アグネス・チャンが問う、グローバル教育に必要な3つの質問

私が初めて日本に来たのは1972年。その時、中国の事を聞かれて、あわてました。
香港というイギリスの植民地で育てられた私は、学校で中国のことはあまり教えてもらえませんでした。
外国の方から見れば、私は中国人。
でも、香港では中国人である事を感じさせない植民地教育でしたので、自分は何人なのか、よく考えたこともなかったです。
異国に来て、中国についていろいろ聞かれた時、とっても恥ずかしかったです。
そこから、改めて勉強し始め、中国の歴史を学びました。
中国が開放政策を始めた1980年代に、母の故郷に帰りました。
親戚の集まりで、私の小さい時とそっくりな女の子がいました。
「似ている」と血が繋がっている事に気づきました。
出されたご飯は母が作ってくれた料理と同じ味でした。
食べた時、胸が熱くなって、泣いてしまいました。
先祖のお墓の前に立った時、
自分は中国人である事を実感し、
複雑な現代史の中に、私の家族は生きているのだと痛感しました。
うちの子ども達は日本の父と中国の母の元で生まれました。
2つの祖国を持つのは幸せなのか?大変なのか?
彼らに自分のルーツを深く考えて欲しくて、小さい時から日本と中国両方の歌や物語、食べ物、お祭り、しきたりをいっぱい教えました。
さらに私はイギリス国籍の中国人でもあります。そのバックグラウンドも理解して欲しくて、西洋的な文化も取り入れました。
息子たちがアイデンティティを確認できるように、心がけて教育しました。
自国の歴史をいろいろな角度から見られるようになって欲しかった。
そのために、いろいろな言葉で世界史を読むように言いました。
私の宗教はキリスト教なのですが、息子達には自由に信仰を選んで欲しかった。自分たちで宗教についていろいろ勉強するように勧めました。その結果、3人とも無宗教になりました。
とにかく、彼らが胸を張って、自分は誰なのかと言える人間になって欲しかった。
いま息子たちはみんな成人しています。
私から見れば、グローバルな人間に育ったと思います。
私は誰? どうしてここにいるの? これからどこへいくの?
この3つの質問をご自身に、あるいは、自分の子ども達に聞いたことがありますか?
つまり「自分探し」。日本でよく聞く言葉です。
言い換えるとアイデンティティの確認です。
グロバール教育はまず、この自分を知る事から始めないといけないと思います。
「私は誰?」Who?
この質問に答えるために、自分に問いかけるものがたくさんあります。
まず自分を知るには、自分の所属しているグループを知る事から始まります。
私は女?男?それとも、よくわからない?
私は誰の子ども?親って、どんな人?
日本ってどんな国?
このアジアという地域の特性は?
地球って、どんな惑星?
太陽って、どんな星?
さらに、
私の学校はどんな学校?住んでいる地域はどんな土地柄?
私の宗教は?その由来は?
もっと細かく掘り下げていくと、
私は黒髪、世界で黒髪の人々って、どこに、どのくらいいるの?
私は近視、目が良くない人って、どんな共通点があるの?
私は左利き、左利きの人は右利きの人と比べて、どう違うの?
私は長男、弟とどこが違う?
自分を知るというのは、人々の歴史、文化、生活を知る事です。
考えれば、考えるほど、自分はいろんな人と繋がっていることに気付くはずです。
一人を理解するには、全体を理解することが大切です。
2つ目の質問。「どうしてここにいるの?」Why?
これは自分の人生を人類の歴史との繋がりで理解することです。
ご先祖はどこで生活して、どこに移動したのか?
どんな出来事によって、日本は今のような国になったの?
父親と母親はどうして知り合い、いつからここに住んだのか?
私はどこで生まれた?
生まれてから、なぜここにいるの、どうして?
3番目は「これからどこへ行くの?」Where?
この質問は今と未来の自分像を描いていきます。
自分は何が好き?
どこで住みたい?
何を学びたい?
誰といたい?
どんな仕事をしたい?
夢がいっぱい膨らんでいきます。
真剣に考えることで、子どもは成長していきます。
自由に生きられるのは幸せな人生の条件です。
そしてその自由はあくまで「自分にとって」ものです。
自分を知らないと、何が自分にとっての自由なのかわからない。
つまり、自由は手に入らないのです。
だからこそアイデンティティ確認は幸せになるために必要なプロセスです。
そうでないと、人に言われるままに行動してしまったり、
目標も夢も定めることができず、さまよう日々を過ごしたりすることになります。
だから、自分を知ることこそ、人間形成の基本中の基本です。
グロバールの時代に、自分を知らない人は自分の事を見知らぬ人に説明ができない。
説明する時に、深い話もできない。
自信を失ったり、信頼されないようになったり、
無知の人と思われたりします。
でももし頭の中で自分についての知識が整理されていれば、胸を張って自己表現ができます。
私の息子たちは自分の事を理解し、人との違いを認め、自信を持って外国で生活できています。
過大な自己評価もせず、過小な自己評価もしない、程よく自分たちの夢に向かっているように見えます。
3人とも性格も、人生の目標も違います。
でも兄弟間でお互いに自分の価値観を押しつけたりはしていないのです。
アイデンティティは自分の根っこを確かめる事です。
しっかりした根っこがあれば、雨風にも負けずに自分らしく生きていけると思います。
どこへ行っても、誰と会っても、自分の価値観を持ち続けることが出来るのです。
しかし、一度確かめたアイデンティティでも、迷いは何度もやってきます。
心理学者は人生の中でアイデンティティ危機が3度あるといいます。
1回目は思春期。子供と大人の境目でさまよう。
2回目の就職や結婚の時。人生の大きいな決断に迷う。
3回目は子供達が巣立ちして、大きい目標を失った時です。
長男は昨年結婚しました。1回目と2回目の危機を乗り越えました。
次男と三男は1回目の危機は確実に乗り越えたが、2回目にうまくいくでしょうか。
私自身は今、3回目のアイデンティティ危機に立ち向かっているように思います。
子どもがみんな成人して、自分は引退する年頃になりました。
これからさらに経験を生かして社会貢献していくべきなのか、残り時間をのんびり、無目的でエンジョイするべきか、とっても迷っています。
自分探しは人生の課題ですね。
自分を見つけた人だけが、迷うことなく楽しい、幸せな人生を送ることができるのです。
私自身も「私は誰?」「どうしてここにいるの?」「これからどこへいくの?」を改めて、自分に問いかけて見ようと思っています。
■「アグネスの子育てレシピ」、次回は10月20日(日)に配信予定です。