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『グリーンブック』アカデミー作品賞 ファレリー監督にインタビュー

シネマニア・リポート 更新日: 公開日:
『グリーンブック』より © 2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.

『グリーンブック』は公民権法の成立前、1962年の米国が舞台だ。イタリア系のトニー・バレロンガ(ヴィゴ・モーテンセン、60)は、用心棒として働くニューヨークのナイトクラブ「コパカバーナ」が改装で一時閉店となり、仕事を探さなければならなくなる。

「ドクターが運転手を探している」と聞き、医者かと思って面接に行くと、博士号を持つ天才的な黒人ピアニスト、ドン・シャーリー(マハーシャラ・アリ、45)のコンサートツアーの運転手の募集だった。黒人に偏見を持ちながら育ったトニーは、シャーリーの身の回りの世話もするよう言われ抵抗するが、好条件を示され、引き受ける。ガサツだがハッタリのきくトニーは、黒人用ガイドブック「グリーンブック」を手に、洗練され高い教養を誇るシャーリーと、人種差別の色濃い南部へ足を踏み入れてゆく。

作品は日本時間25日に発表のアカデミー賞で作品賞と脚本賞、そしてアリが2度目の助演男優賞を手にした。1月発表のゴールデングローブ賞でも、作品賞(ミュージカル/コメディー部門)をはじめ3冠に輝いている。

ファレリー監督はトニーの息子、ニック・バレロンガ(59)らと共同で脚本を書いた。もとになったのは、トニーそしてシャーリーが相次ぎ故人となった2013年までに、ニックが2人に聞き取りをした録音だ。

ピーター・ファレリー監督 © 2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.

シャーリーは著名なピアニストながら、私生活などはあまり明かしてこなかったという。それゆえニックは聞き取りの際、「シャーリーから『私が死ぬまでは映画にしないように』と言われていた」とアカデミー賞受賞後の記者会見で語った。「話を聞くのは私とトニーからだけにしてほしい」とも頼まれたという。

この作品はゴールデングローブ賞を「ミュージカル/コメディー部門」で受賞したことにも表れているように、深刻なテーマを取り上げながら、ユーモアも伴う。ファレリー監督は、ジム・キャリー(57)主演の『ジム・キャリーはMr. ダマー』(1994年)やキャメロン・ディアス(46)主演の『メリーに首ったけ』(1998年)などを監督したコメディーの名手でもある。

『グリーンブック』より © 2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.

ファレリー監督は言う。「今作のユーモアは意図して入れたのではなく、この話にもともと内在したもので、自然と出てきた。2人が正反対すぎて、結果的にそうなった。この作品は人種問題だけでなく、文化的な違いや、人がいかに学ぶかについても描いている。そうして出てきたユーモアによって、もしかしたら、物語を理解しやすくなるかもしれない。見に行こうとしてくれる人もきっと増える」

グリーンブックは、米国で1960年代まで使われた黒人用ガイドブックのことだ。当時の米南部はジム・クロウ法のもと、有色人種の血が一滴でも混じった人は、ホテルもレストランも公共交通機関も、白人と別々でなければ利用できなかった。そこで、郵便配達人だったニューヨーク出身の黒人、ヴィクター・H・グリーンが、黒人が泊まれるホテルや食事ができるレストランなどを本にまとめ、グリーンブックと呼ばれるように。人種隔離の厳しい公共交通機関を避けて車を使うことが増えた黒人などの間で、広く使われるようになったという。

ピーター・ファレリー監督 © 2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.

米東部出身のファレリー監督は「グリーンブックについて、それまでまったく聞いたことがなかった。この映画を作る際、トニーが語った録音テープを聴いたことで知ったほどだ」と話す。

初めて知った時、どう感じたのでしょう? そう聞くと、「『ショックを受けた』なんてことは言えない。米国は人種差別がとても蔓延しているからね」とファレリー監督。そのうえで、「彼らは泊まる場所を見つけなければならなかった。その状況を私たちは知る必要があると思う。ある意味、わかっていない状態になっているからね。意識すべきだと思う」と意義を語った。

『グリーンブック』より © 2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.

ファレリー監督はまた、「シャーリーとトニーがまったく正反対で、社会・経済的にも違う立場からやってきた2人ながら、変わってゆくさまがいい。単に一方が白人で他方が黒人だという話ではない。希望に満ちた物語だ」と話した。

この作品は、アリとモーテンセンの存在感ある好演も後押しして、心に響く物語として数々の評価を受けている。米国の人種をめぐる対立がますます深刻になるトランプ時代だからこそ、希望を見いだしたい――。米映画芸術科学アカデミー会員の多くが票を投じたのは、そんな願いの表れかもしれない。

ピーター・ファレリー監督 © 2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.

だが、なのに、実は足元の米国では論争が続いてきた。例えば、作品賞などアカデミー賞3冠のポール・ハギス監督(65)作『クラッシュ』(2004年)などと並べつつ、「白人が黒人を救う(White Savior)物語」「現実は人種問題に希望など見いだせないのに」といったものだ。議論をめぐり、アカデミー賞受賞後の記者会見でも複数の記者から関連の質問が出た。

ファレリー監督はインタビューで電話越しに言った。「白人が救う物語だとは決して思わない。2人は互いに助け合っているからね。シャーリーもまた、トニーをよき人物にしようと、彼の魂を救い、心を開くよう教えた」

私としても論争には、え、ちょっと待って、とも思う。私の好きな映画のひとつに挙げてきた『クラッシュ』も、『グリーンブック』も、白人に心地よい展開や登場人物ばかりではないからだ。

『グリーンブック』より © 2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.

製作陣には、『ヘルプ~心がつなぐストーリー~』(2011年)で黒人5人目のアカデミー助演女優賞を受賞したオクタヴィア・スペンサー(46)も加わっている。シャーリーを演じたアリも言わずもがなとして、この映画が人種問題をなんとかしたいと思う人たちによって作られたのは明白だ。ここで無用な分断を招くようなことになったらどうする、と思うし、ひいては人種問題に取り組む映画の製作を控える人が増えたりしたら、元も子もないのではないか。

ただ、こうした議論が出ること自体、米国の人種問題の複雑な現実を反映している、と言える。人種を超えてわかり合う大切さを問うた映画が、なおそれが難しい現状を作品の外で再認識させる結果となっている。

ピーター・ファレリー監督(中央) © 2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.

ファレリー監督の次の言葉に、メッセージが凝縮されているように思う。

「この映画は人の気持ちを変え、世界をよくするためにある。白人が黒人をめぐる物語を語れるかどうかについての議論は確かにある。でもだからってこの映画を作らないとしたら、間違いだっただろう。自分たちと違う人たちとの対話を、恐れず受け入れてほしいと思う。他者に心を開くことにもなるし、何より希望がもたらされる。希望が感じられなければ、うまくいく可能性もなくなってしまう」