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SNS発の抗議デモ、なぜしりすぼみに ソーシャル上の怒りがぶつかる壁の正体

World Now
ベオグラード中心部にある国営放送局の前でろうそくに火をともし、政権寄りの報道に抗議の声を上げる市民たち

「この国にはフェイスブックとツイッター以外に団結して抗議するためのメッセージを発信できるメディアがない」。セルビアの首都ベオグラードの旧市街で会った大学生セルジャン・マルコビッチ(30)は、憤りをにじませてそう言い切った。

大統領の辞任と公正な選挙、報道の自由を求めて、昨年12月から仲間とともに毎週土曜日の夜にベオグラード市内で反政府デモを続けている。国営メディアをはじめ、政権寄りとされる大手の報道機関がデモの様子をほとんど伝えないなか、マルコビッチたちが情報を広める手段として頼るのがソーシャルメディアだ。

政府への抗議は、野党の政治家が暴漢に襲われたことをきっかけに始まった。マルコビッチと一緒にデモを呼びかけるイェレナ・アナソノビッチ(24)は「大学の奨学金も、生活のための仕事も、政権与党にコネがなければ手に入らない。大臣たちは学位を金で買い、選挙でも買収や脅迫の疑いがある。不正だらけのこの国では抗議デモしか意見を表明する方法がない」とまくし立てた。

ベオグラードのデモを中心になって呼びかけているデヤナ・ストーシッチ(左)、セルジャン・マルコビッチ(中央)、イェレナ・アナソノビッチ(右)

抗議は、大統領のヴチッチが「500万人が街頭に出ても、選挙や報道の自由に関する野党の要求には屈しない」と言い放ったことで流れが変わった。マルコビッチらはその発言を逆手にとって「#1od5miliona(500万人のうちの1人)」をツイッターで拡散。政治に無関心だった若者たちの中にくすぶる政権への憤りに火を付けた。アナソノビッチは「最初は5000人も集まればといいと思っていたが、1万人以上集まり、回を追うごとに増えていった」と驚く。今では専用のホームページとスマホ用のアプリもできた。

セルビア語で「500万人のうちの1人」と書かれた横断幕を持って抗議の行進をするベオグラードのデモの参加者

3月、実際にベオグラードの抗議デモに足を運んでみると、歴史的な建物が立ち並ぶ旧市街は、政府への怒りを訴える人たちであふれかえっていた。

行進が始まると、ツイッターやフェイスブックにはデモの様子を伝える写真や動画、メッセージが次々とアップされてゆく。「私たちはあきらめない」「独裁はいやだ」「もう沈黙できない」。こうした投稿は地方都市の人たちも動かした。ベオグラードで始まった抗議デモは、3カ月ほどの間にセルビア全土に拡散。毎日どこかの町で抗議デモが行われるようになり、国外でも大使館の前などで抗議集会が開かれるようになった。

国営放送局の前でろうそくに火をともし、抗議の声を上げるセルビア・ベオグラードのデモの参加者たち

ソーシャルメディアを使って抗議を広め、人々を動員する手法は、セルビアに限らず今や世界で共通している。最近ではフランスの「黄色いベスト運動」でも使われた。日本でも2015年に安保法制反対の中心的な存在になった学生団体「SEALDs(シールズ)」が駆使したことで注目された。

SNSと社会運動の関係を研究する米ノースカロライナ大学准教授のゼイナップ・トゥフェックチーは「ある問題について自分がどう感じるかが運動の始まり。だから、感情を拡散するのに有効なソーシャルメディアは国全体のムードをがらりと変えるほどの力を持つ」と話す。

米ノースカロライナ大学准教授ゼイナップ・トゥフェックチー

しかし、ソーシャルメディアの登場から10年以上がたち、明らかになりつつあるのは「力」よりもむしろ「限界」だ。「アラブの春」は中東と北アフリカで独裁的な政権を崩壊させたが、発端となったチュニジア以外は独裁政権に後戻りするか内戦に陥った。貧富の格差を社会の不正義として訴えた「オキュパイ・ウォールストリート」は、短期間のうちに世界中に広まったもののほどなく消え去り、経済格差はむしろ広がっている。

トゥフェックチーはその限界をこう説明する。「ソーシャルメディアは、本来は広告のための道具であって、社会問題を解決するためのプラットフォームとしては設計されていない。急速に怒りを拡散できたとしても、それだけでは社会を変えるのに必要な政治的組織の構築にはつながらず、壁にぶつかってしまう」

「500万人のうちの1人」運動も、ソーシャルメディアによって短期間で面識のない人たちに怒りが共有されたが、その感情が何かに結実するのかは見通せていない。ベオグラード大学元教授のセルビアンカ・トウライニッチ(72)は悲観的だ。「世界のどの国を見渡しても、市民からの訴えだけで辞める大統領はいない。抗議が成果を得るには、もっと具体的な要求が必要だ。しかし、それにはみんながあまりにも絶望し、怒り過ぎている」

カフェで話したマルコビッチは、「自由が実現するまで抗議し続ける」と強気を崩さなかった。しかし最近の様子が気になって、5月半ば、セルビアの取材協力者にメールで尋ねると、すぐに返事が届いた。「参加者はもう数千人もいない。4月をピークに勢いは失われた」