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壱岐のマグロ漁師の物語

LifeStyle 更新日: 公開日:
photo:Yorimitsu Takaaki

壱岐島の北端、勝本地区にマグロ一本釣りの漁師は150人いる。イカ漁やブリ漁の季節にはそちらをやる漁師も多いが、10人弱は1年中、クロマグロだけを狙っている。

小さな船に自分だけが乗り、自分だけの判断でマグロを狙う。釣れるも釣れぬも自分次第。究極の自営業者とも、職人ともいえる。

「壱岐市マグロ資源を考える会」の会長に就いた中村稔(47)もクロマグロだけを狙う。職人であるクロマグロ漁師が、なぜ会をつくったのか。

「一本釣りや引き縄でマグロを釣っている小さな漁船が全国に1万3000隻。一隻一隻が家族を支えているのに、声が上に届かない。巻き網のように大きな団体を持ってないから発言力がない、ものを言える組織をつくりたいね、と」

自分たちの声が届かない。そんな焦燥感に背中を押されたのだ。

「考える会」は2005年からのデータをまとめている。それによると、盛漁期の1~3月に勝本の漁師が釣った100キロ以上のクロマグロは以下の通り。

2005年114本、06年56本、07年48本、08年59本、09年49本、10年33本、11年7本、12年12本、13年24本、14年51本、15年10本。

多いとき、燃料代は月に35万円かかったと中村は言う。釣れさえしたらそのくらいは回収できる。例えばこの1月に中村は150キロのクロマグロを釣った。キロ7500円で売れたので、100万円の実入りになった。釣れればいいが、釣れない月はそっくり赤字。赤字が続けばやがて生活は干上がってしまう。

釣れさえしたら。きょうこそは。そんな思いで漁師たちは船を出す。夜に出港し、まずは餌にするトビウオやイカを釣る。夜が明けるとそれらを生きたまま針にさしてマグロが食うのを待つ。潮に船を任せ、生き餌でマグロを誘う。船がポイントから外れたら戻ってまた同じことを繰り返す。釣れるポイントは狭いので、1隻が潮に船を流しているときはほかの船は近づかないように気をつける。

さおは船に固定しているし、餌は勝手に泳いでいる。漁師が見るのはブリッジの魚群探知機だ。マグロの魚影らしきものが映ると生き餌を回収し、全速力でそこに走る。一日中そんなことを繰り返してもマグロは釣れない。期待と焦り、あきらめ。感情の起伏を押し殺して一日が暮れる。

壱岐沖には七里ケ曽根という好漁場があり、イカやサバ、ムロアジがたくさんいる。それらの群れを狙ってかつてはクロマグロの群れが来た。目で見ても分かるほどクロマグロが群れていた、と中村らは口をそろえる。

そんな群れを見なくなって久しい。原因としてにらんでいるのは巻き網だ。産卵のために日本海に集まるクロマグロの群れを巻き網船団が一網打尽にする。水産庁は資源にはたいした影響はないと言うが、漁師の目から見たら影響が少ないはずがない、と。

「大切に獲れば価値も高いのに、もうやめようよ、そんな馬鹿なこと」と中村がぽつり。幹事長の尾形一成(53)も言う。「卵を産もうと集まるマグロを獲るなんて、おかしいんやなかとやろうか。なんでちゃんとした規制がなかとやろうねえ」

(依光隆明)
(文中敬称略)