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店舗がない「ゴーストレストラン」、1年で3割廃業の飲食業界を救うか

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20坪の敷地内に四つのキッチンが並ぶ

■20坪に四つのキッチン

東京の「住みたい街ランキング」でいつも上位に名が挙がる中目黒。駅にほど近いビルの2階、もともと中華料理屋だったという20坪ほどの一室に「キッチンベース」はある。

改装された店内に四つの真新しいキッチンが並ぶ。業務用冷蔵庫やコンロなどが備え付けられ、それぞれのキッチンの横には宅配の注文を表示するタブレット端末も取り付けられていた。注文を受け、料理ができると、宅配代行サービスの配達員が来て料理を受け取り、届け先へ向かう、という仕組みだ。

キッチンベースでは、20坪ほどの敷地内に四つのキッチンが並ぶ

「普通に都内に店舗を構えると1千万円以上は必要。でも、ここだと50万円程度の初期費用しかかからない。少ないリスクでチャレンジできる」。そう話すのは油そば店の佐々木大夢さん(24)。埼玉県八潮市に実店舗があるが、都内進出の足がかりとして、まず「ゴーストレストラン」で2店舗目を開き、客のニーズを把握するのが狙いだという。

仕込みから調理までを佐々木さん一人だけが担う。このキッチンに客は来ないので、接客スタッフを雇う必要はない。注文はオンラインで端末に表示され、確認はボタンを数回押す程度で済む。電話もかかってこない。配達員に渡せば、あとは注文先まで届けてくれる。

注文のあった油そばを作る表情は真剣そのものだ

宅配代行サービスの広がりとともに米国からこうした業態が広がり、「クラウドキッチン」「バーチャルレストラン」などとも呼ばれている。自前で作ると大きな費用がかかるキッチンを間借りして、料理作りに専念するというわけだ。初期費用さえ払えば、あとの支出は毎月の家賃と光熱費、それと各店舗で使う材料費などのみだ。

■シェア仲間とつながり生む

キッチンベースには、油そば店のほか、ハンバーガー店、タイ料理店なども入居している。めざす味も調理方法も大きく異なる店がキッチンを並べることで、思わぬ効果も生まれている。

「ラーメン屋って、話し相手はラーメン屋の人ばかり。ここでは他の店の人とすぐに話し合えるし、試作品の味見をしてもらったり、新しいアイデアがもらえたりする。いろんなことを学べる」と佐々木さん。ハンバーガー店の知花俊さん(33)も「切磋琢磨(せっさたくま)というより、一致団結している。PRの方法とか、情報交換とか、みんなで盛り上がりながらわいわいやっています」。

試作した料理の味見をして意見を言い合う各店舗の店員ら

6月のオープン直後から、メニューをカスタマイズしたり、量を細かく設定し直したり、相談し合いながら試行錯誤の日々が続いているという。めざす目標もそれぞれ違う。

店で「ドンちゃん」とあだ名で呼ばれていたタイ料理店のチュアパン・チャンロウさん(32)は、いつかは自分のレストランを開くのが夢だ。「ゴーストレストラン」で店を始めて、メリットの多さを実感したという。「店を開くのはお金がかかるし、誰も知らない土地で開業するのも大変。でもここは店のPRもやってくれるので、ウィンウィンの関係になっている」と話す。宅配代行サービスとのやりとりや、店のチラシ作りなどはキッチンベース側が担ってくれるからだ。「ここで自分のスタイルで挑戦して、自分のブランディングをしたい。そして次のステップへの一歩目にしたい」

料理を仕込むタイ料理店のチュアパン・チャンロウさん

■飲食の構造的課題解決したい

キッチンベースを始めたのは山口大介さん(27)。IT業界、スタートアップの立ち上げなどに携わった後、シェアリングエコノミー関連の事業を模索し、「ゴーストレストラン」に行き着いたという。

キッチンベース代表の山口大介さん。後ろには配達用の端末が並んでいる

「例えば脱サラして夢を持って飲食店を開業したとしても、最初の年の廃業率は3割。これは驚異的な数字。1千万円、2千万円かけて開店したのに、ハイリスクすぎる。でもチャレンジすることは大事で、ならコストを少なくして、チャレンジしやすい環境を整えたい、というのがきっかけです」

「ゴーストレストラン」を始める前に、山口さんは宅配専門の飲食店のニーズがどれくらいあるか、浅草で実際にサンドイッチ店を数カ月間出して検証した。その時感じた苦労や手間が、キッチン作りに役立ったという。

まずは立地。浅草は人は多いが、宅配代行サービスの浸透度がいま一つだったという。配達の注文が多いエリアはどこか、そしてどういう傾向があるかを、IT業界で培った技術力を駆使して調べた上で、中目黒にキッチンを作ることに決めた。宅配エリアは3キロ圏内で、一日に200件程度の注文があるという。

宅配代行サービスとのやりとりは、入居する店ではなくキッチンベースが担うことにした。「出前館や楽天デリバリーなど、業者ごとに端末の操作が異なっていたりするが、これが結構つらいね、となった。宅配に特化したところだからこそ、宅配ならではのワークフローが必要になる」と話す。

独自のシステムを作り、商品ごとのリピート率などのデータを集め、入居する店と共有しているという。「配達代行の業者を1社だけにすると楽だけど、それだと注文を受ける機会が失われてしまう。いろいろなプラットホームに顔を出しておくと、反応が全然違います」という。

新しい料理の研究をするチュアパン・チャンロウさん(中央)を、他の店舗の店員が見に来た

また、「ゴーストレストラン」ならではの事業も自ら始めた。四つあるキッチンのうちの一つは自分たちで運営しており、そこでは野菜サラダやスムージーなど四つのブランドを展開しているという。「普通は一つの店で一つののれん。こういうことができるのも強み」と話す。

山口さんがこうしたキッチンのシェア事業の先に見ているものは、何だろうか。「ただの不動産ではなく、システムを使って飲食店をサポートできる場所作りをしたい」。山口さんは言う。

キッチンベースの立ち上げ前に相談した人からは、否定的な意見を言われた。「同じ商圏で戦うライバル店同士が、同じ場所にいることになる。仲が悪くなるから、やめたほうがいい」。それでも山口さんは「店同士が助け合いながら、課題の解決に向かってコミュニティーを作っていける」と考えて事業を始めた。

山口さんの狙い通り、キッチンベースにはそれぞれの店が協力しながら、よりよい一品をめざして助け合う姿があった。「スタートアップなので、小さく生んで大きく育てる。うまくいけば、2店舗目、3店舗のシェアキッチンを出していきます」