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コードネームは「山崎」「響」 過去最大の買収、社長が明かす舞台裏

A European CEO's Challenge フランス人社長 老舗を背負う 更新日: 公開日:
2018年5月、東京でシャイアー買収の記者会見に臨んだクリストフ・ウェバー社長=ロイター
Takeda Pharmaceutical Co. President and Chief Executive Officer Christophe Weber attends a news conference in Tokyo, Japan May 9, 2018. REUTERS/Kim Kyung-Hoon

――シャイアーとの統合はどう進んでいますか?

いいペースで進んでいます。私は、武田とシャイアーが拠点を持っている米ボストン、スイスのチューリッヒなどで社員との多くの集会に参加しています。そこでは社員から、研究開発の戦略、統合プロセス、拠点選びなど多くの質問が出ます。ボストンでは二つの会社の拠点のうちどちらを残すかを決めましたが、どちらを残すかまだ決まっていない拠点もあり、その点についての質問も出ました。

社員の間には自分たちの将来の役割について多くの不安があり、それらの疑問には答えたいと思っています。社員の役職や役割については、年内に明確にできると思います。ただ、両社のシステム統合は、世界で34カ所の製造拠点を抱えていることもあり、23年かかるかもしれません。

両社には経営手法にも違いがあります。武田は分権型ですが、シャイアーはより中央集権型です。シャイアーは事業の6割以上が米国に集中している一方、武田の事業は米国、日本、欧州・カナダ、新興国の4つに分かれていて、地域の事業会社に多くの権限を与えています。おそらく、CEOの性格によるところもあるでしょう。 

米国のテレビ番組に出演する武田薬品工業のクリストフ・ウェバー社長=五十嵐大介撮影<br> Takeda CEO Weber appeared on a US business news program, shown on a wall screen in Takeda headquarters lobby (photo by Igarashi Daisuke)

――シャイアー買収の検討はどのようにして始めたのですか?

2017年の時点で、(うつ病やパーキンソン病などの)神経精神疾患領域事業の部分的な買収の検討を始めました。武田はがんや神経精神疾患などに集中してきましたが、シャイアーも神経精神疾患の領域に注力していたという観点からです。その後、シャイアー全体の事業を知るにつれ、彼らがもつ希少疾患や血液製剤の領域も、武田の研究開発分野との相性がいいと感じるようになりました。

さらに、地理的な相性も良かった。武田は日本を代表する製薬メーカーで、これからもそうあり続けます。米国では我々の存在感は小さかった一方、シャイアーの米国事業は大きかった。両社とも米国のボストン、スイスのチューリッヒに拠点を持っていることから、統合面でも相性が良かった。そこから、会社全体の買収を検討しはじめました。

 

――経営陣の中では当初、反対意見などはありましたか?

多くのリスクについて、懸念や疑問が出ました。(買収先が)大き過ぎるのではないか? 企業文化的に二つの企業を統合できるのか? 製品の価値は何か? 見通しはどこまで信頼できるのか? 最終的には200ほどの疑問が浮かび、議論のたびに多くの質問に答えるという作業を繰り返しました。

 

――どうやって経営陣を説得したのですか?

ファクト(事実)とデータ、リスク分析です。彼らの製品の価値がこのぐらいだとしたら、どのようなシナリオになるのかというように、多くのシナリオ分析もしました。20179月から議論を始め、6カ月間費やしました。これほど大きな決断は、もちろん私の独断では決められません。2018年初め、経営陣全員の意見を聞き、買収をすべきだという方針を決めました。その数週間後の326日の取締役会で、買収提案をする最終判断をしたのです。 

――半年というのは短い期間に聞こえます。

外部のコンサルタントなどと買収の検討を始めたからには、早く動く必要があります。情報のリークのリスクも相当大きかった。買収提案をする最終決断の前にリークされることが、最悪のシナリオです。これは今まで口外してきませんでしたが、もし我々の最終判断の前にリークされたら、シャイアーの買収はやめるつもりでした。

武田の変革を加速するうえで、シャイアーの買収はとてもユニークな機会となるもので、逃すことができない機会だと感じていました。それでも、我々はすでに研究開発部門の改革にも踏み切っており、ビジネスも成長しています。次の主力製品の特許が切れる時期も2026年と、まだ時間があります。なので、シャイアー買収は義務というわけではありませんでした。買収をしなければいけないというプレッシャーがあったわけではなく、いつやめても問題はありませんでした。

 

――どうやって秘密を守ったのですか?

コードネームを使いました。買収にかかわるすべての社員には、明確な守秘義務も持たせました。

 

――コードネームは「山崎」と「響」だったとか?(サントリーのウイスキーの商品名。シャイアーの本拠地のアイルランドは、ウイスキー発祥の地として知られる)

その通りです。最良のアイデアだったかどうかはわかりませんが(笑)。 

――交渉ではシャイアー側から3度にわたり、提案を拒否されていますね。

(英国の株式市場に上場していた)シャイアーの買収交渉が報道された時点で、交渉期限が設けられます。我々は2018328日に正式に交渉をはじめたことが報道されたため、4月末が期限となりました。我々が何度も提案をせざるを得なかったことから、メディアでは我々が高い金額を払わされたと報じられました。ですが、我々の提案額はとても低いところから交渉を始めており、我々経営陣で合意した上限額よりは低い金額で合意することができました。

 

――シャイアーの(当時の会長)スーザン・キルスビーはタフな交渉相手でしたか?

彼女は投資銀行での経験もあり、とても経験のある交渉人です。ですが、我々も3つの金融機関のアドバイザーを率いていました。買収後、スーザンはシャイアーを離れましたが、スティーブン・ギリス、イアン・クラーク、オリビエ・ボユオンの3人は、武田の社外取締役として残っています。

 

――シャイアーとの統合で最も大きな課題は何ですか?

最大の課題は、統合の規模です。とても短い時間で、多くのことを再構築しなければなりません。たとえば、報酬制度も両社で全く違うので、再構築する必要があります。我々は昨年5月、企業統合にかかわる専門のチームをつくりました。彼らが手がける作業は、職務上の肩書、報酬、人事制度など1200項目にものぼります。この統合チームには、多い時で両社からそれぞれ120人ずつ参加していました。これらの作業の大半を買収完了から1年でやろうと考えています。毎月進捗状況をみており、順調に進んでいます。

 

――製薬業界はM&Aが繰り返されてきましたが、必ずしも成功しているとはいえません。課題を乗り越えるうえで、カギは何ですか?

ひとつは明確な戦略を持つことです。武田は2016年に研究開発部門の再編に取り組むことを公表しましたが、この流れを変えるつもりはありません。製薬業界は研究開発に莫大なお金がかかるためリスクも高く、したがって多額の研究開発費を生み出せるだけの規模の大きさが重要です。世界のトップ10の製薬企業をみてみると、すべての企業がM&Aを通じて大きくなっています。成功したかどうかという問題ではありません。

 

――武田もさらなるM&Aが必要になるのでしょうか?

製薬業界のM&A20年以上続いています。この傾向はこれからも続いていくでしょうが、それはゆっくりとしたものになるでしょう。我々の業界は他の業界に比べ、あまり統合が進んでいないという要素もあります。我々はステップ・バイ・ステップでいきます。私たちは長期的な視点でみており、(新たな買収を)急いで進めるつもりはありません。今は、目の前の統合を急いで進めていきます。

次回は、役員報酬制度を含む武田の企業統治などについて聞きます。