――なぜトイレに関する活動をしようと?
私はビジネスマンとして、20年近く、建築材の販売や不動産開発まで様々な仕事に携わって成功してきた。ただ、1997年からのアジア通貨危機で、これ以上ビジネスのチャンスがなく、自分の能力に限界を感じた。当時私は40歳。ふと人生を振り返って、なにか社会的な貢献ができないかと考えたのだ。
社会貢献と言っても、女性の権利推進、気候変動など幅広い。ただ、こういった分野には、すでに専門家やすばらしい先駆者がいた。だから、せっかく始めるからには、誰も注目していないことに手をつけようと思った。
そんなとき、ゴー・チョクトン首相(当時)が、シンガポール国内の公共トイレの惨状を嘆いているのを耳にした。彼の言葉を聞いてひらめいた。「トイレのことは誰もやらないはずだ。なら、自分がやろう」と。
そこで、98年にシンガポール・トイレ協会(RAS)を立ち上げた。ただ、RASは国内のトイレ問題に取り組む組織で、20億人以上が衛生的なトイレを使えないという問題に取り組む世界的な組織はなかった。そこで、日本で開かれた各国のトイレ協会のシンポジウムで、日本トイレ協会の会長に持ちかけたんだ。「世界的な組織をつくらないのか」って。そうしたら、「我々は英語ができない。あなたがやればいい」。それで、2001年に世界トイレ機構を設立した。
――人間にとってトイレの存在とは?
トイレは人類にとって命の恩人だ。衛生状態が悪かった頃、人類の寿命は35歳に過ぎなかったが、トイレの発明で55歳にまで伸びた。さらに、医学の発展などで寿命は80歳を超えるところまで来た。トイレがなかったら、人生はもっと短いものになっているだろう。トイレは、大便、小便という欲求を満たす快楽を提供してくれる存在でもある。
でも、人類にとってエリクサー(万能薬)でもあるトイレに、みんな気恥ずかしい思いを抱いている。子供の頃は、トイレに恥ずかしい気持ちはない。だが、子供がトイレについて話題にすると、大人が「食事中にする話でない」「行儀が悪い」と声を荒らげる。そして、トイレに悪いイメージを持ってしまう。
だから、トイレをセクシーに、魅力的にすることが必要だ。人は私を「Mr.トイレ」と呼ぶ。私もそう自認している。世界トイレ機構は略すとWTO。世界貿易機構(WTO)と同じだ。それを聞くと、みんなが笑う。それが出発点なのだ。だから、笑いの分野、音楽、そういったところから、始めるのがいい。日本でお笑い芸人がトイレをネタにしてメジャーになれば、すぐにトイレのタブーはなくなるだろう。
――日本へのアドバイスを
一つ具体的な提案がある。女性に優しいトイレ環境は、今後必要不可欠になる。だから建物内にトイレをつくるときに、女性用個室を多くするように法律を改正すべきだと。私たちの働きかけもあって、シンガポールでは05年にすでに法改正をした。女性トイレが少なくて、行列が繰り返されると、女性の外出、社会進出を阻む原因にすらなりかねない。女性は社会で自由になったのに、トイレから自由になりきれてないということだ。トイレと人間の関係は、人と人との関係と一緒だ。トイレをよく扱えば、トイレも恩返しをしてくれる。逆もしかりだ。トイレと人類は共生関係にあると言うことを忘れてはいけない。
(聞き手:杉崎慎弥)
Jack Shim(ジャック・シム)
世界でトイレを使えない人々のための普及活動を行う。設立日の11月19日は13年から国連の「世界トイレの日」になった。58歳。