1. HOME
  2. World Now
  3. イージス・アショア配備、防衛戦略の議論が起きない不思議

イージス・アショア配備、防衛戦略の議論が起きない不思議

ミリタリーリポート@アメリカ 更新日: 公開日:
米ハワイ州カウアイ島のイージス・アショア実験施設=相原亮撮影

陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の秋田県への配備を巡って、防衛省の報告書に初歩的ミスがあったり、地元説明会に出向いた防衛省担当者が居眠りしたりといった失態から、地元では配備反対の声が高まっている。ただし、軍事的観点から問題なのは、このような問題が起きたにもかかわらず、イージス・アショアの導入や弾道ミサイル防衛態勢に関する本質的な議論が国会やメディアで取り上げられていないことである。(軍事社会学者・北村淳)

防衛省の緩みが問題なのか

たしかに多くのメディアが今回の失態を取り上げてはいる。しかしそれら報道の多くは、秋田県への配備を説明する過程で露呈した防衛省担当者たちの「緩み」への非難に問題を矮小化してしまっている。

また、地元住民や秋田県側のイージス・アショア配備に対する反発も、防衛省の安全性に関する説明の杜撰さが引き金になっていると見られ、輸送機オスプレイの日本配備と同様に、「安全性への疑義」から生じていると言えよう。

もちろん、防衛当局の失態を批判的に見ることも、地元住民への安全配慮も欠くべからざることではある。しかしそれは、イージス・アショア設置の必要性や、弾道ミサイル防衛システムの増強の是非など国防戦略レベルの議論が等閑視されてよいということではない。

多数の弾道ミサイルが突きつけられている日本

そもそも日本防衛にとって、イージス・アショアは必要かと問われれば、現在の日本の軍事能力に鑑みると、「国民の生命財産を弾道ミサイル攻撃から防御する可能性を少しでも高めるためには必要である」と答えざるを得ない。なぜならば、日本を攻撃できる弾道ミサイルを保有する(軍事的意味合いの)非友好国は、日本政府がイージス・アショア調達の口実にする北朝鮮だけではないため、日本としてはできるだけ多くの弾道ミサイル防衛システムを装備する必要に迫られているからだ。

中国は北朝鮮とは比較にならないほど高性能な日本攻撃用各種弾道ミサイルを大量に保有している。それらの弾道ミサイルは稚内から与那国島まで日本列島全域を射程圏に収めている。中国の対日攻撃用弾道ミサイルには、核弾頭より実際に使用するハードルが数段低い非核弾頭も搭載されるため、日本にとっては最大の軍事的脅威である。そのため、中国軍の強力な対日ミサイル攻撃能力は、中国の日本に対する外交的優位を支えているのだ。 

イージス・アショアの配備候補地となっている陸上自衛隊の新屋演習場(中央)=秋田市新屋町、朝日新聞社ヘリから、福留庸友撮影

中国だけではない。いまだ日本とは平和条約を締結していないロシアも、日本の戦略要地に照準を合わせた大陸間弾道ミサイルを手にしている。もっとも、ロシアの弾道ミサイルには核弾頭が搭載されているため、中国の弾道ミサイルに比べると、使用される可能性はぐっと低くなる。

中国、北朝鮮、ロシアに加え、日本ではほとんど取り上げられないが、最近は日本との軍事的関係が良好とは言えなくなっている韓国もまた、日本に撃ち込める弾道ミサイルを保有している。韓国の弾道ミサイルは九州と四国全域、それに富山県・岐阜県・愛知県以西の本州を射程圏に収めている。非核保有国である韓国の弾道ミサイルには、核弾頭は装着されていない。そのため、なおさら日本にとっては危険な存在と言える。

このように日本は、台湾を除くすべての隣接諸国から弾道ミサイルを突きつけられる可能性があるのだ。 

弾道ミサイルから身を守る方策

このような状況では通常、我が国も弾道ミサイルを装備し反撃、場合によっては先制攻撃する能力を手にして「恐怖のバランス」をとり、双方にとって抑止効果を生み出すことになる。しかし、日本はそのような軍事常識を自ら放棄しているため、「弾道ミサイルには弾道ミサイルで」という選択肢はない。

そのため日本が弾道ミサイル攻撃から身を守るには、

1)「日本を弾道ミサイルで攻撃した場合、アメリカが日本に代わって報復攻撃を加える」というレトリックを弾道ミサイル保有国が恐れ、対日攻撃を躊躇することを期待する

2)日本に飛来する弾道ミサイルを撃墜する可能性がある弾道ミサイル防衛システムを手にし、何発かの弾道ミサイルを撃ち落とす

この二つの方策しか現時点では存在しない。

1)の方策を実施するには、常日頃から日米同盟が強固なものであると国際社会にアピールし、アメリカのご機嫌をとる態度を取り続けなければならない。まさに昨今の安倍政権が推し進める対米姿勢である。もっとも、このようなレトリックが抑止効果を発揮するかどうかは、対日弾道ミサイル攻撃能力を手にした国々の判断に左右されることはいうまでもない。

2)の方策は、日本自身の防衛努力になる。しかし、肝心の弾道ミサイル防衛システムは、駆逐艦搭載型イージスBMDシステム、地上配備型イージス・アショア、地上配備型THAAD(日本は未だ購入していないが)、地上配備型PAC3のいずれもアメリカから輸入しなければならない。弾道ミサイル防衛システム配備の強化は、アメリカの懐を潤す効果ももたらし、アメリカ政府や防衛産業の歓心を買って(1)にも貢献する。

加えてアメリカにとって都合が良いことには、日本が日本海上空を飛来する弾道ミサイルに対抗するためにイージス・アショアやイージスシステム搭載艦を増強すると、日米同盟の名の下、アメリカ自身の弾道ミサイル防衛にとっても有用になる。なぜなら、中国がハワイ州オアフ島の米軍重要拠点を弾道ミサイル攻撃する際には、ミサイルは日本列島(東北地方)上空を通過するからだ。また、中国や北朝鮮がグアム島の米軍施設を攻撃する場合も、やはり日本列島(中国地方)上空を通過する。

長春市郊外から弾道ミサイルを発射してオアフ島の米軍基地を攻撃する場合の弾道(筆者作成)
 
長春市郊外から弾道ミサイルを発車してグアム島の米軍基地を攻撃する場合の弾道(筆者作成)

米海軍は現在も中国による、そして中国より脅威度は大幅に低いが北朝鮮によるハワイ攻撃やグアム攻撃に備え、イージスBMDシステム搭載艦(巡洋艦と駆逐艦)を日本海に展開させている。もし日本がイージス・アショアを東北地方と中国地方に配備することになれば、それらの弾道ミサイル防衛用軍艦を別の任務に用いることができるようになる。中国海軍の戦力が飛躍的に増強され、ロシア海軍も復活の兆しがあり、相対的戦力の低下にあえぐアメリカ海軍にとって、日本が配備しようとしているイージス・アショアは救いの神なのだ。

秋田県への設置は「不動の既定方針」

イージス・アショアを秋田県と山口県に配備すれば、日本全土をカバーすることができるという防衛省の説明は間違ってはいない。したがって、防衛省の計画通りにイージス・アショアを配備することは日本にとっても、アメリカにとっても有用である。秋田県などの地元で配備反対の声が強くなっても、沖縄の辺野古同様、安倍政権は万難を排して配備を推し進めることになるだろう。それは上記(1)の“防衛政策”こそが、日本にとって最大の国防戦略であり、不動の既定方針であるからだ。