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ポスト北海油田へ、財政改革は急務 デンマーク

World Now 更新日: 公開日:
ヤコブ・ハウン氏 photo:Kamiya Takeshi

ヤコブ・ハウン(43)デンマーク商工会議所・租税政策担当

論争ある福祉国家の「サイズ」

photo:Kamiya Takeshi

デンマーク商工会議所には、流通や製薬などサービス産業を中心に約7000社が加盟しています。私は租税政策担当のトップとして、議会へのロビー活動などを行っています。税務当局や国会、民間団体で働いた経験があり、それを生かしています。

移民と税の関係について知りたいということですよね? 移民にも二つあると思います。一つは、高い教育水準を持った移民。もう一つは、低い教育水準の移民です。

ここに、政府の統計データを使ってシンクタンクが出した報告書があります。2013年のものです。そのなかに、納めた税額と、医療や教育など政府から受け取るサービスの額を差し引いた場合、どちらが多いかについてのデータがあります。

先進国の出身でない移民、つまり低い水準の教育しか受けられなかった移民は1人あたり年1万7000クローネ(約30万円)、納税額が足りません。つまり、国の財政にとってはマイナスです。一方、先進国から来た高い教育を受けた移民の場合は、1万9000クローネ、納税額の方が多いのです。つまり財政にはプラスです。

教育には費用がかかるので、その分の費用が大きく影響しています。興味深いのは、デンマークで生まれたデンマーク人も、財政にはマイナスということです。それだけ、教育の財政に占める割合が大きいということでしょう。

国は医療や教育などのサービスを提供し、国民は高い税を納める。国の運営のためには、この間のバランスを取らないといけません。これは福祉国家ならどこでも直面する問題だといえるでしょう。

デンマークでは1980年代、移民の人口は全体の1%ほどでしたが、いまは約10%になっています。とても大きな変化です。加えて、日本も同じだと思いますが、社会が高齢化しているので、労働力が必要になっています。そこに移民が必要なのです。大事なのは、移民も働いて、そして税を納めること。これが福祉国家を保つためには必要です。

政府は、高い技術を持った外国人をデンマークに引き寄せるため、税制面で優遇策を導入しています。個人の所得税は普通なら最高税率56%の累進課税ですが、この外国人向けの優遇策だと税率は26%、しかも「フラット」です。つまり、いくら所得が上がっても、税率はずっと同じ26%のままです。

これまで7000人ほどの外国人が、この優遇策を使いました。エンジニアなどが多いですね。こうした外国人が、どこの国から来ているのか上位5カ国をみてみると、インド、中国、米国、パキスタン、ロシアとなっています。

優遇策の期間は5年間なので、それ以降もデンマークで働きたいとすれば、デンマーク人と同じ税率が適用されます。その意味では、一度デンマークに入ってきた外国人をどう引き留めることができるかが大事です。こうした高い技術を持った人材を確保できないと、それを必要とする会社の方が、海外に流出してしまうかもしれません。会社全体でないにしろ、研究開発部門を移してしまう恐れもあります。

もちろん、高い技術を持った移民だけが必要なのではありません。デンマーク人がなかなか就きたがらない仕事も多くあります。労働力として移民が必要なのも現実です。

デンマークは高い税負担、高い福祉で知られ、外国からみると、国民みんながそれに合意していると思われるかもしれません。でも、国内では様々な議論が交わされています。左派は高い税を維持したい立場ですし、右派は税を低くしたいと主張する。よく議論になるのが、福祉国家の「サイズ」です。今より大きくするべきか、小さくするべきか、いつも論争になっています。

議論のなかで、いまや左派でさえも気づいたことがあります。あまりに高い税負担は、経済に有害だということです。このため左派はいま、平等について問題提起しています。つまり、いま税を低くして行政サービスを減らすと格差が拡大すると懸念しているのです。

デンマーク政府は、税を集めることが得意で、とても熱心です。私たちビジネスをする側からすれば「熱心すぎる」と思っているんですけどね。特に新しい税を「発明」する場合に、いつもそう思います。政府は、私たちが住むこの世界を、こう見ているようです。「どこかに、課税できるものはもっとないか?」とね。

そんな政府は、ある日、気づきました。食べ過ぎると体に良くないものに課税すれば、健康にもいいし、税収も得られる。そこで、「脂肪が含まれている食品に課税しよう」ということになった。いわゆる脂肪税です。

でも、脂肪は体に悪いものだけではなく、良いものもあります。だから課税しない例外を作らざるをえなくなった。牛乳は除外するとか。それで法律が複雑になりすぎて、国民も企業も、何が何だか分からなくなってしまいました。そんな折、欧州連合(EU)が、この脂肪税を「国による補助」だとして、違法と指摘したんです。つまり、課税されない食品は、課税される食品と比べて競争力が高まるので、これが国による補助にあたる、と。これを契機に脂肪税は廃止となりました。

ほかにも、こんな税があります。会社から貸与される携帯電話を私用で使うと、会社から利益を得ているものとみなして、一定額が課税されます。私がクレージーだと思っているのが、木材への税でしょうか。キャンプなどに行って木材を買っても、そこに税が課されるんですよ。

でも、運がいいと言いましょうか、政府はそろそろ、もうこれ以上、新しい税は発明できないと気づいているようです。すべてに課税し尽くしたと考えている感じがします。

なくさないといけない税もあります。なかには税収が冗談みたいに微々たるもの、例えば年間で1000クローナ(約1万7000円)の税収しかない税もあるんです。もう財政にとって何も意味をなしませんし、課税にかかる費用の方がむしろかかってしまう。

そういう意味では、新しい税を発明するよりも、支出の面を効率化させていくことが、もっと重要かもしれません。ある政策を行うのに民間の方が効率的にできるなら、民間に任せた方がいいこともあります。

高齢化への対応も必要です。高齢の人でも働ける人は働いて税を納めれば、国の財政にもプラスになります。つまり、働き手も国も収入を得られるのです。これが、「ウィンウィン」の関係といえるのではないでしょうか。


ミケラ・ベンディクセン(47)難民支援NGO代表

多文化社会は避けられない流れ

photo:Kamiya Takeshi

デンマークはここ数年、世界から閉鎖的な国だとの評判を得ているのではないでしょうか。隣国のドイツやスウェーデンと比べて、移民や難民に対する態度がオープンでないためです。デンマークの政治状況によるところが大きいと思います。

でも、実際に難民に会ったことのあるデンマークの人たちは、彼らを助けたいという感情を抱き、歓迎することが多いんです。10月上旬にも、難民の受け入れを政府に迫る大きなデモが行われました。政治の状況と人々の感情の間には、ギャップがあるように思います。

デンマークは伝統的に社会民主主義的な政治社会でした。高い税負担によって、弱い立場にある人たちも普通に暮らせるサービスを提供する。これは、個人や企業から所得を再配分しているといえます。教育も医療も無料で、失業した人でも、体が不自由で働けない人も、普通の暮らしができるように国から支援を受けることができる。だから、ここ10年ほどをみると、右派が政治をリードしてきたことには奇妙な感じを覚えます。

右派やナショナリストの人たちは、デンマーク国民党を強く支持しています。この政党は二つの目標をもっています。一つは外国人を受け入れないこと。デンマーク社会は、外国人に脅かされていると訴えています。もう一つは、デンマークの弱い部分、例えば地方や高齢者を守ると訴えています。この主張は、グローバル化によって阻害されている地方や高齢者から支持を集めています。

デンマークの労働市場は高い知識や技術をもっていないと職につけない構造にあり、単純労働の市場は思ったより少ない。こうした市場には移民が入ってくるので、デンマークの人たちと低賃金労働の奪い合いも起きています。こうした市場で働く人たちは、外国人がデンマークに入ってくることに非常に神経質になっています。

デンマーク国民党の主張も理解できないではありません。でも、合意できないのは、国境を閉ざして過去に戻ろうと訴えている点です。そんなことはできません。難民や移民は、社会にとって資源でもあるのです。心配は分かりますが、彼らが追い求めている解決策には同意できません。

確かに、移民は国の財政にマイナスという見方も強くあると思います。でも、それは短期的に、ものごとを見た場合です。足元でいえば、それは確かに事実でしょう。しかし長い目でみれば、そうした見方は意味をなしません。まず、移民や難民に閉鎖的であるという国のイメージが世界に広がれば、高い技術をもった外国人にとってもデンマークは魅力的でなくなってしまいます。

人の一生という長い目でみれば、生まれた子どもを一人前に育て上げるには、ものすごい費用がかかります。特に福祉国家においては、子ども時代にかかる国の財政からの支出はとても大きい。子どもが大人になって、納税をして国の財政に貢献できるまでには長い年月がかかります。

一方、例えば25歳で外国からやって来た難民なら、すでに教育にお金がかかる時期は過ぎている。働き始めれば納税をして財政に貢献できるのです。これは、ある意味で皮肉ですが、自分の子どもを持つよりも、外国人を招き入れた方が良いという理由にもなるのです。いずれにしても短期の視野で移民や難民をみるより、長期でみてほしい。移民や難民は、社会にとって投資ともいえるのです。

私の子ども時代、周りに外国人はほとんどいませんでした。それを考えると、外国人が増えているデンマークの状況は、まだまだ新しい状況といえます。私たちはうまく適応していけると思います。いまの政治状況のように、外国人に対する差別的な態度をずっと続けることはできないでしょう。たとえスピードがゆっくりでも、人々はデンマーク社会が米国やカナダのように多文化社会だということに気づき始めると思います。

これは避けることができない流れです。労働市場も教育も、もっともっとグローバル化していきます。みな国境を越えて旅をしたり、働いたり、結婚したりする。もう後戻りはきないところにきています。前向きに適応していけばいいのです。

例えば、デンマークと同じように福祉国家で知られるスウェーデンは、より多くの移民や難民を受け入れています。二つの国には、考え方の違いがあります。スウェーデン人たちは、移民や難民を歓迎し、統合しようとしており、確信をもってそれを進めています。政治家は国民に、必ずうまくいくと安心感を与えています。一方、デンマークの政治家は反対のことをしているのです。外国人を入れないように、もっと厳しいルールを作らないと大変なことになる、外国人の数を減らすことが国民の安全につながると訴え、それがさらに国民を不安にさせるのです。


マッズ・キーラー(51) 財務省局長

ポスト北海油田へ、財政改革は急務

photo:Kamiya Takeshi

財務省に務めて10年になります。今の主な仕事は、財政の長期的な安定を図る政策づくりです。デンマークは他の先進国と同じように、高齢化や移民の課題を抱え、財政が厳しくなってきています。北海の石油やガスから、国内総生産(GDP)の0.5~1%にあたる巨額の財政収入を得ていますが、あと30~40年でなくなるとみており、財政改革が急務です。

人々が長く生きられるようになるのは良いことですが、医療や介護の支出は増えていきます。そこで長く生きれば生きるほど、年金を受け取る年齢が自動的に上がる仕組みを導入しました。高齢化と年金のバランスを取る、とても大事なステップとみています。

財政と移民の関係をみてみましょうか。誰でも消費税などで納税していますが、ここでは仮に「働いている人=納税者」とみて、納税者の割合をみてみましょう。

働ける年齢にある移民のうち、途上国からの移民は56%が実際に働いています。先進国からの移民では68%、デンマーク人では80%です。この違いには、いろんな理由が含まれていると思います。文化的・宗教的な男女の雇用観の違い、デンマーク語の能力など、様々あると思います。

デンマークで生まれた移民2世の状況はどうでしょうか。途上国からの移民2世は72%が働いています。先進国からの移民2世の場合は80%です。これは2005年のシンクタンクの試算ですが、今の状況も、ほぼ同じだと思います。

別のシンクタンクの試算では、将来のこんな見通しがあります。まず、2013年時点の、途上国からの移民の財政への貢献度をみると、納めた税額より政府から受けるサービスの額の方が多く、その割合はGDPと比べて0.8%ありました。この0.8%のうち、1世が0.2%分、2世が0.6%分を占めていました。これは、2世がまだ教育を受ける年齢にあることが大きいと思います。しかし2世はいずれ年を重ねていき、働いて税を納めるようになります。2050年には、移民全体でみると、財政へのマイナスは0.3%まで縮まると予想されています。

こうした試算を、政府自らは行っていません。試算をすること自体に、少し政治的な側面があるためだと思っています。

デンマークは、税負担の面でみると、世界で最も高い国の一つでしょう。それは、国民が行った政治的な選択といえます。つまりデンマーク人は「高い税負担」に投票していると言い換えることもできます。

デンマークは小さく、そして均質的な国です。それが、高い税負担と高い福祉を国民が選んできた背景でもあります。そこに移民がたくさん入ってきているわけですから、移民をデンマーク社会にうまく統合していくことが大事になります。

カギは、移民たちがなるべく働き、デンマーク社会の一員になっていくことだと思います。デンマークの国民は、これからもずっと、高い税負担と高い福祉を選び続けるでしょう。人々は安全や公平を求めています。無料の教育や医療、年を取っても心配することがない年金制度を、とても熱心に支持しています。

デンマークモデルを続けていくカギは、移民とデンマーク人が交わり、一つになることです。移民がさらに増えていっても、人々が一つの社会に属していると感じ続けられることが大事になると思います。


サッカー選手にも税の優遇策

ピア・コンネオプ(左)、ヨキム・ドライア(真ん中)、ペニラ・パイセン 税理士事務所KPMGの税理士たち

photo:Kamiya Takeshi

ピア)高い技術をもった外国人への税の優遇策ですが、これには国の競争力を確保する目的があります。1990年代初めに導入されました。当時の個人所得税の最高税率は60%だったので、会社が社員に同じ手取りの給料を渡すなら、デンマーク人を雇うよりも、外国人を雇った方がコストをかけなくて済むことになり、インセンティブが生まれました。これまで約7000人がこの優遇策を使って入国し、働いています。関連法は企業にとって使い勝手がよくなるよう何度か改善されており、今では、より小さな企業でもこの優遇策を使えるようになっています。

ペニラ)この優遇策を使には様々な条件がありますが、最も基本的なものは、月給が最低でも6万1590クローネ(100万円余り)ないといけないということです。この最低額は以前より少し下がったので、外国人を招き入れるハードルも少し下がりました。ただ最低額といっても、すごく高い額ですけれど。

ピア)実際に誰がこの優遇策を使ってデンマークに来ているかといえば、うちの事務所の会計士にもいますし、エンジニアや製薬会社の研究者などが多いです。また、全体でみれば大きな割合ではありませんが、優遇策の適用を受けるのに最低額を必要としない職業も法では決まっています。例えば大学の教授とか、研究機関の調査員などです。

ペニラ)企業の最高経営責任者(CEO)にも当てはまりますから、良い人材を外国から招きやすいともいえます。

ピア)そうだ。サッカー選手も、この優遇策を使っていますよ。



(構成:神谷毅)