話に通じることです。今の時代、インターネットで何でも手に入れられると思いがちですね。でもそれで知識を得たことにはならないでしょう? 私、よく「地べた」という言葉を使うんです。「机上」に対する「地べた」。地べたで実際に人とぶつかる中から、本当の理解が生まれる。インテリジェンスというより、「叡智」みたいなもの。それが今の世の中、欠けていないでしょうか。頭で考えすぎて、空中戦になりがちな今の風潮をみていると、子どもたちの世界の方がよっぽど人間として大人で、まともに思えることも多い。

もちろん、物事を論理的に考えていく知的な作業の大切さも承知しています。あるとき、息子が「エンパシー」という言葉の意味を、学校のシティズンシップの試験で問われて、「誰かの靴を履いてみること」と回答したというんですね。これは英語の定型表現なのですが、シンパシー(同情する)と違い、エンパシーは自分と違う理念や信念をもつ人のことを想像してみる、主体的な力のことです。息子は、EU離脱などで分断が進む今の社会で、その力が大切になると教わったらしいです。

――ご本の魅力の一つは、そうした息子さんの聡明さですね。様々なバックグラウンドをもつ友人たち、先生、お母さんお父さん、道ですれ違う人たちまで、いろんな言葉や態度から、様々なことを感じ取り、考え、次に生かしている。

いえいえ、まったく聡明じゃないところもありますけどね。でも、もう13歳ですから、スポンジみたいな吸収力には驚かされます。えっ、そんなこと覚えていたんだと、はっとさせられることは多いです。

私も、一緒に学んでいく日々です。(続く)

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●ブレイディみかこさん プロフィール
保育士、ライター、コラムニスト。1965年福岡市生まれ、高校卒業後、渡英を重ね、96年からブライトン在住。本文中で紹介した著書のほか、「花の命はノー・フューチャー DELUXE EDITION」(ちくま文庫)、「アナキズム・イン・ザ・UK」(Pヴァイン)、「ヨーロッパ・コーリング」(岩波書店)、「子どもたちの階級闘争」(みすず書房、新潮ドキュメント賞)、「労働者階級の反乱」(光文社新書)などがある。