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いまなぜ土が「アツい」のか 土壌学者が語る「土・貧困・未来」の深い関係

World Now 更新日: 公開日:
インドネシア東カリマンタン州で土を調べる藤井さん=西村宏治撮影

『土 地球最後のナゾ』藤井一至さんに聞く 「土から離れては生きられないのよ」。名作アニメ『天空の城ラピュタ』で、主人公のシータが放った名セリフだ。でも土ってやっぱり「地味」。土が何でできていて、どんなふうに作物を育てるかなんて、考えたこともなかったという人も多いはずだ。かくいう私もそうだった。
でも、いま土への関心が高まっているようだ。スコップを片手に世界中を飛び回る土壌学者、藤井一至さん(37)の近著『土 地球最後のナゾ』(光文社新書)は、昨年8月の発刊後からジワジワ売れ続け、6刷約2万5千部。地味な土の本としては異例のヒットになった。なぜいま「土」なのか。藤井さんに聞いた。(聞き手=西村宏治、写真も)

■1センチに100年

――そもそも、どうして土の研究をしようと思ったんですか?

もともと子どものころから岩が好きだったんです。だから岩とか土とかいうものに興味はあったんですね。それが、高校の授業で「世界で人口が増えていて食糧が足りなくなるかもしれない」とか、「食糧を生産するための土が問題を抱えている」とか聞いたときに、その問題も解決してやろうと思ったのが最初ですね。

――土と岩って似ているようにも思うんですが、何が違うんでしょう。

地球は元々は岩石砂漠だったと言われています。最近だと小惑星「リュウグウ」の写真が撮られていますが、ああいう感じです。では何が違ったかというと、地球には生物がいたんですね。その生物、おもに植物ですが、それが海から陸上に上がって、岩を耕して、土になったんです。それが、地球の46億年の歴史のうちの最近の5億年と言われています。

小惑星リュウグウ=JAXA、東京大など提供

――「岩を耕す」ですか?

土って、単に岩が細かくなっただけのものではないんです。そこに植物の落ち葉が落ちて、それが微生物に食べられて、細かくなっていったものが混ざります。さらにその混ざったものをミミズが食べて、糞として固まりにします。それが土になっていくんですね。つまり土は、岩と植物、微生物とかミミズとかが、複雑にかかわりあってできあがっているんです。

土のできかたを説明する藤井さん。下から上に土ができあがってくるため、下の層にいくほど岩に近く、表面に近づくほど養分が豊富なのが一般的だと言う

――できるまでに、かなり長い時間が必要なんですね。

場所によって違いますが、日本だと、火山灰が降ってきて、そこから1センチの土になるのに100年ぐらいかかります。アフリカだと、1センチつくるのに1000年くらい。日本で土ができるのが早いのは、火山活動や地震や土砂崩れがあるからです。それは災害ですが、見方を変えると、新しい土の材料が地面に供給されている、とも言えるんです。

――土も場所によって違うんですね。

日本だと、山の茶色い土、台地の黒い土、田んぼの灰色の土、ぐらいの印象かもしれませんが、アフリカに行けば赤い土、北欧に行けば白い土があります。

人間にひとりとして同じ人間がいないように、土にも同じものはないんですけど、地形や気候、土のもとになっている材質などが似通っていると、同じような土壌になるんです。それが、もっとも雑に分類すると世界で12種類に分けられるんですね。

世界中に分布している12種類の土の標本。藤井さんが各地を訪れて集めてきたものだ

――12種類の中には、黒い土もあれば赤い土、黄色い土も、灰色もあります。どれが肥沃と言えるんですか?

畑の土を想像してもらえればいいんですが、黒くてふかふかした土がいい土と言われることが多いですよね。この12種類の中でも黒い土は肥沃だと言ってよくて、赤い土とかは、やっぱり問題を抱えていると言えます。ただ、それでも赤い土や黄色い土はまだ粘土を抱えているので、土は肥料をつかまえることができるんですが、世界には粘土すらない土もあります。そういう風に、各地の土の特徴を押さえることで、どんな管理をしたらいいか、提案できるということになります。

世界の土12種類を集めた標本を手にする藤井さん

■土も「疲れる」

――そんな世界の土が、劣化していると言われています。たとえば国連は2015年の「国際土壌年」以降も、積極的に土の危機を訴え続けています。

重要なことは、世界中で人口が増えている一方で、畑の面積というのは無限に広げることはできないということです。つまり人間ひとりに使える畑の面積が狭くなり、かつては土を休ませながら使えていた土地も毎年酷使することになります。肥料をやれば回復することはあるんですけど、経済的な理由から肥料が使えず、土の養分が失われていくことに苦しんでいる農家がたくさんいて、それが貧困問題になっているんです。

――土も、使い続けると疲れるんですか。

人間も、仕事にやりがいを感じて働いていたとしても、適度に休まないと、やりがいがあるっていう領域を超えてしまいますよね。土も同じで、養分を放出して植物に供給するというのは自然にもある働きですから、そのしくみをうまく利用している場合はいいんですけど、毎年働かせ続けるとなると休みがほしいということになるし、最後は働けなくなってしまうんです。

インドネシア・ジャワ島で調査のために土を掘る藤井さん=西村宏治撮影

――それで何が起きるのでしょう。

ひとつは砂漠化です。よく砂丘に村が飲み込まれるような砂漠化の映像が流れることがありますが、私たちが深刻に思っている砂漠化というのは、そういう人の少ない辺境の話ではありません。肥沃な土があって、人間が酷使してきた場所で、作物の収穫量がどんどん落ちていくことがあるんです。これまで10トンお米がとれたところで、5トンになり、2トンになっていく。これも砂漠化と呼んでいます。

もうひとつは塩類集積です。乾燥した土地で、地下水をどんどんくみ上げて蒸発させていくと、最終的に地表に塩がたまってしまう現象です。

人間って、すでに肥沃な場所は使い尽くしていて、人口が増えると、それまでうまく使えていなかった場所を使おうという発想になるんです。それが砂漠の土です。砂漠の土と言うと悪いように聞こえるんですけど、水さえやると作物がたくさん収穫できることがあるので、つい「農地を拡大して」「どんどん水をやって」ということになるんですが、それが塩類集積を招きます。使われていなかったことにはわけがあったんです。

世界では毎年、塩類集積のために岩手県1つぶんほどの面積の農地が放棄されています。それは、森などを新しく切り開いてつくられる農地と同じ広さです。つまりつくる一方で、おなじ広さの農地をどんどん捨てている、というのが現実です。

ナイル川の最下流域にあたる、エジプトの地中海に近い地域。土の塩分濃度が高すぎて農業ができず、養魚場に変えられていた=高橋友佳理撮影

――もう戻せないんですか?

不可能ではないと思うんですけど、たとえば塩類集積が起きた場所を修復しようとすると、大量の水を上からかけて、塩を流してやることが必要です。砂漠でそれをやろうとすると、じゃあどこにその水があるのか、ということになってしまう。現実的には、放棄してしまった方が早い。そしてそれは、放棄されていない畑への依存を高めるので、そこでまた土が劣化してしまうということが起こるわけです。

■土の劣化が戦争を招く?

――使えない土地が増えると、残った土地の奪い合いになりそうです。

ふたつのシナリオが考えられると思います。ひとつは農耕地が減り、農作物の価格が上がるということまで見越して、あらかじめ土地を買い占めるお金を持った人が出てくるということ。これは、世界で最も肥沃なチェルノーゼム(黒い土)があるウクライナやカナダなどで、もう実際に出てきている動きだと思います。もうひとつは、お金を持っていない人たちが、残った土地を奪い合う戦争のようなことが起きるかもしれないということです。

キエフ近郊に広がる農場では、春の種まきに備えて黒い土を耕す作業が始まっていた

――土をめぐる戦争ですか。

もともとドイツやロシア、イギリスなど、土があまり肥沃でない地域から、肥沃な土のある地域に侵略していった時代があったわけですが、その背景は食糧不足でした。現代でもシリア内戦の背景には、大規模で長期的な干ばつと、それによる食糧難というのがありました。もちろん単純にそれだけではないんですが、それが引き金のひとつになって、内戦が起きている。そうやって土と、そこからできる食糧が戦争や貧富の差の原因とかになっているということは言えると思います。

――確かに土の劣化が、文明の衰退を招くと指摘する研究者もいます。

たとえばメソポタミア文明は、乾燥した砂漠で、大河から水をもってきて灌漑をすることで成立していた文明です。灌漑用の水が、土を肥沃な土に変える生命線だったんです。それが、どんどん上流の木を切った結果、洪水が起こるようになり、灌漑がうまくいかなくなって塩類集積の問題が起きたことが過去の研究で分かっています。

土が悪くなると、食糧が不足して、その結果、人と人が、限られた食糧を奪い合う戦争が起こると思うんですけど、その次の段階には、奪い合う食糧すらなくなって、文明が衰退するということがあるのかもしれません。

■土を大事にする農業を

――解決策は、なにかあるんですか?

いま一番大きなトレンドは、「不耕起」農業ですね。これは、今年、日本国際賞をとられたラッタン・ラルさん(米オハイオ州立大特別栄誉教授)が提案しているものですが、土を耕すと、有機物を含んだ部分が風で飛ばされたり、雨で流されたりしやすくなるので、耕すのをやめ、土を稲わらなどで覆って大事にしようというものです。

そうやって土の中に有機物を含んだ黒い層を増やせれば、地球温暖化の原因になっている大気中の二酸化炭素の濃度の上昇を止めることもできるし、収穫も上がると言うんです。10年間で3%増やすことができれば、1ヘクタールあたり5万円の経済的価値があるという試算もあります。

ただ、完璧な農業というのは世界にはなくて、ひとつひとつ現状とすりあわせていく必要があるんです。たとえば日本で「不耕起農業をしてください」と言っても、「病気がはやるんじゃないか」とか、「雑草が繁茂するんじゃないか」ということでやってくれない農家も多いと思います。

インドネシア・ジャワ島で調査のためにバナナ畑の土を集める藤井さん=西村宏治撮影

大事なことは、土を大事にする理想に向かって進むこと。日本でも「最小限の耕し方で土を保全しましょう」と言えば、多くの人が納得してくれる思うんです。そこで、日本なりのやり方を見つけていけば、土をよくするということまでは言えないですが、かなり持続的に未来まで受け渡すことはできると考えています。

また、乾燥地では、無理な農業をするとどうしても塩類集積の問題が起きます。それに比べれば、日本は水もありますし、その割には土もそこそこいい。非常に豊かな環境にあるわけで、できる限り農業に使っていくべきではないでしょうか。

――そんなに大事な土ですが、あまり関心を持たれてこなかったように思います。

たとえば水って日頃から口にするから、「水は大事だ」と言われると意識しやすいんです。土って、食材を介して初めて分かるもので、直接は食卓に並ばないので、分かりにくいところがありますね。

――変化もゆっくりですし。

そうですね。農家にとってすら、見えにくい。土づくりに力を入れても、あした突然収穫量が上がるわけでもないし、逆に酷い使い方をしていても、収穫量が突然下がって作物が取れなくなる段階までは、ふつうの顔をしています。土の劣化ということを目でずっと見ることができないことも、私たちが土に対して敏感になれない原因のひとつでしょうね。

でも、私が永久凍土の調査に行っているカナダ北部の地域では、しおれた白菜が1800円もするんです。農業をするための土がないことが、それだけ食卓なり、財布なりに響くんです。

私たちはいま日本で暮らしていると、土があって、黒くて、そこに種さえまけばおいしいものがとれるのが当たり前なので、どうしても土のありがたみが分からないですけど、これを全部を失った先には、しおれた白菜に1800円払わなくちゃいけない未来が待っているということは、頭の片隅に置いておいてもいいんじゃないかと思います。

――いま、土いじりを始めたいと言う人が増えているように思うんですが。

土いじりって実は厳しい世界です。いま日本で農家の人口は全人口の1.4%ぐらいですから、土いじりできるひとってすごく限られているんです。多くの人が素人になってしまっていて、ゼロからのスタートなんです。義務教育で土のことなんて教えないですし。

だから私が土のことを広めたいなと思うのは、もう少し土のことを知っていれば、ものが育つ充実感というのはかけがえのないものがあるからなんですよね。そういうところから、土いじりが楽しいなと思ってもらえればいいなと思っています。

実は、私は土の先生をしているんですが、土を使ってものを育てるのは苦手だという問題意識は持っています。トマトとか、なかなか芽もでないんですよ(笑)。 実際に育ててみると、野菜を数百円で買えるありがたみ、お米1杯100円の安さが実感できます。それがなかったら、農業なんて誰でもできるでしょという勘違いが生じるかもしれない。そういう意味では、誰よりも、スーパーでトマトを100円で買えるありがたみを感じていますね。

ふじい・かずみち 1981年富山県生まれ。京都大学大学院などを経て、森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員。著書に『土 地球最後のナゾ』(光文社新書)『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』(山と溪谷社)など。