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近大マグロミニ物語

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近大のクロマグロ養殖生け簀(和歌山県串本町)/photo:Yorimitsu Takaaki

大洋を広く回遊するため、クロマグロは国際的な取り決めに左右される。完全養殖の研究がスタートした背景にも国際情勢の変化があった。

和歌山県白浜町、近畿大学水産研究所。所長の宮下盛(71)が「近大マグロ」の原点を振り返る。

「昭和40年代の初めでした。世界がEEZ(排他的経済水域)200カイリを宣言する中、こらえていた日本もそれに突入しようとした。200カイリ時代になると、遠洋漁業は自由にできなくなる。日本としては沿岸を拡充するほかない。考えられたのがクロマグロの養殖でした」

1970年、水産庁は近大を含む8機関に研究を委託する。しかし次々と手を引き、近大だけが自前で研究を続けた。

「水産庁自体にもこれは不可能だという声が多かったんです。最初聞いたときは私も見込みがないと思いました」

/宮下盛photo:Yorimitsu Takaaki

そもそも養殖原魚となるクロマグロ幼魚の調達すら難しかった。定置網に通ったがうまくいかない。研究所の船を操り、自分で20~30センチの幼魚を釣った。

採卵、孵化ができるようになっても、そのあとがうまくいかなかった。生まれたばかりはよく死ぬし、そこを乗り越えると衝突して死ぬ。

「これは大変な魚だなあと。マグロのイロハから勉強をやり直しまして」

それが1990年代の半ばだった。分かったのはブレーキとハンドルのバランス。ブレーキの役割を果たす胸びれが稚魚は発達していない。要するに止まれない。

「マグロって太平洋で生きていくでしょう。えさの密度が低いんです。そういう中で生き残っていくにはハンティングがすべて。ほかの魚に比べると泳ぐスピードも速い。プロペラ機とジェット機くらい違う。障害があるとかわせない」

生け簀の網にぶつかってしまう。スピードが出ているから死ぬ。

試行錯誤の末、2002年に完全養殖(人工孵化から育てた親魚から採卵し人工孵化させること)に成功する。事業化も成功し、今では20~30センチ、300グラム程度に育てた幼魚(ヨコワ)を養殖業者に供給している。

宮下によると、供給価格は1匹2500円。「1キロに育つまでに半分死ぬので、1キロのヨコワが5000円という計算になります。育てたマグロが1キロ2500円で売れれば、その中の原魚分は80円くらいになるんじゃないかな。格安だと思います」

澤田場長とマグロ剝製/photo:Yorimitsu Takaaki

近大は遺伝子を使った研究も進めている。和歌山県串本町。近大水産研大島実験場長の澤田好史は東京・築地に集まる太平洋クロマグロのヒレを集めた。

「築地には太平洋クロマグロの40%が揚がるんです。遺伝子を解析したら母系が5百数十あることが分かりました。5年前のことです」

研究を進めると、どの母系のマグロがどの海域で産まれたかが分かってきた。その成果を資源管理に使うべきだと澤田は考えている。

「太平洋クロマグロのほとんどは日本の経済水域内で産卵します。ある母系が減っているとなれば、その海域では捕らないようにする。そうすることで世界に日本の姿勢を示すことができます」

(依光隆明)
(文中敬称略)