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フランスの「本屋大賞」受賞作が描く、人間の醜悪さと強靱さと

Bestsellers 世界の書店から
田辺拓也撮影

秋に出そろう新刊の評価が定まる前に、フランク・ブイスの『Né d’aucune femme(母なし子)』を紹介したい。

54歳の著者ブイスはフランスの田舎を舞台にした重厚なミステリーの書き手として知られる。地方に根ざした仏作家ジャン・ジオノや、米作家ウィリアム・フォークナーさえ彷彿(ほうふつ)とさせる本書では、フランスの「本屋大賞」ほか複数の賞を受賞した。

舞台は、おそらく19世紀。田舎の老神父が回想する。彼は若かりし頃、精神科の閉鎖病棟で亡くなった女性の衣服に隠された形で、ローズという女性の手記を託された。ローズは貧しい農家の4人娘の一人で、14歳の時、父親によって、わずかの金銭と引き換えに鍛冶(かじ)屋を持つ大きな館の主に売られる。

人里離れた館で、ローズは館主とその老母から陰湿で残酷な仕打ちを受ける。わずかに心に差し込む光は、厩舎(きゅうしゃ)係のエドモンが時折のぞかせる人間性であり、彼女を支えたのは読み書きを身につけ、表現したいという思いだった。彼女は新聞を盗み読みしては、ひとりで言葉を縫い合わせてゆく。

娘を売ったことを悔いた父親は娘を取り戻そうとするが惨殺され、ローズは繰り返し暴行され、後継ぎのいない館主の子を身ごもらせられる。エドモンの助けを受けて逃げようとするも失敗し、生まれた子どもは老母に取り上げられ、共犯者の医者が経営する閉鎖病棟に幽閉されてしまう。絶望的な運命の中、それでもローズはくずおれない。誰にも読まれないであろう手記をつづることで生き延びる。

孕(はら)み、生み出し、耐える。それが女性にも文学にも共通した符号だとすれば、本書は女性へのオマージュであり、文学の誕生への賛歌でもある。ローズはもとより、あまりに弱い父、運命に耐える母、深い陰を宿すエドモン、謎を追う神父ら─。奥行きのある人物たちの視点が交差し、人間の醜悪さと同時に、女性的なるものの強靭(きょうじん)さと崇高さが、館の前に広がる荒涼とした森とともに、月明かりに美しく照らし出される。その自然描写は、作者が農家の家系ゆえか、どの一文も鮮明な像を結んで、深く心に食い込む。純文学と大衆文学に境目をつけないフランスならではの、今年を代表する傑作の一つだろう。

2040年、近未来のフランスは

フランスを代表するSF作家、アラン・ダマジオの『Les Furtifs(フュルティフ-見えざるもの)』は、前作から15年という長い時間を置いて発表された700ページ近い大作である。近未来を舞台とした、文学性が高いと同時に政治的メッセージの強い作品でファンが多い。

最初からぐいと引き込まれてしまう。ストーリー展開はもとより、斬新な文体、語彙(ごい)の豊富さとリズムがなんとも快い。

舞台は近未来、2040年のフランス。都市は多国籍企業に買い占められ、人々は監視社会に生きている。その代償に、すべての欲望はそれを言語化する前に満たされる。公共の施設は消滅し、市民は貧富の差によって等級分けされ、例えば優待市民ならば渋滞時間にも問題なく通行できる。

そんな時代に生きる主人公のロルカは、娘の蒸発という悲劇によって妻と対立し、別れることになったが、彼は娘がえたいの知れない生き物「フュルティフ」に誘拐されたと確信している。そのため、超難関試験を突破し、フュルティフ狩りをするエリート捕獲部隊に加わる。

その神秘の生命体は、植物、動物、鉱物、細菌などあらゆるものの総体のような存在で、音は発するが見えない。周囲のものに合わせて変幻自在。見られたら最後、死んでしまう。

娘を取り返すためにフュルティフ狩りをするロルカを中心に、主要人物は6人。ひとりの視点からだけでなく、ひとつの場面を複眼的、同時的に語らせる手法はダマジオ独特のもの。「音の色」に重きを置き、人物ごとに文体の音色(子音や母音の組み合わせ)をみごとに描き分けている。

作者ダマジオは、来たる監視社会を逃れる術を、人間の身体性と想像力に見る。人間の潜在能力を衰えさせるテクノロジーより、生命体の進化した形に希望を託す。前もって誰かが用意したシナリオを生きるより、新たな生のあり方を創造し、提示することで、究極の資本主義社会に「革命」を用意する。具体的かつ政治的で文学的な傑作と、高い評価を受けている。

孤独な老女、最後の望み

アラン・ダマジオの『Les Furtifs』と対照的に、デルフィーヌ・ドゥ・ヴィガンの『Les gratitudes(感謝)』は、近親者のない孤独な老女ミシュカが言葉を失ってゆく過程をたどる、親密でひそやかな物語だ。

ミシュカの終(つい)のすみかとなる養護施設の部屋が舞台で、登場人物は3人だけ。幼い時、ミシュカから親に代わる世話を受けた恩のあるマリと、施設で老女の言語矯正に携わる職員ジェロームのふたりの視点から、ミシュカの現在と過去が語られる。ジェロームは父親と絶縁状態に近い形にある。マリは相手が望まぬ子を宿している。

言語能力が日に日に落ちてゆく中、ミシュカの最後の望みは、戦争中にナチスの手からかくまってくれた、名も定かでない夫婦を見つけ出して、感謝の意を伝えることだった。マリは、可能性はほぼないと知りつつ、ミシュカの望みをかなえるために新聞広告を出す。

人生が終わろうとする時、人にとって一番大切なものは何か、を静かに問う作品である。

フランスのベストセラー(フィクション部門)

Lire 9月号より

1 Les victorieuses

Laetitia Colombani  レティシア・コロンバニ

疲れ切った女性弁護士が多様な境遇の女性たちと出会い、目を見開かされる。

2 Né d'aucune femme

Franck Bouysse フランク・ブイス

父親に売り飛ばされた女性の手記を託された神父が、過酷な物語の謎を追う。

3 Les Furtifs

Alain Damasio  アラン・ダマジオ

テクノロジーにアイデンティティーを支配される近未来を舞台にしたSF小説。

4 Les gratitudes

Delphine de Vigan デルフィーヌ・ド・ヴィガン

言語能力を失いつつある老女の姿を通して、老いと生きる意味を問う。

5 Arcadie

Emmanuelle Bayamack-Tam エマニュエル・バヤマクタム

現代社会に適応できない人たちの理想郷的団体と移民たちの出会い。

6 Les sept mariages d'Edgar et Ludmilla

Jean-Christophe Rufin ジャンクリストフ・リュファン

7度結婚し、6度離婚したあるカップル。愛し合うとはどういうことなのか。

7 La vie secrète des écrivains

Guillaume Musso ギヨーム・ミュッソ

筆を折ったベストセラー作家の秘密を女性ジャーナリストが探る。

8 Transparence

Marc Dugain マルク・デュガン

2060年代、不死を追求するスタートアップ企業をめぐる近未来小説。

9 Ghost in Love

Marc Levy マルク・レヴィ

著名ピアニストのトマは父親の幽霊といっしょに旅に出ることになった。

10 Surface

Olivier Norek オリヴィエ・ノレック

警察官でもある著者が、女性警察官を主人公に描く迫力のサスペンス。