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「仕事イコール人生」の真意を話そう 元伊藤忠会長、元中国大使 丹羽宇一郎

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――立て続けに本を出されています。

若い人たちに向けて書いています。杞憂なら良いのですが、いつの時代でも多かれ少なかれ言われていましたが、最近はSNS、スマホ等ばかりで、人との直接の対話が少ないせいか、強い向上心,競争心が欠けてきている、そんな声が大きくなっています。

今の日本の若者の多くは元気がない。現状に満足、不満もない、将来に対する夢や希望もない。競争心もなくしている。日本人同士の狭い世界でドングリの背比べをして、隣の人と同じであればよしということで満足している。でも、世界はものすごい勢いで発展し、若い世代が猛烈に勉強しています。

いまの若い人たちは海外に行きたがらないが、海外に行っていろいろなものを見てこないと太刀打ちできないでしょう。中国の若者もどんどん米国を始め海外に留学して、現地の人たちと交流しています。もちろん、個人として彼らと競い合うことのできる人はいるでしょう。でも、国として見た場合、このままいけば日本は蚊帳の外、平均力でかなり下がり始めているようです。

■アメリカのエリートの勉強ぶりに驚いた

――丹羽さんが先日、出版された『仕事と心の流儀』(講談社)でも、ニューヨーク駐在のときに出会った、猛烈に働く米国のエリート社員の話が出てきます。

30代の頃ですね。憧れのニューヨーク勤務になって天狗になっていた時に、一流大学を出て一流企業に勤める知人の家を訪れました。夜は早く帰って子供の面倒を見ているとか言っていたけど、冗談じゃない。書斎に入ったら、デスクの上に書類や読みかけの本が山積みになっていて、それでも収まりきらない本や書類がじゅうたんの上に積んである。同年代のアメリカのエリートはこれだけ勉強しているのか、と驚きました。

――海外のエリートはよく勉強しますね。

そう。そこで私は本が好きなもんだから、彼に「学生時代、どんな本を読んでいたの?」と聞いたら、チャーチル元英首相が書いた全4巻の『A History of the English-Speaking Peoples(英語圏の人々の歴史)』だという。アメリカの上流層の家庭では大学の入学祝いに父親がこの本を贈るのが一般的だと聞いて、そもそも優秀な彼らが、さらに色々なかたちで勉強しているのだから、負けてはいけないと思いました。私も大いに刺激を受けて、担当していた食料分野について自分なりに時間の許す限り徹底的に勉強し、そのうち新聞に分析記事を書いたり、帰国後は大学院で講義を頼まれたりするようになりました。世界に出て一流の人と会い、彼らの生活を知ることで、仕事や人生の深さを知ることができるんです。

清く正しく美しく

――本と言えば、丹羽さんは読書家としても知られ、読書に関する本もたくさん出されています。ご実家は名古屋で書店を営まれていたそうですね。

店の名前は「正進堂(しょうしんどう)」というんです。この年になって思えば、何事も過去の人生を肯定的に考える年代になったからかも知れませんが、小さいころから私は祖父母や両親から、店の名前のように、正しく進めとたたき込まれていた様に感じるようになりました。清く、正しく、美しくって,言葉で言うのは簡単だけど、この言葉のように生きることは、人生で最も難しいことです。

伊藤忠の社長になってから、社員に「清く正しく美しく生きよう」と話したら、内心ではバカにされたようでした。小学校じゃあるまいし、大企業の標語としてどうなんだと(笑い)。社員はそんなに立派になっているのかなあと正直自尊心の強さに驚き、社長として逆に反省し、ゆっくり教育しなくてはと思いました。

読書家として知られる丹羽さんは、本を読んでいて気になった個所に線を引き、週末にまとめてノートに書き写す。自分の手で書くことによって記憶に残るという。ページ一面に小さな字がぎっしり書きこんである

――社長になってから約4000億円の不良債権を一括処理して、経営をV字回復させました。このときも、子どもの頃の「教え」が生きたようですね。

社員には「我々、伊藤忠商事の社員はうそをつかない。美しく、生きるんだ」と言いましたが、人間は理性だけで生きているわけではない。虚栄心や保身もある。都合の悪いことは言いたくありません。「もうこれ以上、不良債権はないか」と聞く度に、「いや、実は……」とあらたな不良債権が出てきた。そこで私も給料を全額返上し、「いいか、これ以降、隠している不良債権が出てきたら会社を辞めてもらうぞ」と言ったら、そこでまた、どっと出てきて4000億円です。(笑い)。

一括処理することについては、そんなことをしたら会社の信頼が揺らぐ、もたないんじゃないか、と心配する声もあったが、私は起きたことは隠さず正直に話すしかないと思いました。結果的には市場からも信頼していただき、会社も立ち直った。こんな行動ができたのも、子どものときから、『お天道様は見てござる』と教えられ、正しく進めと言われていたからだと思います。

■終身雇用は悪いことじゃない

――仕事の話に戻ります。若い人たちの働き方に対する感覚が変わっています。企業に入っても、自分に合わない、違うことをやりたいと思えば、転職します。経団連の会長からも終身雇用制を維持するのは難しいという発言もあります。

若い人も問題もあるだろうけど、経営者の問題も大きいでしょうね。終身雇用って別に悪いことじゃないですよ。この会社にいたら自分の能力が伸ばせる、やりたいことがやれる、仕事が面白いと思ったら、社員はその会社で働き続けるでしょう。

一方で、経営者や上司が思うように仕事をやらせてくれなかったり、社員にチャンスを与えず、投資もしてくれなかったりしたら、辞めてしまうのは当然です。人間は損得や給料をもらうためだけで働くわけではない。心があるんです。仕事を通じて一緒に働いている人たちと感激したり感動したりするのは各々の人生の大きな喜びです。仕事を通して感動し、人生が豊かになっていくという実感が持てたら、社員はずっとその会社で働き続けます。

――「仕事イコール人生」「泥のように働け」と公言されています。「働き方改革」や「ワークライフバランス」に関心はありますか?

人生の大切な要素ですが、考え方を間違ってはいけません。そもそもワークライフバランスというのは個人個人によって違うんだから、自分で考えればいいこと、一律に他人や上司が決める事ではない、いらんお世話だと思います。

早く家に帰ればワークライフバランスがとれて、夜遅くまで仕事をしたらワークライフバランスがとれなくなるなんて、そんな単純な話ではないでしょう。個々人の事情も考え方も働き方も違いますから。「今月は仕事一筋で働きます」というときもあれば、「来月は子どもの面倒を見なくちゃいけないからたくさん休みます」というときもあっていいじゃないですか。大切なのは人生を豊かに過ごし業績をあげることなんですから。

――評価についてはどう考えますか。

働いた時間の量でなく、業績主義で評価すべきでしょう。本人が目標を立て、その結果を自己評価して、それを上司が最終評価する。例えば給料の全額を100%業績評価にするのは無理だろうから、半分は業績評価、半分はいままで通りの年功基準で支払うということでもいいんじゃないか。

いずれにしても、理想的に言えば、全員が同じルールでなくてもいいわけで時間はどうでもいいじゃないかという方向にかじを切るべきです。インターネットや携帯電話で仕事ができる時代に、何時に出社して何時に退社するとか、昼飯は1時間とか、そういうことを一律に決める必要はない。そんなふうに決めるのは部下を管理するのが仕事だと思っている上司の都合です。30分で昼飯を終える人もいれば、1時間半かけて食べたい人もいる。それをいちいち上の了解を得なくてはいけないというのであれば、仕事も人生もちっとも楽しくない。

――人工知能(AI)を人事評価や採用に使う会社も出てきているようですが。

AIは機械のように決められた仕事をする人は評価できるけど、機械のような仕事をしていない人の評価はできない。人間の心や感情――例えば、部下の心、やる気は分析できません。それに企業はてきぱきと仕事をこなして早く業績をあげる社員だけで支えられているわけではありません。仮に時間もかかり、生産性も低くても、その社員がいることで職場の空気がなごんでみんなのやる気が出るのであれば、大局的に見てその社員も社業に貢献しているわけで、評価されてもいい。AIの進化でいろいろな可能性が広がることは明らかですが、逆に人間にしかできないことも明らかになってくるでしょう。人間が情熱や感動を持って仕事をすることを支えるツールとしてどのようにAIを仕事に組み込んでいくのか、考えるべきでしょう。

■苦労にぶちあたり、何とかしようと考える

――変化が激しく先行きが見えない時代、若い世代はどのように働いていったらいいでしょうか。

仕事や人生にトラブルや悩みがあるのは当然です。一生懸命働いていると、疑問や課題が出てくるが、疑問や課題は自分で考え行動しないと解決はしません。苦労にぶちあたって、なんとかしようと頑張ることで人生は豊かになります。いつもお花畑で寝ているような仕事をしていたら、成長しないし、面白くもない。残業しろとも残業するなとも上司も言う必要はない。自分の人生を豊かにする為に夢と希望を持って働き、業績を上げることです。マニュアル通りに仕事をするのではなく、自分の頭と行動で好きなだけ思い切って働いてみたらいい。安定した時代なら経験豊かなベテランの世代の「知恵」が生きてくる。でも、先がわからない時代であるからこそ、前例や過去にとらわれない若い世代の活躍が求められています。

最後にこれからの働き方改革を考える上で注意しておかねばならないのは、全ての働く人が対象になるが、大企業の社員と中小企業では状況が違うし、更に中と小は異なる。小中学校の教諭も対象だし、一般公務員でも国だけでなく地方も対象だが、現場は大きく異なっているという事だ。現場と制度が出来る限り大きなギャップを生まないように時間をかけ、知恵を絞って制度設計すべきだ。又、AI等社会の動きも見失うことのないようにして欲しい。誰にでもベストという改革制度はない。だが、各々がベターなものを目指す職場にしたいものです。