――DARPAの義手研究の狙いは。
義手研究を提案したのは、DARPAの当時のプログラムマネジャー、ジェフ・リングだ。彼は医師としてアフガニスタンとイラクに従軍し、手足を失う兵士たちを何人もみてきた。当時の義手は、フックの形をした、あまり機能的とは言えないものしかなかった。ジェフは脳神経が専門で、脳の信号で義手をコントロールすることにも関心があった。脳に電極を埋め込むことに同意してくれた患者の協力を得て、神経信号を解読して義手を動かすことに成功した。
――どのような成果を期待するか。
短期的には、脳でコントロールする義手ではなく、足につけたセンサーで指を開いたり、手首を回したりするようなシンプルな義手が手に入るようになってきた。長期的には、脳から出る信号を解読できれば、義手に限らず他の機器と人間の脳をつなげることもできる。その可能性はとても興味深い。
――ピッツバーグ大学では、脳に電極を埋め込んだ女性がフライトシミュレーターで戦闘機を「操縦」することに成功した。この技術は近い将来、実際の戦場にも適用できるのか。
できるかもしれない。私たちの研究は入り口に立ったばかりだ。神経信号を解読することで何が可能になるのか、あまり狭く考えすぎないように気をつけたいと考えている。今のところ、脳を他の機器とつなげるような具体的な計画はない。倫理的な課題も考える必要がある。どんな方向へ研究を進めれば、望ましくないドアを開けることなく、建設的な結果につながるのか、考えなければならない。
――技術は戦争のかたちを変えうるか。
変えうる。というよりも、長期的に見れば、人間の生き方を根源的に変える可能性がある。戦争と言うと地上戦を想像しがちだが、それは狭い定義だと思う。今の複雑な世界でもっとも難しいのは、(兵器の)トリガーを引くことではなく、複雑なデータを理解することだ。膨大なオープンソースの資料があり、さまざまな視点がある。それらの情報を意味づけるための新しい方法を見つけられれば、面白いと思わないか。その方が地上戦よりも国家の安全保障にとってずっと意味があることかもしれない。
――日本では、防衛省が科学技術研究に資金を提供することについて議論がある。研究者の中には、自分の技術を平和的な目的にのみ利用してほしいと考える人もいる。DARPAのような軍関係の政府機関が技術開発をリードしている状況について、どう考えるか。
米国では、連邦政府が技術開発を支援してきた長い歴史がある。その重要な部分を国防部門が担ってきた。国家安全保障のために、また、グローバルな安全保障のために、技術開発が重要だからだ。軍事システムに限らず、基盤となる技術にも投資してきた。そういった投資がインターネットやGPSにつながり、世界に大きな影響を与えた。
米国では、国防部門による投資がとてもパワフルな役割を果たしている。それは、米国が選んだ優先順位を反映している。それについては、それぞれの国の考え方があるだろう。米国内の研究者と話をすると、たしかに、軍事技術のために働きたくないという人もいる。でも、私たちに協力することを選んでくれた人たちは、安全保障は重要で、世界をより良い場所にすることにつながると考えている。それだけではなく、開発したテクノロジーが安全保障に限らずいろんな分野で貢献できると考えている。
――人間の身体の未来をどう考えるか。テクノロジーによって増強されるのか。
まだ分からない。DARPAには、ハード技術、物理技術、情報技術における素晴らしい歴史がある。これからはバイオ(生物)技術が興味深い。短期的には、人間の健康を増進し、生活を改善することにつながるだろう。長期的には、人間であるとはどういうことか、という根源的な問いについて、考えていかなければならないだろう。
(文中敬称略)